【さらす手作りさらさらに】
「次の歌も、東国の女性たちの労働を歌った歌です。・・・『万葉集』の巻十四には東国各国の歌がほぼ国別に収録され・・・きわめて異彩を放つ巻であり、歌々である・・・その東歌から、布曝(さら)しの歌をご紹介しましょう。
(巻十四の三三七三)(歌は省略)
・・・織った布を川で曝し、砧(きぬた)で打って干す、そしてまた晒す……という労働を繰り返さないかぎり、光沢のある柔らかい布はできません。川に入って布を曝すあの子が、どうしてこんなにもいとおしいのか……という男の嘆きの歌です。・・・わたしは、川のなかに働いている『この児』をイメージしながら歌を解釈してもよい、と思います。そうしないと、詩の全体像を見失ってしまいます。むしろ、序の、川で働く女性の景と、男性の『ここだかなしき』という情を二重写しする私的イメージが、どう形成されたのか、ということを考えた方が、より生産的な議論にあると思います。なぜ、おとおしく思えたのか、ということです。
それは、布曝しが、過酷な労働だったからでしょう。しかしながら、布を曝す女をいとおしく思うというのは、男が恋をしているからにほかなりません。・・・哀れみは、恋情に近いということです。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
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巻十四の三三七三歌をみていこう。
■巻十四の三三七三歌
◆多麻河泊尓 左良須弖豆久利 佐良左良尓 奈仁曽許能兒乃 己許太可奈之伎
(作者未詳 巻十四 三三七三)
≪書き下し≫多摩川(たまがは)に さらす手作(てづく)り さらさらに なにそこの児のここだかなしき
(訳)多摩川にさらす手づくりではないけれど さらにさらに……… どうしてあの子が
こんなにも恋しいんだろう………(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
(注)上二句は序。「さらさらに」を起こす。(伊藤脚注)
(注)てづくり【手作り】名詞:①手製。自分の手で作ること。また、その物。②手織りの布。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは②の意
(注)さらさら【更更】副詞:①ますます。改めて。②〔打消や禁止の語を伴って〕決して。(学研)ここではここでは①の意
(注)さらす【晒す・曝す】他動詞:①外気・風雨・日光の当たるにまかせて放置する。②布を白くするために、何度も水で洗ったり日に干したりする。③人目にさらす。( 学研)ここでは②の意
(注)ここだ【幾許】副詞:①こんなにもたくさん。こうも甚だしく。▽数・量の多いようす。②たいへんに。たいそう。▽程度の甚だしいようす。 ※上代語。(学研) ここでは②の意
この歌については、拙稿ブログ「万葉集の世界へ飛び込もう(その2539)―」で、東京都狛江市中和泉 玉川碑跡万葉歌碑とともに紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」