万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1270)―島根県益田市 県立万葉公園(14)―万葉集 巻二 二二七

●歌は、「天離る鄙の荒野に君を置きて思ひつつあれば生けるともなし」である。

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島根県益田市 県立万葉公園(14)万葉歌碑(作者未詳)



●歌碑は、島根県益田市 県立万葉公園(14)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

題詞は、「或本歌曰」<或本の歌に曰はく>である。

 

◆天離 夷之荒野尓 君乎置而 念乍有者 生刀毛無

       (作者未詳 巻二 二二七)

 

≪書き下し≫天離(あまざか)る鄙(ひな)の荒野(あらの)に君を置きて思ひつつあれば生けるともなし

 

(訳)都を遠く離れた片田舎の荒野にあの方を置いたままで思いつづけていると、生きた心地もしない。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あまざかる【天離る】分類枕詞:天遠く離れている地の意から、「鄙(ひな)」にかかる。「あまさかる」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)いけ【生】るともなし:(「いけ」は四段動詞「いく(生)」の命令形、「と」は、しっかりした気持の意の名詞) 生きているというしっかりした気持がない。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

左注は、「右一首歌作者未詳 但古本以此歌載於此次也」<右の一首の歌は、作者未詳、ただし、古本この歌をもちてこの次に載す>である。

(注)古本:いかなる本とも知られていない。一五・一九歌の左注にある「旧本」とは別の本と思われる。

 

 この歌は、人麻呂の歌を集めて作られたものという。

(巻一 二九歌)「・・・天離る鄙にはあれど石走る近江の国の楽浪の大津の宮に・・・」

(巻一 四七歌)「ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君が形見とぞ来し」

(巻二 二二五歌)「衾道を引手の山に妹を置きて山道思ふに生けるともなし

 

この歌が、ここに収録されていることについて、梅原 猛氏は歴史的な背景を踏まえて、考え方を述べておられる。

 

前稿(その1269)で梅原 猛氏の言葉「この稀代(きたい)の政治の天才(=藤原不比等)に、われわれは天才詩人(=柿本人麻呂)の追放者の嫌疑をかけなければならない。」を引用させていただいた。

藤原不比等(ふじわらのふひと)については、「コトバンク 株式会社平凡社百科事典マイペディア」に次のように書かれている。

「奈良前期の高官。鎌足(かまたり)の子。・・・正二位右大臣に至る。律令制度の確立に努め、大宝律令(たいほうりつりょう)制定に加わり平城京遷都を推進した。娘の宮子(みやこ)が文武(もんむ)天皇の夫人となり、後妻の橘三千代の活躍もあって皇室との関係を深め、娘の光明子(こうみょうし)は聖武天皇の皇后となった。武智麻呂(むちまろ),房前(ふささき),宇合(うまかい),麻呂の4子はそれぞれ藤原四家の祖となった。」

 

梅原 猛氏の論を追ってみよう。「・・・女帝・持統の時代は今や終わりつつあった。天武―持統の時代には一つの混沌(こんとん)があったが、壬申の乱(672年)に勝ち、新しい国家建設の情熱にもえていたその時代には、混とんとともに自由があった。そして自由こそは詩人の永遠の故郷であった。・・・しかし、今や、はっきり別の時代がおとずれようとしていた。これは、混沌に代わる秩序の時代である。もののふと詩人に代わって法律家が支配する時代である。・・・律令の時代、秩序の時代にあって、詩人は何の意味をもつであろか。冷静な計算、巧妙な虚偽、極端な吝嗇(りんしょく)、残忍な刑罰、すべてその反対の精神が、詩人・柿本人麿の精神であったであろう。・・・流竄が、詩人の運命であるにしても、詩人がどうして死ななければならなかったのか。・・・彼の死を聞いた都の人の反応は、ほぼ、まちがいなく理解できるのである。天下第一の詩人が死んだ。海に沈み、その死体さえ見つからなかったそうな。・・・彼らが想像すらできぬ遠い国、石見の海に沈む、詩人の冷たい屍を想像するとき、戦慄と恐怖が彼等を襲ったにちがいない。詩人すら、天下第一の詩人すら、かくも残酷に殺された。われらがどうして命を全うすることができようか。私はあの、おそらく人麿の歌をつなぎ合わせてつくったと思われる「天離(あまざか)る」の歌は、このような都の人々の、人麿の友人たちの感慨であったと思う。・・・人麿の水死は、われわれが万葉集を信じる限り事実として考えなければならぬが、人麿が奈良遷都のためのスケープ・ゴートとして殺されたということは私の想像であるとしておこう。」

(注)りんしょく【吝嗇】の解説:[名・形動]ひどく物惜しみをすること。また、そのさま。けち。(goo辞書)

 

万葉集対藤原一族、こういう見方も確かにあるように思える。ますますおもしろくなってきた気がする。

 

 ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1266)」から同(その1270)で「鴨山五首」を紹介してきたが、万葉集の歌も単に歌として見ていくのではなく、歴史的背景、その風土など深堀すべきとこれまでもそれなりの認識はしていたが、今回「梅原 猛 著『水底の歌』(新潮文庫)」に接し、とてつもない衝撃を受けた。奈落の底に引きづり込まれたような気持ちである。また這い上がるしかない。継続は力なりを信じて。

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「水底の歌 柿本人麿論 上」 梅原 猛 著 (新潮文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「goo辞書」