●歌は、「鸕坂川渡る瀬多みこの我が馬の足掻きの水に衣濡れにけり」である。
●歌をみていこう。
題詞は、「婦負郡渡鸕坂河邊時作一首」<婦負(めひ)の郡(こほり)にして鸕坂(うさか)の川辺(かわへ)を渡る時に作る一首>である。
(注)婦負の郡:越中中央部の郡。礪波郡の東隣。(伊藤脚注)
(注)鸕坂川:鸕坂辺を流れる神通川の古名か。(伊藤脚注)
◆宇佐可河泊 和多流瀬於保美 許乃安我馬乃 安我枳乃美豆尓 伎奴ゝ礼尓家里
(大伴家持 巻十七 四〇二二)
≪書き下し≫ 鸕坂川(うさかがは)渡る瀬(せ)多みこの我(あ)が馬(ま)の足掻(あが)きの水に衣(きぬ)濡(ぬ)れにけり
(訳)鸕坂川、この川には渡る瀬が幾筋も流れているので、乗るこの馬の足掻きの水しぶきで、着物がすっかり濡れてしまった。(同上)
(注)-み 接尾語:①〔形容詞の語幹、および助動詞「べし」「ましじ」の語幹相当の部分に付いて〕(…が)…なので。(…が)…だから。▽原因・理由を表す。多く、上に「名詞+を」を伴うが、「を」がない場合もある。②〔形容詞の語幹に付いて〕…と(思う)。▽下に動詞「思ふ」「す」を続けて、その内容を表す。③〔形容詞の語幹に付いて〕その状態を表す名詞を作る。④〔動詞および助動詞「ず」の連用形に付いて〕…たり…たり。▽「…み…み」の形で、その動作が交互に繰り返される意を表す。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意
(注)衣濡れにけり:衣を干すのは妻の仕事。妻への思いがこもる。(伊藤脚注)
(注)あがき【足掻】〘名〙 (動詞「あがく(足掻)」の連用形の名詞化):① 馬、牛などが足で地面を蹴ること。転じて、馬の歩みの意に用いられることが多い。② 手足の動き。手足を屈伸させること。動作。③ (子供などが)いたずらをしてあばれること。悪騒ぎ。④ 生活上の苦しみなどで、もがくこと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
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この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1354)」で紹介している。
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鵜坂神社の裏手50mほどのところに神通川の堤防があり、歌碑と「越乃國総社 鵜坂社」の碑が立てられている。
神社側からは歌碑を見上げる形になり裏面になる。堤防を上がると歌碑ならびに「鵜坂社」の碑が正面から見ることができる。(堤防の上の道は歩道がないので車に注意)
高岡市万葉歴史館HPにこの歌について次のようにわかりやすく解説がなされているので、引用させていただきます。
「・・・天平二十年(七四八)の春の『出挙(すいこ)』による越中国内巡行の旅の時の歌で、『礪波郡(となみぐん)』から東へと進み、『婦負郡(めいぐん)』で詠んだ歌です。
『鸕坂河』は、現在も地名が残る富山市婦中町(ふちゅうまち)鵜坂(うさか)の東側を流れる神通川(じんづうがわ)の古い呼び名とするのが一般的です。
しかし、雪が解けて増水している時に神通川のような大河を渡るのは危険です。そのため、鵜坂の地の西側を流れる神通川支流の井田川(いだがわ)を『鸕坂河』とする説もあります。
いずれにせよ、川を渡る場所の瀬までもが増水していたというこの歌は、越中の雪解け水の多さを伝える貴重な歌なのです。(新谷秀夫)」
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「高岡市万葉歴史館HP」