万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その261改) ―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(2)―

 

●歌は、「・・・ちさの花咲ける盛りにはしきよしその妻の子と朝夕に・・・」である。

 

f:id:tom101010:20191116202819j:plain

万葉の森船岡山万葉歌碑(2)(大伴家持

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(2)にある。

 

●歌をみていこう。

 

於保奈牟知 須久奈比古奈野 神代欲里 伊比都藝家良之 父母乎 見波多布刀久 妻子見波 可奈之久米具之 宇都世美能 余乃許等和利止 可久佐末尓 伊比家流物能乎 世人能 多都流許等太弖 知左能花 佐家流沙加利尓 波之吉余之 曽能都末能古等 安沙余比尓 恵美ゝ恵末須毛 宇知奈氣支 可多里家末久波 等己之へ尓 可久之母安良米也 天地能 可未許等余勢天 春花能 佐可里裳安良牟等 末多之家牟 等吉能沙加利曽 波奈礼居弖 奈介可須移母我 何時可毛 都可比能許牟等 末多須良無 心左夫之苦 南吹 雪消益而 射水河 流水沫能 余留弊奈美 左夫流其兒尓 比毛能緒能 移都我利安比弖 尓保騰里能 布多理雙坐 那呉能宇美能 於支乎布可米天 左度波世流 支美我許己呂能 須敝母須敝奈佐  <言佐夫流者遊行女婦之字也>

               (大伴家持 巻十八 四一〇六)

 

≪書き下し≫大汝(おほなむち) 少彦名(すくなひこな)の 神代(かみよ)より 言ひ継(つ)ぎけらく 父母を 見れば貴(たふと)く 妻子(めこ)見れば 愛(かな)しくめぐし うつせみの 世のことわりと かくさまに 言ひけるものを 世の人の 立つる言立(ことだ)て ちさの花 咲ける盛りに はしきよし その妻(つま)の子(こ)と 朝夕(あさよひ)に 笑(ゑ)みみ笑まずも うち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや 天地(あめつち)の 神(かみ)言寄(ことよ)せて 春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りぞ 離(はな)れ居(ゐ)て 嘆かす妹が いつしかも 使(つかひ)の来(こ)むと 待たすらむ 心寂(さぶ)しく 南風(みなみ)吹き 雪消(ゆきげ)溢(はふ)りて 射水川(いづみ かは) 流る水沫(みなは)の 寄るへなみ 左夫流(さぶる)その子(こ)に 紐(ひも)の緒(を)の いつがり合ひて にほ鳥の ふたり並び居(ゐ) 奈呉(なご)の海の 奥(おき)を深めて さどはせる 君が心の すべもすべなさ  <佐夫流と言ふは遊行女婦(うかれめ)の字(あざな)なり>

 

(訳)大汝(おほなむち)命(みこと)と少彦名命が国土を造り成したもうた遠い神代の時から言い継いできたことは、「父母は見る尊いし、妻子は見るといとしくいじらしい。これがこの世の道理なのだ」と、こんな風に言ってきたものだが、それが世の常の人の立てる誓いの言葉なのだが、その言葉通りに、ちさの花の真っ盛りの頃に、いとしい奥さんと朝に夕に、時には微笑み時に真顔で、溜息まじりに言い交した、「いつまでもこんな貧しい状態が続くということがあろうか、天地の神々がうまく取り持って下さって、春の盛りの花のように栄える時もあろう」と言う言葉をたよりに奥さんが待っておられた、その盛りの時が今なのだ。

離れていて溜息ついておられるお方が、いつになったら夫の使いが来るのだろうとお待ちになっているその心はさぞ寂しいことだろうに、ああ、南風が吹き雪解け水が溢れて、射水川の流れに浮かぶ水泡(みなわ)のように寄る辺もなくうらさびれるという、左夫流と名告るそんな娘(こ)なんぞに、紐の緒のようにぴったりくっつき合って、かいつぶりのように二人肩を並べて、奈呉の海の底の深さのように、深々と迷いの底にのめりこんでおられるあなたの心、その心の何ともまあ処置のしようのないこと。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)ちさ【萵苣】名詞:木の名。えごのき。初夏に白色の花をつける。一説に「ちしゃのき」とも。

(注)はしきやし【愛しきやし】分類連語:ああ、いとおしい。ああ、なつかしい。ああ、いたわしい。「はしきよし」「はしけやし」とも。※上代語。

参考 愛惜や追慕の気持ちをこめて感動詞的に用い、愛惜や悲哀の情を表す「ああ」「あわれ」の意となる場合もある。「はしきやし」「はしきよし」「はしけやし」のうち、「はしけやし」が最も古くから用いられている。

なりたち形容詞「は(愛)し」の連体形+間投助詞「やし」

(注)ゑむ 【笑む】①ほほえむ。にっこりとする。微笑する。②(花が)咲く。

(注)ことよす【言寄す・事寄す】①言葉や行為によって働きかける。言葉を添えて助力する。②あるものに託す。かこつける。③うわさをたてる。➡ここでは①の意

(注)はるはなの【春花の】分類枕詞:①春の花が美しく咲きにおう意から「盛り」「にほえさかゆ」にかかる。②春の花をめでる意から「貴(たふと)し」や「めづらし」にかかる。③春の花が散っていく意から「うつろふ」にかかる。

(注)ひものおの【紐の緒の】 枕詞 :① 紐を結ぶのに、一方を輪にして他方をその中にいれるところから、「心に入る」にかかる。 ② 紐の緒をつなぐことから、比喩的に「いつがる」にかかる。(コトバンク 三省堂大辞林

(注)いつがる【い繫る】つながる。自然につながり合う。「い」は接頭語。

(注)にほどりの【鳰鳥の】枕詞:かいつぶりが、よく水にもぐることから「潜(かづ)く」および同音を含む地名「葛飾(かづしか)」に、長くもぐることから「息長(おきなが)」に、水に浮いていることから「なづさふ(=水に浮かび漂う)」に、また、繁殖期に雄雌が並んでいることから「二人並び居(ゐ)」にかかる。

 

 この歌は、題詞にもあるように、史生尾張少咋(ししやうをはりのをくい)が遊行女婦(うかれめ)の佐夫流(さぶる)に心を迷わせていることを教え喩(さと)す歌である。

 

 「ちさ」「やまちさ」はエゴノキのことであり、「ちさ」は、万葉集では、この歌にのみ見られ、「やまちさ」は二首みられる。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

 

 

20210413朝食記事削除改訂