万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その857)―高岡市野村 いわせ野郵便局―万葉集 巻十九 四二四九

●歌は、「石瀬野の秋萩しのぎ馬並めて初鳥猟だにせずや別れむ」である。

 

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高岡市野村 いわせ野郵便局万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、高岡市野村 いわせ野郵便局にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆伊波世野尓 秋芽子之努藝 馬並 始鷹獏太尓 不為哉将別

               (大伴家持 巻十九 四二四九)≪

 

≪書き下し≫石瀬野(いはせの)に秋萩(あきはぎ)しのぎ馬並(な)めて初(はつ)鳥猟(とがり)だにせずや別れむ

 

(訳)石瀬野で、秋萩を踏みしだき、馬を勢揃いしてせめて初鳥猟だけでもと思っていたのに、それすらできずにお別れしなければならないのか。(同上)

(注)石瀬野:富山県高岡市庄川左岸の石瀬一帯か。

(注)しのぐ【凌ぐ】他動詞①押さえつける。押しふせる。②押し分けて進む。のりこえて進む。③(堪え忍んで)努力する。(学研) ここでは②の意

(注)とがり【鳥狩り】名詞:鷹(たか)を使って鳥を捕らえること。「とかり」とも。(学研)

 

 四二四八、四二四九歌の題詞は、「以七月十七日遷任少納言 仍作悲別之歌贈貽朝集使掾久米朝臣廣縄之舘二首」<七月の十七日をもちて、少納言(せうなごん)に遷任(せんにん)す。よりて、悲別の歌を作り、朝集使掾(てうしふしじよう)久米朝臣廣縄(くめのあそみひろつな)が館(たち)に贈(おく)り貽(のこ)す二首>である。

 

<◆書簡>既滿六載之期忽値遷替之運 於是別舊之悽心中欝結 拭渧之袖何以能旱 因作悲歌二首式遺莫忘之志 其詞曰

 

≪書簡書き下し≫すでに六載(ろくさい)の期(き)に満ち、たちまちに遷替(せんたい)の運(とき)に値(あ)ふ。ここに、旧(ふる)きを別るる悽(かな)しびは、心中に欝結(むすぼ)ほれ、渧(なみた)を拭(のご)ふ袖(そで)は、何をもちてか能(よ)く旱(ほ)さむ。よりて悲歌二首を作り、もちて莫忘(ばくぼう)の志を遺(のこ)す。その詞に曰はく、

(注)六載(ろくさい)の期(き):ここでは、足掛け六年の意

(注)むすぼほる【結ぼほる】自動詞:①(解けなくなるほど、しっかりと)結ばれる。からみつく。②(露・霜・氷などが)できる。③気がふさぐ。くさくさする。④関係がある。縁故で結ばれる。(学研)ここでは①の意

 

もう一首の方もみてみよう。

 

◆荒玉乃 年緒長久 相見氐之 彼心引 将忘也毛

                (大伴家持 巻十九 四二四八)

 

≪書き下し≫あらたまの年の緒(を)長く相見(あひみ)てしその心引(こころび)き忘らえめやも

 

(訳)長い年月の間、親しくおつきあいいただいた、その心寄せは、忘れようにもわすれられません。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より))

(注)相見(あひみ)てしその心引(こころび)き:親しくお付き合いいただいたご好意

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。  ⇒なりたち推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

左注は、「右八月四日贈之」<右は、八月の四日に贈る>である。

 

 

 旧二上まなび交流館を後にして、途中小矢部川を渡り、南東方向約10分で、高岡いわせの郵便局に到着する。「野村第五」交差点の南東角に、交差点に向かって歌碑は建てられていた。

 

 お別れの鷹狩もしないでと鷹狩に触れているが、なんと家持は、鷹を飼っていたのである。鄙での悶々とした思いを鷹狩で気分をはらしていたのがわかる石瀬野と鷹狩にちなんだ歌があるのでみてみよう。

 

 題詞は、「八日詠白太鷹歌一首幷短歌」<八日に、白き大鷹(おほたか)を詠(よ)む歌一首幷(あは)せて短歌>である。

(注)おほたか【大鷹】名詞:①雌の鷹。雄よりも体が大きく、「大鷹狩り」に用いる。

②「大鷹狩り」の略。雌の鷹を使って冬に行う狩り。(学研)

 

 

◆安志比奇乃 山坂超而 去更 年緒奈我久 科坂在 故志尓之須米婆 大王之 敷座國者 京師乎母 此間毛於夜自等 心尓波 念毛能可良 語左氣 見左久流人眼 乏等 於毛比志繁 曽己由恵尓 情奈具也等 秋附婆 芽子開尓保布 石瀬野尓 馬太伎由吉氐 乎知許知尓 鳥布美立 白塗之 小鈴毛由良尓 安波勢理 布里左氣見都追 伊伎騰保流 許己呂能宇知乎 思延 宇礼之備奈我良 枕附 都麻屋之内尓 鳥座由比 須恵弖曽我飼 真白部乃多可

                (大伴家持 巻十九 四一五四)

 

≪書き下し≫あしひきの 山坂越えて 行きかはる 年の緒(を)長く しなざかる 越(こし)にし住めば 大君(おほきみ)の 敷きます国は 都をも ここも同(おや)じと 心には 思ふものから 語り放(さ)け 見放(さ)くる人目(ひとめ) 乏(とも)しみと 思ひし繁(しげ)し そこゆゑに 心なぐやと 秋(あき)づけば 萩(はぎ)咲きにほふ 石瀬野(いはせの)に 馬(うま)だき行きて をちこちに 鳥踏(ふ)み立て 白塗(しらぬり)の 小鈴(をすず)もゆらに あはせ遣(や)り 振り放(さ)け見つつ いきどほる 心のうちを 思ひ延べ 嬉(うれ)しびながら 枕付まくらづ)く 妻屋(つまや)のうちに 鳥座(とぐら)結(ゆ)ひ 据(す)ゑてぞ我が飼ふ 真白斑(ましらふ)の鷹(たか) 

 

(訳)険しい山や坂を越えてはるばるやって来て、改まる年月長く、山野層々と重なって都離れたこの越の国に住んでいると、大君の治めておられる国であるからには、都もここも違わないと心では思ってみるものの、話をして気晴らしをし合って心を慰める人、そんな人もあまりいないこととて、物思いはつのるばかりだ。そういう次第で、心のなごむこともあろうかと、秋ともなれば、萩の花が咲き匂う石瀬野に、馬を駆って出で立ち、あちこちに鳥を追い立てては、鳥に向かって白銀の小鈴の音もさわやかに鷹を放ち遣(や)り、空中かなたに仰ぎ見ながら、悶々(もんもん)の心のうちを晴らして、心嬉しく思い思いしては、枕を付けて寝る妻屋の中に止まり木を作ってそこに大事に据えてわれらが飼っている、この真白斑(ましらふ)の鷹よ。(同上)

(注)しなざかる 分類枕詞:地名「越(こし)(=北陸地方)」にかかる。語義・かかる理由未詳。(学研)

(注)さく【放く・離く】〔動詞の連用形に付いて〕(ア)〔「語る」「問ふ」などに付いて〕気がすむまで…する。…して思いを晴らす。(イ)〔「見さく」の形で〕遠く眺める。はるかに見やる。(学研)

(注)馬だく:馬をあやつる

(注)をちこち【彼方此方・遠近】名詞:あちらこちら。(学研)

(注)ふみたつ【踏み立つ】他動詞:地面を踏み鳴らして鳥を追い立てる。(学研)

(注)しらぬり【白塗り】名詞:白く彩色したもの。白土を用いたり銀めっきをしたりする。(学研)

(注)ゆら(に・と)副詞:からから(と)。▽玉や鈴が触れ合う音を表す。(学研)

(注)あはせ遣り:獲物の鳥を目指して手に据えた鷹を放ちやり。

(注)いきどほる【憤る】自動詞:①胸に思いがつかえる。気がふさぐ。②腹を立てる。怒る。(学研) ここでは①の意

(注)とぐら【鳥座・塒】名詞:鳥のとまり木。鳥のねぐら。(学研)

 

 

◆矢形尾能 麻之路能鷹乎 尾戸尓須恵 可伎奈泥都追 飼久之余志毛

               (大伴家持 巻十九 四一五五)

 

≪書き下し≫矢形尾(やかたを)の真白(ましろ)の鷹をやどに据ゑ掻(か)き撫(な)で見つつ飼はくしよしも

 

(訳)矢形尾の真白な鷹、この鷹を家の中に据えて、撫でたり見入ったりしながら飼うのはなかなかよいものだ。(同上)

 

万葉集には、鷹を詠んだ歌は六首が収録されているが、すべて家持の歌である。鄙びた越中で、鷹狩に興じ気分転換を図っていたとは、家持の一側面を見たように思える。越中生活は家持のスケールを大きくさせたと言っても過言ではない。都に戻り、幾多の試練に耐えていけたのも越中生活があったからであろう。

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)