万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2448)―

●歌は、「筑波嶺を外のみ見つつありかねて雪消の道をなづみ来るかも」である。

茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂万葉歌碑(丹比真人国人) 20230927撮影

●歌碑は、茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆築羽根矣 卌耳見乍 有金手 雪消乃道矣 名積来有鴨

       (丹比國人真人 巻三 三八三)

 

≪書き下し≫筑波嶺(つくはね)を外(よそ)のみ見つつありかねて雪消(ゆきげ)の道をなづみ来るかも

 

(訳)名も高き筑波の嶺をよそ目にばかり見ていられなくて、雪解けのぬかるみ道なのに、足をとられながら今この頂までやって来た。(同上)

(注)なづむ【泥む】自動詞:①行き悩む。停滞する。②悩み苦しむ。③こだわる。気にする。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは②の意

 

 三八二(長歌)、三八三(短歌)の題詞は、「登筑波岳丹比真人國人作歌一首幷短歌」<筑波(つくば)の岳(たけ)に登りて、丹比真人国人(たじひのまひとくにひと)が作る歌一首併(あは)せて短歌>である。

(注)筑波の岳:茨城県筑波山。春秋に男女の歌垣が行われた。(伊藤脚注)

 

 長歌もみてみよう。

◆鷄之鳴 東國尓 高山者 佐波尓雖有 朋神之 貴山乃 儕立乃 見杲石山跡 神代従 人之言嗣 國見為 筑羽乃山矣 冬木成 時敷時跡 不見而徃者 益而戀石見 雪消為 山道尚矣 名積叙吾来煎

       (丹比國人真人 巻三 三八二)

 

≪書き下し≫鶏(とり)が鳴く 東(あずま)の国に 高山(たかやま)は さはにあれども 二神(ふたがみ)の 貴(たふと)き山の 並(な)み立ちの 見(み)が欲(ほ)し山と 神代(かみよ)より 人の言ひ継ぎ 国見(くにみ)する 筑波の山を 冬こもり 時じき時と 見ずて行(ゆ)かば 増して恋(こひ)しみ 雪消(ゆきげ)する 山道(やまみち)すらを なづみぞ我(あ)が来(け)る

 

(訳)ここ鷄が鳴く東の国に高い山はたくさんあるけれども、中でとりわけ、男(お)の神と女(め)の神の貴い山で並び立つさまが格別心をひきつける山と、神代の昔から人びとが言い伝え、春ごとに国見が行われてきた筑波の山よ、この山を今は冬でその時期でないからと国見をしないで行ってしまったなら、これまで以上に恋しさがつのるであろうと、雪解けのぬかるんだ山道なのに、そこを難渋しながら私はやっとこの頂までやって来た。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)とりがなく【鳥が鳴く・鶏が鳴く】分類枕詞:東国人の言葉はわかりにくく、鳥がさえずるように聞こえることから、「あづま」にかかる。(学研)

(注)二神の:男山と女山の二峰から成る。(伊藤脚注)

(注)冬こもり時じき時と:ここは、まだ冬でその時ではないからと、の意か。(伊藤脚注)

(注の注)ふゆごもり【冬籠り】名詞:寒い冬の間、動植物が活動をひかえること。また、人が家にこもってしまうこと。 ※古くは「ふゆこもり」。(学研)

(注の注)ふゆごもり【冬籠り】分類枕詞:「春」「張る」にかかる。かかる理由は未詳。 ※古くは「ふゆこもり」。(学研)

(注の注)ときじ【時じ】形容詞:①時節外れだ。その時ではない。②時節にかかわりない。常にある。絶え間ない。 ⇒参考 上代語。「じ」は形容詞を作る接尾語で、打消の意味を持つ。(学研)

(注)ゆきげ【雪消・雪解】名詞:①雪が消えること。雪どけ。また、その時。②雪どけ水。※「ゆき(雪)ぎ(消)え」の変化した語。(学研)

(注)なづむ【泥む】自動詞:①行き悩む。停滞する。②悩み苦しむ。③こだわる。気にする。(学研)

(注)来(け)る:「来+あり」の約「来り」の連体形。やって来ている。(伊藤脚注)

 

 この長短歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1170)」で丹比真人国人の人物像、家持との関係などとともに紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

■■2023年9月27日「つくばテクノパーク大穂」■■

 9月26日、袖ヶ浦公園万葉植物園の歌碑巡りを終え、在来線を乗り継ぎ土浦泊である。

 27日は歌碑巡りで初となるレンタカーである。

 8:00出発である。駐車違反の場合は、手続きを終えてから車を引き渡して下さい、という係の人の説明が妙にひっかかる。余計に緊張感が増す。家の車種と同じのを申し込んでいたので割高になるが、多少の安心感はある。

 つくばテクノパーク大穂に到着。先達のブログなどと突き合わせながら歌碑を探していく。歌碑は、御影石の場合は車道からも確認できるが、筑波石の場合は歌碑でない石も随所に点在しており見つけづらい。おまけに文字も風化が進み見づらくうっかりすると見落としてしまう。あったと思ったら、古歌や古今和歌集などの碑であったりと、悪戦苦闘である。

 駐車違反も気になる。車を停め、小走りで歌碑の所に行き、撮影そして急いで戻る、このパターンの繰り返しである。

 

 それやこれやで時間を食ってしまった。事前に調べておいたコースは三度ほど回ったがすべてを網羅できだわけではない。

 なんとか早く見つけ出したいという焦りと、今つくばにいるという感動が入り交じっている。何とも言えない気持ちになる。

万葉歌碑を訪ねてはるばる筑波までやって来たのである。歌碑の新天地を切り開いたそのような感動すら覚えつつも、時間に追い立てられる複雑な気持ちに押し流されてくる。

結局後の予定を考え、ミッションクリアできず、コース的に不安が残るところを一つ飛ばして「筑波山神社」へと向かったのである。

 

「つくばテクノパーク大穂」エントランス 20230927撮影

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」