万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう(その2753)―書籍掲載歌を中軸に(二)―

●歌は、「逢坂をうち出でて見れば近江の海白木綿花に波立ちわたる(作者未詳 13-3238)」である。

 

 本稿から「滋賀県」である。

 

【逢坂山】

 「作者未詳(巻十三‐三二三八)(歌は省略)逢坂山(相坂・合坂とも)は山城・近江両国の境にあって、大化二年(六四六)には畿内の北限とされ、平安以後は関所がおかれて多くの歌詠に知られている。逢坂越の道は、・・・東海・東山・北陸に通ずる要衝であることは昔も今もかわりな<い>。・・・大和から山背道(やましろじ)をここまできていよいよ近江に越える旅の人には深い感慨があったはずで、『逢坂(あふさか)山に手向(たむ)けして』『手向草(たむけぐさ)糸取り置きて』『手向けの山を今日越えて』などと、峠の神にねんごろな祈りを捧げて越えている。・・・峠を越えて大津にくだる中途から眼下にぱっと淡海の海(びわこ)が展開したときのおどろきはどうだろう。この歌の三句目の地名のおかれ方はその感動をみごとに語っている。しかも“白木綿花(しらゆふばな)”のように波まで立っているのだ。」(「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)

 

万葉の旅(中)改訂新版 近畿・東海・東国 (平凡社ライブラリー) [ 犬養孝 ]

価格:1320円
(2024/12/18 21:16時点)
感想(0件)

 巻十三 三二三八歌をみていこう。三二三八歌は「或る本の歌」であり、三二三七歌(長歌)の反歌である。三二三七歌とともにみてみよう。

 

■■巻十三 三二三七・三二三八歌■■

題詞は、「或本歌曰」<或る本の歌に曰はく>である。

 

 

■巻十三 三二三七歌■

◆緑丹吉 平山過而 物部之 氏川渡 未通女等尓 相坂山丹 手向草 絲取置而 我妹子尓 相海之海之 奥浪 来因濱邊乎 久礼ゝゝ登 獨曽我来 妹之目乎欲

       (作者未詳 巻十三 三二三七)

 

≪書き下し>あをによし 奈良山過ぎて もののふ宇治川(うぢがは)渡り 娘子(をとめ)らに 逢坂山に 手向(たむ)け草 幣(ぬさ)取り置きて 我妹子(わぎもこ)に 近江(あふみ)の海(うみ)の 沖つ波 来寄(きよ)る浜辺(はまへ)を くれくれと ひとりぞ我(あ)が来る 妹(いも)が目を欲(ほ)り

 

(訳)あおによし奈良山、その山を通り過ぎて、もののふ宇治川を渡り、おとめに逢うという逢坂山に手向けの物を供えて無事を祈り、我がいとしい子に逢うという近江の海の、沖つ波が打ち寄せる浜辺を、とぼとぼと私はやって来る。家に残したあの子に逢いたいと思いながら。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 (角川ソフィア文庫

(注)もののふの【武士の】分類枕詞:「もののふ」の「氏(うぢ)」の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)娘子らに:「逢坂山」の枕詞。(伊藤脚注)

(注の注)をとめらに 【少女らに】分類枕詞:「少女(をとめ)」に会う意から「相坂(あふさか)」「ゆきあひ」にかかる。(学研)

(注)わぎもこに【吾妹兒に】枕詞:吾妹子に会う意から、「あふ」と同音を含む「逢坂山」「近江(あふみ)」「楝(あふち)の花」「淡路(あはぢ)」にかかる。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

 

(注)くれくれ(と)【暗れ暗れ(と)】副詞:①悲しみに沈んで。心がめいって。②(道中)苦労しながら。はるばる。 ※後には「くれぐれ(と)」。(学研)ここでは①の意

(注)妹が目を欲り:故郷の妻に逢いたいと思いながら。一首は旅愁の道行き歌。望郷は旅の安全を祈る主題の一つ。(伊藤脚注)

(注の注)めをほる【目を欲る】分類連語:見たい。会いたい。(学研)

 

 

 

 

三二三七歌の反歌である三二三八歌をみてみよう。

■巻十三 三二三八歌■

◆相坂乎 打出而見者 淡海之海 白木綿花尓 浪立渡

       (作者未詳 巻十三 三二三八

 

≪書き下し≫逢坂をうち出(い)でて見れば近江の海白木綿花(しらゆふばな)に波立ちわたる

 

(訳)逢坂の峠をうち出て見ると、おお、近江の海、その海には、白木綿花のように波がしきりに立ちわたっている。(同上)

(注)白木綿花:楮をさらした繊維で作った造花。神祭りの具として榊の枝につけた。長歌に対し、旅先の景への讃美。(伊藤脚注)

 

 この両歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1393)」で「逢坂」「逢坂山」を詠んだ歌とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 犬養氏の解説文に「峠を越えて大津にくだる中途から眼下にぱっと淡海の海(びわこ)が展開したときのおどろきはどうだろう」と書かれているが、YAMAP HPに「大津京駅-長等山-逢坂山 縦走コース」の記事があり、その中に「このコースで通過する山」として紹介されており、眼下に琵琶湖を望む一枚が掲載されていましたので引用させていただきました。機会があれば是非訪れてみたい光景でした。

逢坂山から琵琶湖を望んだ風景 (YAMAP HPより引用させていただきました。)



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉

★「大津京駅-長等山-逢坂山 縦走コース」 (YAMAP HP)