万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その89改)―奈良市登美ヶ丘 松伯美術館―万葉集 巻八 一四四〇

●歌は、「春雨のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ」である。

 

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松伯美術館万葉歌碑(河邊朝臣東人)

●歌碑は、奈良市登美ヶ丘 松伯美術館にある。

 

●歌をみていこう。 

 

◆春雨乃 敷布零尓 高圓 山能櫻者 何如有良武

               (河邊朝臣東人 巻八 一四四〇)

 

≪書き下し≫春雨(はるさめ)のしくしく振るに高円の山の桜はいかにかあるらむ

 

(訳)春雨がしきりに降り続いている今頃、高円山の桜はどのようになっているのであろう。もう咲き出したであろうかな。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)しくしく【頻頻】絶え間なく。しきりに。

 

 河邊朝臣東人(かはべのあそみあづまひと)の名前は、万葉集には、一五九四歌(唱歌)、四二二四歌(伝誦)、九七八歌左注、に出てくる。歌が収録されているのはこの一首だけである。

 

 一五九四歌をみていこう。

◆思具礼能雨 無間莫零 紅尓 丹保敝流山之 落葉惜毛

               (作者未詳 巻八 一五九四)

 

≪書き下し≫しぐれの雨間(ま)なく振りそ紅(くれない)ににほえる山の散らまく惜しも

(訳)しぐれの雨よ、そんなに絶え間なく降らないでおくれ。紅色に美しく照り映える山のもみじが散っていくのは、何とも残念でたまらない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 題詞は、「佛前唱歌(ぶつぜんのしゃうが)一首」である。

 左注は、「右冬十月皇后宮之維摩講 終日供養大唐高麗等種ゝ音樂 尓乃唱此歌詞 彈琴者敝市原王 忍坂王後賜姓大原真人赤麻呂也 歌子者田口朝臣家守 河邊朝臣東人 置始連長谷等十數人也」<右は、冬の十月に、皇后宮(きさきのみや)の維摩講(ゆいまかう)に、終日(ひねもす)に大唐(からくに)・高麗(こま)等の種々(くさぐさ)の音楽を供養し、すなわちこの歌詞を唱(うた)ふ。弾琴(ことひき)は市原王(いちはらのおほきみ)・忍坂王(おさかのおほきみ)後に姓大原真人赤麻呂を賜はる、歌子(うたひと)は田口朝臣家守(たのくちあそみやかもり)・河辺朝臣東人(かはへのあそみあづまひと)・置始連長谷(おきそめのむらじはつせ)等(たち)十数人なり。> 

 

 四二二四歌をみていこう。

◆朝霧之 多奈引田為尓 鳴鴈乎 留得哉 吾屋戸能波義

                  (光明皇后 巻十九 四二二四)

 

≪書き下し≫朝霧のたなびく田居(たゐ)に鳴く雁を留め得むかも我がやどの萩

(訳)朝霧のたなびく田んぼに来て鳴く雁、その雁を引き留めておくことができるだろうか。我が家の庭の萩は。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

 左注は、「右一首歌者幸於芳野宮之時藤原皇后御作 但年月未審詳 十月五日河邊朝臣東人傳誦云尓」<右の一首の歌は、吉野の宮に幸(いでま)す時に、藤原皇后(ふぢはらのおほきさき)作らす、ただし、年月いまだ審詳(つばひ)らかにあらず。十月五日に、河辺朝臣東人、伝承(でんしょう)してしか云ふ。>

(注)伝承してしか云ふ:伝え吟誦してこういった

 

 九七八歌をみてみよう。

◆士也母 空應有 萬代尓 語續可 名者不立之而

                  (山上憶良 巻六 九七八)

 

≪書き下し≫士(をのこ)やも空しくあるべき万代(よろづよ)に語り継(つ)ぐべき名は立てずして

(訳)男子たる者、無為に世を過ごしてよいものか。万代までも語り継ぐに足る名というものを立てもせずに。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 題詞は、「山上臣憶良沈痾之時歌一首」<山上臣憶良(やまのうへのおみおくら)、沈痾(ちんあ)の時の歌一首>

 左注は、「右一首山上憶良臣沈痾之時 藤原朝臣八束使河邊朝臣東人令問所疾之状 於是憶良臣報語已畢 有須拭涕悲嘆口吟此歌」<右の一首は、山上憶良の臣が沈痾(ちんあ)の時に、藤原朝臣八束(ふぢはらのあそみやつか)、河邊朝臣東人を使はして疾(や)める状(さま)を問はしむ。ここに、憶良臣、報(こた)ふる語已畢(こたばをは)る。しまらくありて、涕(なみだ)を拭(のご)ひ悲嘆(かな)しびて、この歌を口吟(うた)ふ>

 

 奈良市登美ヶ丘の松伯美術館入口近くに、上村松篁が揮毫した万葉歌碑が二つ並んで立っている。

 「春雨のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ」

               (河邊朝臣東人  巻八  一四四〇 )
 「山吹の咲きたる野辺のつほすみれこの春の雨に盛なりけり」
               (高田女王  巻八 一四四四 )

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松伯美術館入口奥にある万葉歌碑(河邊朝臣東人と高田女王)

 

 高田女王の「 巻八 一四四四歌」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その90改)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二、四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり~」(奈良市HP)

★「weblio古語辞書」

 

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