万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その90改)― 奈良市登美ヶ丘2丁目 松伯美術館―万葉集 巻 八 一四四四

 

●歌は、「山吹の咲きたる野辺のつほすみれこの春の雨に盛なりけり」である。

 

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松伯美術館入口近く万葉歌碑(高田女王)

●歌碑は、奈良市登美ヶ丘2丁目 松伯美術館にある。

 

●歌をみていこう。

◆山振之 咲有野邊乃 都保須美礼 此春之雨尓 盛奈里鶏利

                (高田女王 巻八 一四四四)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)の咲きたる野辺(のへ)のつほすみれこの春の雨に盛(さか)りなりけり

(訳)山吹の咲いている野辺のつぼすみれ、このすみれは、この春の雨にあって、今が真っ盛りだ。(伊藤 博著「万葉集 二」角川ソフィア文庫より)

 

題詞は、「高田女王歌一首 高安之女也」<高田女王(たかだのおほきみ)が歌一首 高安が女なり>

(注)高田女王は高安王の娘

 

 高田女王の歌は、万葉集ではこの他に、題詞「高田女王贈今城王(いまきのおほきみ)歌六首」とある、五三七歌から五四二歌が収録されている。

(注)五一九歌の大伴女郎の歌の題詞に「大伴女郎歌一首 今城王之母也今城王後賜大原真人氏也」とあるので大伴女郎の子と思われる。※大伴女郎については伝不詳とある。

 

 この歌群をみていこう。

 

◆事清 甚毛莫言 一日太尓 君伊之哭者 痛寸敢物

                (高田女王 巻四 五三七)

 

≪書き下し≫言(こと)清くいともな言ひそ一日(ひとひ)だに君いしなくはあへかたきかも

(訳)来られない言いわけに、そんなにも見えすいたきれい言をおっしゃいますな。一日だって、あなたがそばにいらっしゃらないと、私はとてもがまんできないのですよ。(伊藤 博著「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より) 

 

 

◆他辞乎 繁言痛 不相有寸 心在如 莫思我背子

                (高田女王 巻四 五三八)

 

≪書き下し≫人言(ひとごと)を繁(しげ)み言痛(こちた)み逢(あ)はずありき心あるごろな思ひ我が背子

(訳)人の噂が激しくうるさくて仕方がないので、お逢いしないでいただけです。他(あだ)し心があるように思わないでください、あなた。(伊藤 博著「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より) 

 

 

◆吾背子師 遂常云う者 人事者 繁有登毛 出而相麻志乎

                (高田女王 巻四 五三九)

 

≪書き下し≫我が背子し遂(と)げむと言はば人言(ひとごと)は繁くありとも出でて逢はましを

(訳)あなたさえ添い遂げようとおっしゃって下さるなら、人の噂などどんなに激しくても、私は進んでお逢いしましょうものを(伊藤 博著「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より) 

 

 

◆吾背子尓 復者不相香常 思墓 今朝別之 為便無有都流 

                (高田女王 巻四 五四〇)

 

 

≪書き下し≫我が背子にまたは逢はじかと思へばか今朝の別れのすべなくありつる

(訳)これでもうあなたにお逢いすることができないのではないかと思うので、今朝の別れがあんなにもやりきれなかったのでしょうか。(伊藤 博著「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より) 

 

 

◆現世尓波 人事繁 来生尓毛 将相吾背子 今不有十万

                 (高田女王 巻四 五四一)

 

≪書き下し≫現世(このよ)には人言(ひとごと)繁し来む世にも逢はむ我が背子今にあらずとも

(訳)現世では人の噂がやかましくて思うようにお逢いできません。せめて来世にでもお逢いましょう、あなた。いまでなくても。(伊藤 博著「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より) 

 

 

◆常不止 通之君我 使不来 今者不相跡 絶多比奴良思

                 (高田女王 巻四 五四二)

 

≪書き下し≫常やまず通ひし君が使(つかひ)来(こ)今は逢はじとたゆたひぬらし

(訳)いつも絶え間なしに通って来たあの方の使いがやって来ない。もう逢うのはやめようとためらっていらっしゃるのかしら。(伊藤 博著「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より) 

 (注)たゆたふ【揺蕩ふ・猶予ふ】:①定まる所なく揺れ動く ②ためらう

 

 伊藤 博氏はこの歌群の脚注のなかで、この六首について、「別の折の歌を一組の歌群としてまとまえたものか」とさらに五四二歌に関して「対詠的な前五首に対し、これだけが独詠的。独詠歌が最後に置かれる歌群には物語的構成の意図がある」と述べられている。

 

 松伯美術館は奈良市登美ヶ丘2丁目、大渕池の西端畔にある。美術館前の駐車場に車を止める。駐車場の屋根には藤の花が満開であった。(四月二九日)

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松伯美術館駐車場の藤の花

 

松伯美術館は、同HPによると、上村松篁・淳之両画伯からの作品の寄贈と近畿日本鉄道株式会社からの基金出捐により1994年3月に開館したとある。また、同美術館では、上村松園・松篁・淳之三代にわたる作品、草稿、写生等、美術資料の収集と保管、展示を通じ、三代の画業を紹介することを目的としているとある。

 

 

  

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一、二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「松伯美術館HP」

★「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり~」(奈良市HP)

★「weblio古語辞書」

 

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