万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その288)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(29)―

●歌は、「我が背子が捧げて持てるほほがしはあたかも似るか青き蓋」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(29)(僧 恵行)

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(29)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾勢故我 捧而持流 保寶我之婆 安多可毛似加 青盖

                (僧 恵行 巻十九 四二〇四)

≪書き下し≫我が背子(せこ)が捧(ささ)げて持てるほほがしはあたかも似るか青き蓋(きぬがさ) 

 

(訳)あなたさまが、捧げて持っておいでのほほがしわ、このほほがしわは、まことにもってそっくりですね、青い蓋(きぬがさ)に。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)我が背子:ここでは、家持のことをさす。

(注)きぬがさ【衣笠・蓋】名詞:①絹で張った長い柄(え)の傘。貴人が外出の際、従者が背後からさしかざした。②仏像などの頭上につるす絹張りの傘。天蓋(てんがい)。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

題詞は、「見攀折保寶葉歌二首」<攀(よ)ぢ折(を)れたる保宝葉(ほほがしは)を見る歌二首>である。

 

もう一首の方もみてみよう。

 

◆皇神祖之 遠御代三世波 射布折 酒飲等伊布曽 此保寶我之波

               (大伴家持 巻十九 四二〇五)

 

≪書き下し≫すめろきの遠御代御代(とほみみよ)はい重(し)き折り酒(さ)飲(の)みきといふぞこのほほがしは 

 

(訳)古(いにしえ)の天皇(すめらみこと)の御代御代(みよみよ)では、重ねて祈って、酒を飲んだということですよ。このほほがしわは。(同上)

(注)いしきをる【い敷き折る】:(食物を盛るために、木の葉を)平らに広げて折り曲げる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

「ほほがしは」は、モクレン科のホオノキ(朴ノ木)。葉は大形。葉は古くは、食べ物を包むのに用いた。

四二〇四歌で、「ほほがしは」を「蓋」に見立てて、君(大伴家持)をほめている。それ対して、家持は、「重ねて祈って、酒を飲んだということですよ。このほほがしわは」と、前歌の意をそらして、「ほほがしは」そのものへの賛美に転じているのである。

 「蓋」は、三位以上の者は用いることになっており、一位のものは「深緑色」であったので、青々としたホオノキの葉をもっている様子を、一位の人の「蓋」のようだとたたえたのに対して、家持は、ホオノキの葉で酒を飲んだ昔の事実を述べて葉を讃えたのである。見事な切り返しである。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」