●歌は、「我がやどの穂蓼古幹摘み生し実になるまでに君をし待たむ」である。
●歌をみていこう。
◆吾屋戸之 穂蓼古幹 棌生之 實成左右二 君乎志将待
(作者未詳 巻十一 二七五九)
≪書き下し≫我(わ)がやどの穂蓼(ほたで)古幹(ふるから)摘(つ)み生(おほ)し実(み)になるまでに君をし待たむ
(訳)我が家の庭の穂蓼の古い茎、その実を摘んで蒔(ま)いて育て、やがてまた実を結ぶようになるまでも、私はずっとあなたを待ち続けています。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)ほたで【穂蓼】:蓼の穂が出たもの。蓼の花穂(かすい)。蓼の花。(weblio辞書 三省堂大辞林第三版)
(注)ふるから【古幹】名詞:古い茎。
万葉集の「たで」を特定することは難しいが、「古幹」から種を取るということから、一年草と考えられる。ヤナギタデあるいはイヌタデだろう。
万葉集には「たで」を詠んだ歌は三首収録されている。
他の二首をみておこう。
◆帛叨 楢従出而 水蓼 穂積至 鳥網張 坂手乎過 石走 甘南備山丹 朝宮 仕奉而吉野部登 入座見者 古所念
(作者未詳 巻十三 三二三〇)
≪書き下し≫みてくらを 奈良より出(い)でて 水(みづ)蓼(たで) 穂積(ほづみ)に至り鳥網(となみ)張る 坂手(さかて)を過ぎ 石走(いははし)る 神(かむ)なび山に 朝宮(あさみや)に 仕(つか)へ奉(まつ)りて 吉野へと 入ります見れば いにしへ思ほゆ
(訳)幣帛(ぬさ)を並べる奈良の都を出で立って、水蓼の穂の穂積に至り着き、鳥網を張る坂の坂手を通り過ぎ、石走る神なび山で、朝宮の祭り事にお仕え申し上げ、吉野へとお入りになるさまを見ると、いにすえのありさまもかくやと偲ばれる。(同上)
(注)みてぐら【幣/幣=帛】の解説:《「御手座 (みてぐら) 」の意という。「みてくら」とも》神に奉納する物の総称。布帛 (ふはく) ・紙・玉・兵器・貨幣・器物・獣類など。また、のちには御幣をもいう。幣束。幣帛 (へいはく) 。ぬさ。(goo辞書)
(注)みてくらを 枕詞:奈良にかかる
(注)みずたで【水蓼】( 名 ):①ヤナギタデの一品種カワタデの異名。②( 枕詞 ):穂状の花が咲くことから、地名「穂積」にかかる。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)
巻十三は、長歌集としての特異性をもっている。短歌や旋頭歌も含まれているが、すべて反歌である。長歌六十六首、うち反歌を持たないものが十九首、反歌としての短歌が六十首、旋頭歌が一首、合計百二十七種が収録されている。
◆小兒等 草者勿苅 八穂蓼乎 穂積乃阿曽我 腋草乎可礼
(作者未詳 巻十六 三八四二)
≪書き下し≫童(わらは)ども草はな刈りそ八穂蓼(やほたで)を穂積(ほづみ)の朝臣(あそ)が腋草(わきくさ)を刈れ
(訳)おい、みんな、草なんか刈らんでもよろし。刈るなら、八穂蓼(やほたで)の穂を積むという穂積おやじのあの腋(わき)草を刈れ。 (同上)
(注)やほたでを【八穂蓼を】の解説:[枕]多くの穂のついたタデを刈って積む意から「穂積 (ほづみ) 」にかかる。(goo辞書)
(注)わきくさ【腋草】〘名〙 腋毛。腋毛を草に見立てた語。一説に、「草」に「臭(くさ)」の意をかけて「腋臭(わきが)」のことともいう。※ [補注]腋の毛を「腋草」というのは、三八四二歌での固有の修辞で、一般的に定着した語ではない。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
巻十六は、「由縁ある歌と雑歌」を収録したもので、その中で、題詞が「嗤う歌」とあるのが、三八四〇~三八四七歌、三八五三~三八五四歌であり、上記の歌はこの内の一首である。
「たで」を詠んだ歌を三首見てきたが、歌碑の二七五九歌は、植物としての「たで」を詠んでいるが、三二三〇ならびに三八四二歌は、地名あるいは氏族名の「穂積」を導く枕詞として使われている。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会)
★「goo辞書」