万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その347,348,349)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(88,89,90)―

―その347―

●歌は、「愛し妹をいづち行かめと山菅のそがひに寝しく今し悔しも」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(88)(作者未詳)

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(88)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆可奈思伊毛乎 伊都知由可米等 夜麻須氣乃 曽我比尓宿思久 伊麻之久夜思母

               (作者未詳 巻十四 三五七七)

 

≪書き下し≫愛(かな)し妹(いも)をいづち行かめと山菅(やますげ)のそがひに寝(ね)しく今し悔(くや)しも      

 

(訳)かわいい妻よ、お前さんが私を離れてどこへ行くものかとたかをくくって、山菅の葉のように背を向け合って寝たこと、そのことが今となっては悔やまれてならないのだよ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)いづち【何方・何処】代名詞:どこ。どの方向。▽方向・場所についていう不定称の指示代名詞。※「ち」は方向・場所を表す接尾語。⇒いづかた・いづこ・いづら・いづれ

(注)やますげ【山菅】名詞:①山野に自生している菅(すげ)(=植物の名)。根が長く、葉が乱れていることを歌に詠むことが多い。※「やますが」とも。②やぶらん(=野草の名)の古名。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)やますげの【山菅の】分類枕詞:山菅の葉の状態から「乱る」「背向(そがひ)」に、山菅の実の意から「実」に、同音から「止(や)まず」にかかる。(同上)

(注)そがひ【背向】名詞:背後。後ろの方角。後方。(同上)

 

「やますげ」は万葉集では、十三首詠われている。その音から、「やまず」という言葉を導いたり、根に主眼をおいて、ねもころ(懇ろ)を導く枕詞として使われている。いずれの歌も植物そのものが詠われたものはない。ジャノヒゲ、ヤブラン、スゲと言った諸説がある。

 

巻十四は「東歌」であり、この歌は、唯一の「挽歌」である。巻十四の最後を飾る歌でもある。

 

 

―その348―

●歌は、「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(89)(志貴皇子

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(89)である。

 

●この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その28)」でとりあげている。ここでは、歌のみ掲げる。

 

◆石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨

               (志貴皇子 巻二 一四一八)

 

≪書き下し≫石走(いはばし)る垂水(たるみ)の上(うへ)のさわらびの萌(も)え出(い)づる春になりにけるかも

 

(訳)岩にぶつかって水しぶきをあげる滝のほとりのさわらびが、むくむくと芽を出す春になった、ああ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

この歌は、巻二の巻頭歌である。

 

 

―その349―

●歌は、「ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(88)(山部赤人

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(90)である。

 

●この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その344)」で「ぬばたま」で紹介している。同じ歌であるが、今回は「ひさぎ」での紹介である。

 

◆烏玉之 夜乃深去者 久木生留 清河原尓 知鳥數鳴

               (山部赤人 巻六 九二五)

 

≪書き下し≫ぬばたまの夜(よ)の更けゆけば久木(ひさぎ)生(お)ふる清き川原(かはら)に千鳥(ちどり)しば鳴く

 

(訳)ぬばたまの夜が更けていくにつれて、久木の生い茂る清らかなこの川原で、千鳥がちち、ちちと鳴き立てている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

「ひさぎ」が詠まれている歌は、万葉集では四首ある。

奈良県HP「はじめての万葉集(vol.2)」に、この歌がとりあげられている。ひさぎについて書かれているところを紹介する。

「『久木』がどういった植物なのか、キササゲや雑木、老木と諸説ありますが、現在はアカメガシワとする説が有力です。アカメガシワは芽が赤色であるためその名が付けられました。かつて食べ物を葉にのせたことから五菜葉(ごさいば)という別名もあります。野生のものでも川原に生えることがあるので、「久木生ふる清き川原」の表現と合致しています。

 アカメガシワは北海道・沖縄を除く日本の各地でみることができ、山歩きをされる方にとっては馴染みのある樹木ではないでしょうか。褐色の樹皮は漢方の生薬になり、胃潰瘍(かいよう)などに効能があります。

 アカメガシワの特徴としては、その成長が著しく早く、開墾地でも他の樹木に先立って育つという点が挙げられます。そのため『久木』が吉野の宮を讃える歌に詠まれたのは、アカメガシワが豊かな生命力をもつ樹木であったからと考えられます。」

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「はじめての万葉集(vol.2)」 (奈良県HP)