万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2098)―山口県平生町佐賀 佐賀地域交流センター尾国分館―万葉集 巻十五 三六四二

●歌は、「沖辺より潮満ち来らし可良の浦にあさりする鶴鳴きて騒きぬ」である。

山口県平生町佐賀 佐賀地域交流センター尾国分館万葉歌碑(遣新羅使人等)

●歌碑は、山口県平生町佐賀 佐賀地域交流センター尾国分館である。

 

●歌をみていこう。

 

◆於枳敝欲理 之保美知久良之 可良能宇良尓 安佐里須流多豆 奈伎弖佐和伎奴

       (遣新羅使人等 巻十五 三六四二)

 

≪書き下し≫沖辺(おきへ)より潮(しほ)満ち来(く)らし可良(から)の浦にあさりする鶴(たづ)鳴きて騒(さわ)きぬ

 

(訳)沖の方から今にも潮が満ちて来るらしい。可良(から)の浦で餌(え)をあさっている鶴、その鶴が盛んに鳴き騒いでいる。(伊藤 博 著「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)可良(から)の浦:熊毛の浦の一部。(伊藤脚注)

 

歌碑説明案内板

 山口県観光連盟HP「山口県観光サイト おいでませ山口へ」に、「万葉集に出てくる『可良の浦』は平生町小谷地域で、約1,300年前の長い船旅の途中、風待ち、志雄町、補給、給水のできる良い港であったと言われています。港にはよい水が豊富にあることが条件で、現在でも年中絶えることなく自然の湧き水が出ている場所が『上関温泉』の敷地内にあります。言い伝えでは『万葉の水』と言って、飲料水はもちろん、茶立ての水としてとても重宝されたそうです。」と書かれている。

 

三六四〇から三六四三歌の題詞は、「熊毛浦舶泊之夜作歌四首」<熊毛(くまげ)の浦に舶泊(ふなどま)りする夜に作る歌四首>である。

(注)熊毛浦:山口県熊毛郡上関町室津か。(伊藤脚注)

 

他の三首をみてみよう。

 

■三六四〇歌■

◆美夜故邊尓 由可牟船毛我 可里許母能 美太礼弖於毛布 許登都㝵夜良牟

       (遣新羅使人等 巻十五 三六四〇)

 

≪書き下し≫都辺(みやこへ)に行かむ船もが刈(か)り薦(こも)の乱れて思ふ言(こと)告(つ)げ遣(や)らむ

 

(訳)都の方に帰って行く船でもあったらなあ。そしたら、刈り薦のように千々に乱れて思うこの気持ちを、知らせてやることができように。(同上)

(注)かりこもの【刈り菰の・刈り薦の】分類枕詞:刈り取った真菰(まこも)が乱れやすいことから「乱る」にかかる(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

左注は、「右一首羽栗」<右の一首は羽栗(はくり)>である。

(注)羽栗:伝未詳。(伊藤脚注)

 

■三六四一歌■

◆安可等伎能 伊敝胡悲之伎尓 宇良未欲理 可治乃於等須流波 安麻乎等女可母

       (遣新羅使人等 巻十五 三六四一)

 

≪書き下し≫暁(あかとき)の家(いへ)恋(ごひ)しきに浦(うら)みより楫(かぢ)の音(おと)するは海人娘子(あまをとめ)かも

 

(訳)夜明け前の、家恋しくてならぬ時分に、浦のあたりから楫の音がする、あれは、海人娘子たちなのかなあ。(同上)

(注)海人娘子かも:妻恋しさゆえに海人娘子を思い浮かべた。(伊藤脚注)。

 

 

■三六四三歌■

◆於吉敝欲里 布奈妣等能煩流 与妣与勢弖 伊射都氣也良牟 多婢能也登里乎

       (遣新羅使人等 巻十五 三六四三)

 

≪書き下し≫沖辺より船人(ふなびと)上(のぼ)る呼び寄せていざ告(つ)げ遣(や)らむ旅の宿(やど)りを

 

(訳)沖の彼方を通って船人が漕ぎ上って行く。こちらへ呼び寄せて、さあ都の妻に知らせてやろう。この旅宿りのわびしさを。(同上)

 

左注は、「一云 多妣能夜杼里乎 伊射都氣夜良奈」<一には「旅の宿りをいざ告げ遣らな」といふ>である。

 

万葉集をどう読むか 歌の「発見」と漢字世界[本/雑誌] (Liberal) (単行本・ムック) / 神野志隆光/著

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 巻十五は、遣新羅使人等の歌群(三五七八から三七二二歌)と中臣宅守と狭野弟上娘子との相聞歌群(三七二三から三七八五歌)の二群からなり、神野志隆光氏の言葉を借りれば、いずれも「歌による『実録』のこころみ」がなされた特異な巻である。

 遣新羅使人等の歌群について、同氏は、その著「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」(東京大学出版会)のなかで、「・・・構成は、時間を軸としています。全体をみわたすと、以下の如く三つの部分に構成されます。

  • 冒頭部(三五七八~三六一一歌)
  • 題詞に、経て行く土地を、国名をあげて示してゆく部分(三六一二~三七一七歌)
  • 帰路、播磨国家島で作った歌(三七一八~三七二二歌)・・・」と書かれている。

 さらに、「・・・(2)部は、地名を列挙すれば、『備後国水調郡長井浦』『風速浦』『安芸国長門嶋』『長門浦』『周防国玖珂郡麻里布浦』『大嶋鳴門』『熊毛浦』『豊前国下毛郡分間浦』『筑紫館』『筑前国志麻郡韓亭』『引津亭』『肥前国松浦郡狛嶋亭』『壱岐嶋』『津島嶋浅茅浦』『竹敷浦』となります。・・・」と書かれている。

 そして、「『実録風』というように、いまあるものを、実録のかたちにつくられたものとしてみるべきだと考えます。どういう資料があったか、だれがそれにかかわったかはわからないことです。・・・大事なのは、歌を構成することによって、紀行をあらしめているということです。」と書かれている。

万葉集が、柿本人麻呂歌集歌を核として構成するとはいっても、「柿本人麻呂歌集論」のように、万葉集の外に持ち出して議論するべきではなく、「人麻呂歌集歌をふくむことによって歌集として成り立っている『万葉集』としてみることです」と主張されている。

 遣新羅使人等の歌群の成立は、大伴家持の手になるといった説も、同氏の主張に基づくと「『万葉集』の内部に現れた微証によって組み立てられた仮説」となるのであろう。

まさに「万葉集をどう読むか」といった大きな大きな、そして深い深い命題である。

 

 

■■12月1日 山口県下松市内ホテル→山口県熊毛郡平生町 佐賀地域交流センター尾国分館■■

 この歌碑については、グーグルマップのストリートビューで確認が取れていたうえに、海岸沿いであり、万葉歌碑の案内標識も立てられておりすぐに見つけることができた。幸先よいスタートである。

佐賀地域交流センター尾国分館

「万葉の碑」案内標識と歌碑



 

 

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「山口県観光サイト おいでませ山口へ」 (山口県観光連盟HP)