●歌は、「伊香山野辺に咲きたる萩見れば君が家なる尾花し思ほゆ(笠金村 8-1533)」である。
【伊香山】
「笠金村(巻八‐一五三三)(歌は省略)伊香(いかご)山は賤(しず)ヶ岳の南嶺といわれる。・・・山麓に・・・式内伊香後具神社がある。そこから賤ヶ岳の山頂(421メートル)にはすぐ登れるしリフトもある。・・・山頂の眺望は古代万葉の湖北を一望に感じさせてくれる。北側は足下の山あいに羽衣伝説の余呉湖(よごのうみ)をたたえ、あとはただ見る山また山“み越路の雪降る”山々である。・・・伊香山はこの山頂から南へ尾根つづきの、湖岸に断層崖をなす山嶺であろう。湖東から来て塩津越に向う者たちはこの鞍部はどうしても越えねばならぬ山だ。・・・笠金村は第三期の人、越路の旅にこの山越をして山野に咲き乱れる萩に友の奈良の家の尾花を思って旅愁に興じ、この歌と同じ時に“着物が染まりそうなほどの萩”の美しさをも歌っている。」(「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
万葉の旅(中)改訂新版 近畿・東海・東国 (平凡社ライブラリー) [ 犬養孝 ] 価格:1320円 |
巻八 一五三三歌をみていこう。
■巻八 一五三三歌■
◆伊香山 野邊尓開者 芽子見者 公之家有 尾花之所念
(笠金村 巻八 一五三三)
≪書き下し≫伊香山(いかごやま)野辺(のへ)に咲きたる萩見れば君が家なる尾花(をばな)し思ほゆ
(訳)伊香山、この山の野辺に咲いている萩を見ると、あなた様のお屋敷の尾花が思い出されます。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)家:前歌の「旅」への対比。旅の景をほめる前歌に対し望郷。(伊藤脚注)
(注)おもほゆ 【思ほゆ】自動詞:(自然に)思われる。 ※動詞「思ふ」+上代の自発の助動詞「ゆ」からなる「思はゆ」が変化した語。「おぼゆ」の前身。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1704・1705)」で一五三三歌ならびに一五三二歌の歌碑、滋賀県長浜市 賤ヶ岳山頂万葉歌碑とともに紹介している。一五三三歌の歌碑が山頂より遠い方の歌碑で、足下に奥琵琶湖が眺望できる。
犬養著の解説にある、「この歌と同じ時に“着物が染まりそうなほどの萩”の美しさをも歌っている」のは、一七五二歌である。こちらもみてみよう。
■巻八 一五三二歌■
◆草枕 客行人毛 往觸者 尓保比奴倍久毛 開流芽子香聞
(笠金村 巻八 一五三二)
≪書き下し≫草枕(くさまくら)、旅行く人も行き触(ふ)ればにほひぬべくも咲ける萩(はぎ)かも
(訳)旅行く人が行ずりに触れでもしたら、着物に色が染まってしまうばかりに、咲き乱れている萩の花よ。(同上)
(注)くさまくら【草枕】分類枕詞:旅にあっては草を結んで枕とし、夜露にぬれて仮寝をしたことから「旅」「旅寝」や同音の「度(たび)」、地名の「多湖(たご)」、草の枕を「結(ゆ)ふ」から「夕(ゆふ)」、夜露にぬれるから「露」、仮寝から「かりそめ」などにかかる。(学研)
(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。 ここでは②の意。(学研)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1704・1705)」で賤ヶ岳山頂万葉歌碑(山頂に近いほうで一七三二歌)とともに紹介している。
➡
一五三三歌の歌碑は、長浜市木之本町 長浜市役所木之本支所にも建てられている。
これについては、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その403)」で長浜市役所木之本支所の歌碑とともに紹介している。
➡
犬養著の解説にある「“み越路の雪降る”」は、笠金村の一七八六歌である。こちらもみてみよう。
■巻九 一七八六歌■
◆三越道之 雪零山乎 将越日者 留有吾乎 懸而小竹葉背
(笠金村 巻九 一七八六)
≪書き下し≫み越道(こしぢ)の雪降る山を越えむ日は留(と)まれる我(わ)れを懸(か)けて偲(しの)はせ
(訳)み越道の雪降り積もる山、その雪深い山を越える日には、家に独り残っている私のことを、お心の隅にかけて偲んで下さいませ。(同上)
(注)み越道:越の国(北陸地方)の道筋。(伊藤脚注)
(注)懸けて偲はせ:心にかけて偲んで下さい。(伊藤脚注)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2551)」で紹介している。
➡
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 (編 (桜楓社)
★「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」