万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

中大兄の三山歌、いずれが男山、女山(万葉歌碑を訪ねて―その64―)

●中大兄の「三山歌」については、天智天皇が弟の大海人皇子額田王を争ったという自己弁護の歌とするのは誤りであるという。三山の妻争いの伝説から人間社会のことに言及したとすべきという。三山の伝説は当時はすでに浸透しており、三山歌のように簡単に表現しても理解されていたのではないかという。それゆえに後世は、いろいろと解釈が定まらず諸説入り乱れることになったと想像できる。

 

●サンドイッチは、サニーレタスと焼き豚。デザートはグレープフルーツレッドとブドウ、バナナの組み合わせである。同じ材料でどこまで変化をつけられるかも頭の体操になる。

f:id:tom101010:20190502223026j:plain

5月2日のザ・モーニングセット

f:id:tom101010:20190502223109j:plain

5月2日のフルーツフルデザート

 

●万葉歌碑を訪ねて―その64―

「かぐ山は畝火ををしと耳成と相あらそひき神代よりかくなるらしいにしへも しかなれこそうつせみもつまをあらそふらしき」

 

この歌碑は、奈良県桜井市桧原井寺池畔、上池と下池を仕切る堤を渡り切ったあたりの左手にある。

f:id:tom101010:20190502225900j:plain

奈良県桜井市井寺池畔万葉歌碑(天智天皇

 

◆高山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此尓有良之 古昔母 然尓有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相格良思吉

                      (天智天皇 巻一 十三)

 

≪書き下し≫香具山(かぐやま)は 畝傍(うねび)を惜(を)しと 耳成(みみなし)と 相争(あいあらそ)ひき 神代(かみよ)より かくにあるらし 古(いにしえ)も しかにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき

(訳)香具山は、畝傍をば失うには惜しい山だと、耳成山と争った。神代からこんな風であるらしい。いにしえもそんなふうであったからこそ、今の世の人も妻を取りあって争うのであるらしい。(伊藤 博著「萬葉集 一」角川ソフィア文庫より)

 

「雲根火雄男志等」を「畝傍を愛(を)し」と読むか「畝傍雄々し」と読むかの議論があり、一般には「を愛(を)し」と読まれることが多いが、伊藤博氏のように「畝傍(うねび)を惜(を)し」と読む説もある。

  

どの山が男で、どの山が女かについても諸説がある。堀内民一著「大和万葉―その歌の風土」(創元社)に詳しいので列挙してみる。

【仙覚説】香具山は女山。最初、香具山は耳梨の男山に心寄せていたが、畝火の男らしい姿に惹かれるようになった。「相あらそひき」は、耳梨山をおろそかにして、畝火山にひかれようとする香具山と、それを阻止して元通り自分に靡かせようとする耳梨山との争いだとする。

【契沖説】男山、女山の分け方は仙覚と同じだが、初句を「香具山をば」と解釈し、女山の香具山を得ようと、「畝火のををしき」と耳梨山とが争ったことになる。そして、畝火山の雄々しさが、この場合はかえって、荒々しさとして、山山から嫌悪される理由になる。反歌では、香具山と耳梨山が逢ったことになる。

【木下幸文説】畝火山を女山とする説。「雄男志」は、「を愛(を)し」の意の仮名とする解釈。武田祐吉斎藤茂吉博士同説。

折口信夫説】女山の香具山と耳梨山とが、の畝火山を争ったとみる。女同士の夫(つま)争いである。沢潟久博士も同説。

【下河辺長流説】人間界の女を三つの男山同士が争ったとする。土屋文明氏はこの説をとっている。

 この歌の題詞は、「中大兄近江宮御宇天皇三山歌」とある。

≪書き下し≫中大兄(なかのおほえ)近江宮に天の下しらしめす天皇の三山の歌」

そして、反歌が二首ある。

 

◆高山与 耳梨山与 相之時 立見尓来之 伊奈美國波良

                (天智天皇 巻一 一四)

 

≪書き下し≫香具山と耳成山と闘(あ)ひし時立ちて見に来(こ)し印南国原(いなみくにはら)

(訳)香具山と耳成山とが妻争いをした時、阿菩大神(あぼのおおみかみ)がみこしをあげて見にやって来たという地だ、この印南国原は。

 

◆渡津海乃 豊旗雲尓 伊理比紗之 今夜乃月夜 清明己曽

                (天智天皇 巻一 一五)

 

≪書き下し≫海神(わたつみ)の豊旗雲(とよはたくも)に入日(いりひ)さし今夜(こよい)の月夜(つくよ)さやけくありこそ

(訳)海神(わたつみ)のたなびかしたまう豊旗雲(とよはたくも)に、今しも入日(いりひ)がさしている。おお、今宵の月世界は、まさしくさわやかであるぞ。

(注)とよはたくも【豊旗雲】:旗のようにたなびく美しい雲。

 

左注がある。「右一首歌今案不似反歌也 但舊本以此歌載於反歌 故今猶載此次亦紀日 天豊財重日足姫天皇先四年乙巳立天皇為皇太子」とある

≪書き下し≫右の一首の歌は、今案(かむが)ふるに反歌に似ず。ただし、旧本、この歌をもちて反歌に載(の)す。この故(ゆゑ)に、今もなほこの次(つぎて)に載す。また、紀には「天豊財重日足姫天皇(あめとよたからいかしひたらしひめのすめらみこと)の四年乙巳(きのとみ)に、天皇を立てて皇太子(ひつぎのみこ)となす」といふ。

(注)天豊財重日足姫天皇斉明天皇の名 

     斉明天皇:第37代の天皇(女帝)(在位665~661年)第35代皇極天皇(在位642~645年)の重祚(ちょうそ)

(注)先の四年:皇極天皇の四年(645年)

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大和万葉―そのうたの風土」 堀内民一 著 (創元社

★「万葉の大和路」 犬養 孝/文・入江泰吉/写真 (旺文社文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「万葉歌碑めぐり」(桜井市HP)

★「weblio古語辞書」