万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その166改)―奈良県高市郡明日香村嶋の宮万葉歌碑―

●歌は、「嶋の宮上の池なる放ち鳥荒びな行きそ君いまさずとも」である。

 

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明日香村周遊歩道岡寺から石舞台方面へすぐの万葉歌碑(草壁皇子の宮の舎人)

●歌碑は、奈良県高市郡明日香村 「飛鳥周遊歩道岡寺から石舞台方面すぐ」にある。      

 

 ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その121)」に、「草壁皇子は飛鳥の島の宮に住んでおられたという。島の宮は蘇我氏の旧邸宅の後を、宮殿にしたものであったといわれている。飛鳥川などの水を利用した宮殿造りで、蘇我馬子は島大臣(しまのおとど)と呼ばれていた。島の宮の故地は、今の飛鳥の岡の南の島の庄の地で、飛鳥川に臨んだところで、橘の島の宮ともいわれる。」と書いている。

 嶋の宮の関する歌碑であるから嶋の宮の遺跡に関連したところに立てられていると考え、早く行ってみたいと思っていた。前回も行こうとトライしたがわからず、あきらめた歌碑である。

 マップ等、いろいろと調べ、石舞台から岡寺方面に歩けばたどり着けそうである。

 石舞台駐車場に車を止め、見晴台付近から飛鳥周遊歩道に向かう。見晴らし台から石舞台を眺める。昔の記憶では、広大な平地にポツンと石舞台があった。今は、周辺が囲われ、有料になっている。

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見晴台から見た石舞台

 周遊歩道の上りがきつくなる。スマホで検索すると山越えの様相を呈している。暑い!この山越えはきついと判断、作戦切り替えである。マップの「飛鳥周遊歩道岡寺から石舞台方面すぐ」の「すぐ」をみて、このルートをあきらめる。岡寺から歩けば「すぐ」とあるから、無理することはない。駐車場に戻り、岡寺を目指す。車でも結構な登りであるから、山登り的なルートをあきらめたのは正解であった。

 岡寺の駐車場に車を止め、少し下って飛鳥周遊歩道を歩く。飛鳥周遊歩道の案内を頼りに歩きはじめる。

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駐車場から岡寺遠望


 「飛鳥周遊歩道岡寺から石舞台方面すぐ」の「すぐ」が曲者であった。そこからは、つづら折りの道を上り、そして上りである。あきらめようと迷いつつも次のカーブの先まで行けば、歌碑があるのではと期待しながらがんばり、裏切られ、ここまで来たのだからと励まし進む。

「あすかナビ」も位置情報がずれたりするので確認用にしか使えない。

 嶋の宮は飛鳥川の水を利用とあったが、このような山奥にどのようにして水を引いたのだろうかと疑問が頭をよぎる。ありえない。間違いではとほぼあきらめ、引き返す方に傾きかけたその時、右手前方に、少し開けたところがあり、石舞台方面の案内板があった。その先の棚田のような広場に歌碑らしきものが。歌碑はあれど、嶋の宮に関する説明等は一切ない。

 歌碑は、嶋の宮の歌だから、嶋の宮跡近くにあるものだと思い込んでいたのだ。とんでもない勘違いであった。

 しかし、途中であきらめなかったからこの歌碑にたどり着けたのだ。嶋の宮は見ることができなかった。(嶋の宮に関する調査不足を痛感)

ほぼ峠のてっぺんのようなところで、歌碑に巡り合ったのである。今日はすんなりと歌碑に行き着ける日ではなさそうである。

 

●歌をみていこう。

◆嶋宮 上池有 放鳥 荒備勿行 君不座十方

                (草壁皇子の宮の舎人 巻二 一七二)

 

≪書き下し≫島の宮上(かみ)の池なる放(はな)ち鳥荒(あら)びな行きそ君座(いま)さずとも

 

(訳)島の宮の上の池にいる放ち鳥よ、つれなくここを見捨ててゆかないでおくれ。君がここにおられなくなっても。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

題詞は、「皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首」<皇子尊(みこのみこと)の宮の舎人等(とねりら)慟傷(かな)しびて作る歌二十三首>である。

 

一七一~一九三歌までの二十三首である。

 

左注は、「右日本紀日 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨」≪右は、日本記には「三年己丑(つちのとうし)夏の四月癸未(みづのとひつじ)の朔(つきたち)の乙未(きのとひつじ)に薨(こう)す」といふ>とある。

(注)持統三年四月十三日

 

この二十三首の言語情報から、「嶋の宮」の「嶋」を通して当時の庭園建造思想などを読み取るだけでなく、歌の「場」に理解の深耕への必然性を感じ取ることができる。単に「歌」というだけでなく、情報ソースとして活用できるのである。

舎人自身の身の振り方を嘆く等は、現在の組織崩壊に伴う、身の振り方、組織への忠誠心のはかなさ、等々時間軸を超えた思いも感じられる。

万葉集の歌」そのものを深く理解するためには、その「場」に身を置き、時間軸、空間軸をこえて接する必要性をこれまでも幾度となく感じてきたが、「歌」からの情報をくみ取る必要性をも痛感させられたのである。

万葉集の歌という「つづら折り」の果てしない山道を愚直に登って行きたい。

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (創元社

★「万葉の大和路」 犬養 孝/文 入江泰吉/写真 (旺文社文庫

★「犬養孝揮毫万葉歌碑マップ(明日香村)」

★「國文學 万葉集の詩と歴史」 (學燈社

 

 

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