万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その205)―京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 №10―万葉集 巻八 一四七一

●歌は、「悲しけば形見にせむと我がやどに植ゑし藤波今咲きにけり」である。

 

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京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑(山部赤人

●歌碑は、京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 にある。

 

●歌をみていこう。

◆戀之家婆 形見尓将為跡 吾屋戸尓 殖之藤波 今開尓家里

               (山部赤人 巻八 一四七一)

 

≪書き下し≫恋しければ形見(かたみ)にせむと我がやどに植ゑし藤波今咲きにけり

 

(訳)恋しい時には、あの人の偲びぐさにしようと、我が家の庭に植えた藤、その藤の花は、ちょうど今咲いている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ふぢなみ【藤波・藤浪】名詞:藤の花房の風に揺れるさまを波に見立てていう語。転じて、藤および藤の花。

 

 この歌は、巻八の部立「夏雑歌」(一四六五~一四九七歌)に収録されている。

 夏雑歌の中で、鳥と植物、鳥のみ、花のみ、虫のみが歌われるものをみていこう。

 下記のように、霍公鳥のみ詠われているのが十五首ある。霍公鳥と植物は十一首、植物は、六首、昆虫は一首である。霍公鳥は二十六首収録されている。

 

  • 鳥のみ

   霍公鳥    十五首

  • 鳥と植物

   霍公鳥と萩   一四六八

   霍公鳥と卯の花 一四七二 一四七七 一四八二 一四九一

   霍公鳥と橘   一四七三 一四八一 一四八三 一四八六 一四九三

   霍公鳥と菖蒲草 一四九〇

  • 植物のみ

   藤浪    一四七一

   橘     一四七八 一四八九 一四九二

   唐棣花(はねず) 一四八五    

   瞿麦(なでしこ) 一四九六             

  • 昆虫のみ

   ひぐらし  一四七九

 

 霍公鳥は、北海道南部から九州の山林に飛来する夏鳥である。霍公鳥も自分では子育てせず、主に鶯を托卵の相手とする。

 

 土田將雄氏「万葉集における霍公鳥の歌」(慶應義塾大学学術情報リポジトリ)を参考に、「霍公鳥と藤浪」が歌われている歌を探してみると、一九四四、一九九一、三九九三、四〇四二、四〇四三、四一九二、四一九三の七首が収録されている。

これらの歌をみていこう。

 

◆藤波之 散巻惜 霍公鳥 今城岳▼ 鳴而越奈利

              (作者未詳 巻十 一九四四)

            ※▼は「口+リ」(を)

 

≪書き下し≫藤波(ふじなみ)の散らまく惜(お)しみほととぎす今城(いまき)の岡(おか)を鳴きて越ゆなり

 

(訳)藤の花の散るのを惜しんで、時鳥が今城の岡の上を鳴きながら越えている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

◆霍公鳥 来鳴動 岡邊有 藤浪見者 君者不来登夜

              (作者未詳 巻十 一九九一)

 

≪書き下し≫ほととぎす来鳴(きな)き響(とよ)もす岡辺(をかへ)なる藤波見には君は来(こ)じとや

 

(訳)時鳥が来てしきりに声を響かせている岡辺の藤の花、この花を見にさえ、あなたはおいでにならないというのですか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

◆布治奈美波 佐岐弖知理尓伎 宇能波奈波 伊麻曽佐可理等 安之比奇能 夜麻尓毛野尓毛 保登等藝須 奈伎之等与米婆 宇知奈妣久 許己呂毛之努尓 曽己乎之母 宇良胡非之美等 於毛布度知 宇麻宇知牟礼弖 多豆佐波理 伊泥多知美礼婆 伊美豆河泊 美奈刀能須登利 安佐奈藝尓 可多尓安佐里之 思保美弖婆 都麻欲妣可波須 等母之伎尓 美都追須疑由伎 之夫多尓能 安利蘇乃佐伎尓 於枳追奈美 余勢久流多麻母 可多与理尓 可都良尓都久理 伊毛我多米 氐尓麻吉母知弖 宇良具波之 布勢能美豆宇弥尓 阿麻夫祢尓 麻可治加伊奴吉 之路多倍能 蘇泥布理可邊之 阿登毛比弖 和賀己藝由氣婆 乎布能佐伎 波奈知利麻我比 奈伎佐尓波 阿之賀毛佐和伎 佐射礼奈美 多知弖毛為弖母 己藝米具利 美礼登母安可受 安伎佐良婆 毛美知能等伎尓 波流佐良婆 波奈能佐可利尓 可毛加久母 伎美我麻尓麻等 可久之許曽 美母安吉良米々 多由流比安良米也

                (大伴池主 巻十七 三九九三)

                 ※大伴池主(おほともいけぬし)

 

≪書き下し≫藤波(ふぢなみ)は 咲きて散りにき 卯(う)の花は 今ぞ盛りと あしひきの 山にも野にも ほととぎす 鳴きし響(とよ)めば うち靡(なび)く 心もしのに そこをしも うら恋(ごひ)しみと 思ふどち 馬打ち群(む)れて 携(たづさ)はり 出で立ち見れば 射水川(いみづがは) 港の渚鳥(すどり) 朝なぎに 潟(かた)にあさりし 潮満てば 妻呼び交(かは)す 羨(とも)しきに 見つつ過ぎ行き 渋谿(しぶたに)の 荒礒(ありそ)の崎(さき)に 沖つ波 寄せ来(く)る玉藻(たまも) 片縒(かたよ)りに 蘰(かづら)に作り 妹(いも)がため 手に巻き持ちて うらぐはし 布勢の水海(みづうみ)に 海人船(あまぶね)に ま楫(かぢ)掻(か)い貫(ぬ)き 白栲(しろたへ)の 袖(そで)振り返し 率(あども)ひて 我が漕(こ)ぎ行けば 乎布(をふ)の崎(さき) 花散りまがひ 渚(なぎさ)には  葦鴨(あしがも)騒(さわ)き さざれ波 立ちても居(ゐ)ても 漕(こ)ぎ廻(めぐ)り 見れども飽かず 秋さらば 黄葉(もみぢ)の時に 春さらば 花の盛りに かもかくも 君がまにまと かくしこそ 見も明(あき)らめめ 絶ゆる日あらめや

 

(訳)「アンダーラインの部分のみ」

藤の花房は咲いてもう散ってしまった、卯の花は今が真っ盛りだ、とばかりに、あたりの山にも野にも時鳥(ほととぎす)がしきりに鳴きたてているので、(後略)(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

 

◆敷治奈美能 佐伎由久見礼婆 保等登藝須 奈久倍吉登伎尓 知可豆伎尓家里

                (田邊史福麻呂 巻十八 四〇四二)

                 ※田邊史福麻呂(たなべのふひとさきまろ)

 

≪書き下し≫藤波(ふぢなみ)の咲きゆく見ればほととぎす鳴くべき時に近(ちか)づきにけり 

 

(訳)藤の花房が次々と咲いてゆくのを見ると、季節は、時鳥の鳴き出す時にいよいよ近づいたのですね。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

◆安須能比能 敷勢能宇良未能 布治奈美尓 氣太之伎奈可受 知良之底牟可母  <一頭云 保等登藝須>

            (大伴家持 巻十八 四〇四三)

 

≪書き下し≫明日(あす)の日の布勢の浦廻(うらみ)の藤波にけだし来鳴かず散らしてむかも <一には頭に「ほととぎす」といふ>

 

(訳)明日という日の、布勢の入江の藤の花には、おそらく時鳥は来て鳴かないまま、散るにまかせてしまうのではないでしょうか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

次の大伴家持の歌は、題詞が、「詠霍公鳥并藤花一首并短歌」<霍公鳥(ほととぎす)并せて藤の花を詠(よ)む一首 并せて短歌>である。

 

◆桃花 紅色尓 々保比多流 面輪能宇知尓 靑柳乃 細眉根乎 咲麻我理 朝影見都追▼嬬良我 手尓取持有 真鏡 盖上山尓 許能久礼乃 繁谿邊乎 呼等余米 旦飛渡 暮月夜 可蘇氣伎野邊 遥々尓 喧霍公鳥 立久久等 羽觸尓知良須 藤浪乃 花奈都可之美 引攀而 袖尓古伎礼都 染婆染等母

                (大伴家持 巻十九 四一九二)

   ※▼「『女+感』嬬」=「をとめ」

 

≪書き下し≫桃の花 紅(くれなゐ)色(いろ)に にほひたる 面輪(おもわ)のうちに 青柳の 細き眉根(まよね)を 笑(ゑ)み曲(ま)がり 朝影見つつ 娘女(をとめ)らが 手に取り持てる まそ鏡 二上山(ふたがみやま)に 木(こ)の暗(くれ)の 茂き谷辺(たにへ)を 呼び響(とめ)め 朝飛び渡り 夕月夜(ゆうふづくよ) かそけき野辺(のへ)に はろはろに 鳴くほととぎす 立ち潜(く)くと 羽触(はぶ)れに散らす 藤波(ふぢなみ)の 花なつかしみ 引き攀(よ)ぢて 袖に扱入(こき)れつ 染(し)まば染(し)むとも

 

(訳)桃の花、その紅色(くれないいろ)に輝いている面(おもて)の中で、ひときは目立つ青柳の葉のような細い眉、その眉がゆがむほどに笑みこぼれて、朝の姿を映して見ながら、娘子が手に掲げ持っている真澄みの鏡の蓋(ふた)ではないが、その二上山(ふたがみやま)に、木の下闇の茂る谷辺一帯を鳴きとよもして朝飛び渡り、夕月の光かすかな野辺に、はるばると鳴く時鳥、その時鳥が翔けくぐって、羽触(はぶ)れに散らす藤の花がいとおしくて、引き寄せて袖にしごき入れた。色が染みつくなら染みついてもかまわないと思って。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

◆霍公鳥 鳴羽觸尓毛 落尓家利 盛過良志 藤奈美能花 <一云 落奴倍美 袖尓古伎納都 藤浪乃花也>

 

≪書き下し≫ほととぎす鳴く羽触れにも散りにけり盛り過ぐらし藤波の花 <一には「散りぬべみ袖に扱入れつ藤波の花」といふ>

 

(訳)時鳥が鳴き翔ける羽触れにさえ、ほろほろと散ってしまうよ。もう盛りは過ぎているらしい、藤波の花は。<今にも散りそうなので、袖にしごき入れた、藤の花を>

 

 霍公鳥は、万葉の時代によく歌に詠まれるほど身近な鳥であったのだろう。残念ながら姿を見たことがないし、鳴き声も聞いたことがない。鳴き声は、「特許許可局」「テッペンカケタカ」と聞こえるということは聞いたことあるが。

 藤の花は、4月29日に奈良市登美ヶ丘の「松伯美術館」に万葉歌碑を訪ねて行った時に、見事に、駐車場の屋根から咲き誇っているのを見たことがあった。

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藤の花(松伯美術館)2019年4月29日撮影

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集における霍公鳥の歌」 土田將雄氏 (慶應義塾大学学術情報リポジトリ

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「色と大きさでわかる野鳥観察図鑑」 (成美堂出版)

 

●本日のザ・モーニングセット&フルーツフルデザート

 サンドイッチは、レタスと焼き豚である。デザートはバナナの輪切りを並べ、キウイのカットを並べ、赤ブドウの小カットを花びらのように配した。中心は赤と緑のブドウの切合わせを飾った。

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9月23日のフルーツフルデザート