万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その217)―京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 №22―万葉集 巻二 一四二

 

●歌は、「家にあらば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」である。

 

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京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑(有間皇子

●歌碑は、京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 №22 にある。

 

●歌をみていこう。

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その197)」で、同じ正道官衙遺跡公園の歌碑「磐白乃 濱松之枝乎 引結 真幸有者 亦還見武(有間皇子 巻二 一四一)」の文中で、題詞、「有間皇子自傷結松枝歌二首」<有間皇子(ありまのみこ)、自みづか)ら傷(いた)みて松が枝(え)を結ぶ歌二首>のもう一首として紹介している。

 

◆家有者 笱尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉盛

            (有間皇子 巻二 一四二)

 

≪書き下し≫家なれば笱(け)に盛(も)る飯(いひ)を草枕旅(たび)にしあれば椎(しひ)の葉に盛る

 

(訳)家にいる時にはいつも立派な器物(うつわもの)に盛ってお供えをする飯(いい)なのに、その飯を、今旅の身である私は椎(しい)の葉に盛って神祭りをする。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 有間皇子の悲劇の歴史的な背景等についてこれまでみてきたので、この歌の背景、風土的な観点からみてみよう。

 

 犬養孝氏はその著「万葉の人びと」(新潮文庫)の中で、「戦前は、よく教科書にも出ていました。何といっているか、『家におると食器に盛って食べる飯なのに、旅に出ているから、椎の葉に盛って食べる、わが皇室のご先祖は、まことに質素であらせられて、食器もお持ちにならない。』なんとまあ、畏(おそれ)多き極みではないか」こういうふうに言われたんですね」「ところが、戦後になって、いわば歴史解禁ということになりました。そこで(中略)歴史的背景をもとにして、『家におると食器に盛って食べる御飯なのに、今はこうして大逆犯人としての囚われの身だから、たまたまその辺にある椎の葉を取って、―当時の御飯はふかし御飯ですが―御飯をのせて、さあ食えといって突きつけられる、こんな飯が食えるかという気持ちだ』と言われています。」

 「文芸春秋」(昭和三十一年一月号)に、国学院大学教授高崎正秀氏が「椎の葉に盛る」という随筆を書かれた。そのなかで、「ある村では、道祖神に椎の葉に御飯を盛って差し上げるという話を聞いた。そうしてみると、あの『家にあれば笥に盛る飯を』というのは、神に捧げる御飯じゃないか」と提起されたという。

 実際に、磐白(和歌山県日高郡みなべ町西岩代)一帯では、赤ん坊が生まれた一か月後の、一日と十五日には、樫の葉に米の団子を二つひと重ねにして、神様にお供えするそうである。土地の旧い習慣であろう。

 「家におると食器に盛って神にお供えする御飯を、こうして旅に出ているから椎の葉に盛って神にお供えする。この土地の珍しい風習に従って椎の葉に盛って御飯を差し上げることで、しみじみ我が身の逆境を感じる。『家にあれば』は、順境、『旅にしあれば』逆境の場合、ああ、蘇我赤兄の口車に乗らなかったらよかったのになあ、という悔しい気持ちがしたことでしょう。この歌はそういう気持ちだと思うんです。そういうことからも、歌というものが風土との結びつきがいかに深いかを感じます。」と書かれている。

 

 歌の解釈も、歴史的、時代的、風土的な背景によって変遷するもの興味深いところである。

 

 「『万葉集』というのは、いわば歌の博物館のようなものです。作者のだれ一人として、その中に自分の歌を入れてもらおうなどと思って作ったわけではありません。それぞれの歌は、それぞれの時代に、それぞれの場所で生まれたものですから、歌を本当に理解するためには、その歌の生まれた時代や生まれた風土にできる限り戻してみなければなりません。そうして、初めて博物館の標本のような歌が生き生きと躍り出してくるんです。」(犬養 孝著「万葉の人びと」序)

 

 「一くれの土も。歴史の香を含まぬはなく、ひと本の草も、古歌の匂ひをのせぬものゝない大和。(折口信夫著「万葉大和風土記」序)

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「大和万葉― その歌の風土」 堀内民一 著 (創元社

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

 

 

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