万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その460)―太子町 太子和みの広場横小公園―万葉集 巻八 一四六三

●歌は、「我妹子が形見の合歓木は花のみに咲きてけだしく実にならじかも」である。

 

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太子町 太子和みの広場横小公園万葉歌碑(大伴家持


  ●歌碑は、太子町 太子和みの広場横小公園にある。

 

●歌をみていこう。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その196)」で紹介している。

 

◆吾妹子之 形見乃合歡木者 花耳尓 咲而盖 實尓不成鴨

               (大伴家持 巻八 一四六三)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)が形見(かたみ)の合歓木(ねぶ)は花のみに咲きてけだしく実(み)にならじかも

 

(訳)あなたが下さった形見のねむは、花だけ咲いて、たぶん実を結ばないのではありますまいか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)けだしく【蓋しく】( 副 ):(多く助詞「も」を伴って用いる)「けだし」に同じ。>けだし【蓋し】副詞:①〔下に疑問の語を伴って〕ひょっとすると。あるいは。②〔下に仮定の表現を伴って〕もしかして。万一。③おおかた。多分。大体(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

一四六二歌とこの歌の、題詞は、「大伴家持贈和歌二首」<大伴家持、贈り和(こた)ふる歌二首>である。

 

一四六二歌もみてみよう。

 

◆吾君尓 戯奴者戀良思 給有 茅花乎雖喫 弥痩尓夜須

              (大伴家持 巻八 一四六二)

 

≪書き下し≫我が君に 戯奴(わけ)は恋ふらし賜(たば)りたる茅花(つばな)を食(は)めどいや痩(や)せに痩す

 

(訳)ご主人様に、この私めは恋い焦がれているようでございます。頂戴した茅花をいくら食べても、ますます痩せるばかりです。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 (注)わけ【戯奴】代名詞: ①私め。▽自称の人称代名詞。卑下の意を表す。②おまえ。▽対称の人称代名詞。目下の者にいう。 ここでは②の意味。

 

 この二首は、紀女郎が大伴家持に贈った歌に対して和(こた)えた歌である。紀女郎が家持に贈った歌の方もみてみよう。

 

 題詞は、「紀女郎贈大伴宿祢家持歌二首」<紀女郎(きのいらつめ)、大伴宿禰家持に贈る歌二首>である。

 

◆戯奴<變云和氣>之為 吾手母須麻尓 春野尓 抜流茅花曽 御食而肥座

                (紀女郎 巻八 一四六〇)

 

≪書き下し≫戯奴(わけ)<変して「わけ」といふ>がため我が手もすまに春の野の抜ける茅花(つばな)ぞ食(め)して肥(こ)えませ

 

(訳)そなたのために、私が手も休めずに春の野で抜き採った茅花(つばな)ですよ、これは。食(め)し上がってお太りなさいませよ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)つばな【茅花】:ちがやの花。ちがや。つぼみを食用とした。「ちばな」とも。

 

 

◆晝者咲 夜者戀宿 合歡木花 君耳将見哉 和氣佐倍尓見代

                 (紀女郎 巻八 一四六一)

 

≪書き下し≫昼は咲き夜(よる)は恋ひ寝(ね)る合歓木(ねぶ)の花君のみ見めや戯奴(さへ)に見よ。

 

(訳)昼は花開き、夜は葉を閉じ人に焦がれて眠るという、ねむの花ですよ。そんな花を主人の私だけが見てよいものか。そなたもご覧。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 左注は、「右折攀合歡花幷茅花贈也」<右は、合歓(ねぶ)の花と茅花(つばな)とを攀(よ)ぢて贈る>とある。

 

 

 一四六二歌の「君」についてであるが、万葉では、「君」は一般的には相手に対する敬称で、女から男を呼ぶ場合に用いられている。男である大伴家持が女である紀女郎を明らかに「君」と呼んでいる。これは、一四六〇歌で、紀女郎が戯れて、「戯奴」と呼んだ歌への答え歌である。すなわち、女郎がわざと家持を卑しんで呼んだことを受けて、逆に、家持は、「我が君」と敬意を込めてウイットに富んだ言い方で切り返しているのである。

 

 実際には、どのようなシチュエーションでやり取りされたのかはわからないが、読みようによっては、衣の下の鎧どころではない。しかし、衣と言うバッファーがかなり効いているのも事実である。年上の紀女郎の直球勝負と家持の変化球勝負の面白さである。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集相聞の世界」 伊藤 博 著 (塙書房

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」