万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その498)―奈良市神功4丁目 万葉の小径(34)―万葉集 巻十 二一八九

●歌は、「露霜の寒き夕の秋風にもみちにけらし妻梨の木は」である。

 

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奈良市神功4丁目 万葉の小径(34)万葉歌碑(作者未詳 なし)

●歌碑は、奈良市神功4丁目 万葉の小径(34)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆露霜之 寒夕之 秋風丹 黄葉尓来之 妻梨之木者

                (作者未詳 巻十 二一八九)

 

≪書き下し≫露霜(つゆしも)の寒き夕(ゆうへ)の秋風にもみちにけらし妻梨の木は

 

(訳)置く霜のひとしお寒々とした夕(ゆうべ)、この夕方の秋風によって色づいたのであるらしい。妻なしというの木は。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)妻梨の木は:独りものの木ゆえ、一層寒さが身にしみて色づいたとみている。

 

 

「梨は落葉高木で、春には白い花を咲かせ、秋に実をつけた後、葉は美しく色づく。梨は中国では、その花が『梨花一枝春帯雨』と称賛され、清少納言も花びらの端のあるかなきかの色合いを讃えているが、万葉集では花を呼んだ歌はなく、ひたすら梨の葉の色づきが中心である。雪深い越中から久しぶりに奈良の都へ帰った家持も、その年の冬十月の宴席で、梨の葉が美しく色づいた風景に感激して「やどのもみち葉」と歌って、帰京の喜びをかみしめている。

万葉の頃、一般に美しさや豊かさを伴う雪よりも霜の方が寒いという感覚があった。露霜は詞のあやであるが、露にはやはりはかなさがあるので、この歌は、寒いはかない景の中に秋風が吹く晩秋の景観を歌ったものである。先の家持の歌も冬十月の宴の歌であったから、梨のもみちは晩秋から初冬にかけて、もの皆枯れ枯れとして行く中で、辺りを美しく飾る色彩であった。

梨の葉を見て、単に「梨」とは言わないで、同じ音の「無し」を連想し、さらに今自分が無くしている大切なものを思い、「妻無し」と歌った。これは、作者が旅などに出て妻と離れている状態にあったからだ。」 (万葉の小径歌碑 なし)

 

この歌は、巻十の「詠黄葉」に収録されている。同様に「(妻)梨木」を詠んだ歌が収録されているのでみてみよう。

 

 

◆黄葉之 丹穂日者繁 然鞆 妻梨木乎 手折可佐寒 

 (作者未詳 巻十 二一八八)

 

 ≪書き下し≫黄葉の(もみちばの)にほひは繁(しげ)ししかれども 妻梨(つまなし)の木を手折(たを)りかざさむ

 

(訳)あの山のもみじの色づきはとりどりだ。しかし、妻なしの木を手折って挿頭(かざし)にしよう。(同上)

(注)にほひ【匂ひ】名詞:①(美しい)色あい。色つや。②(輝くような)美しさ。つややかな美しさ。③魅力。気品。④(よい)香り。におい。⑤栄華。威光。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

  歌碑の説明文にある家持の歌もみてみよう。

 

◆十月 之具礼能常可 吾世古河 屋戸乃黄葉 可落所見

        (大伴家持 巻十九 四二五九)

 

≪書き下し≫十月(かむなづき)しぐれの常か我が背子(せこ)がやどの黄葉(もみちば) 散りぬべく見ゆ 

 

(訳)十月のこの時雨(しぐれ)の雨の習いなのか、あなた様のお庭のもみじは、美しく色づいて今にも散りそうに見えます。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

左注は、「右一首少納言大伴宿袮家持當時矚梨黄葉作此歌也」<右の一首は、少納言(せうなごん)大伴宿禰家持、時に当りて梨の黄葉を矚(み)てこの歌を作る>である。

 

梨といえばあのみずみずしい甘い果実が頭に浮かぶが、万葉集では果実の美味しさについて歌った歌にまだお目にかかったことがない。奈良県のHPの県民だより奈良の「はじめての万葉集」によると、「梨は、現在私たちが食べている大ぶりな実ではなく、古代ではもっと小さな果実であったようです」とある。品種改良の結果今日の姿、味があるのだろう。

 梨(なし)の別名を「有実(ありのみ)」というが、葦(あし)のことを「悪し(あし)」に通じるから「良し(よし)」というのと同じである。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「はじめての万葉集」 (奈良県HP)

★「万葉の小径歌碑 なし 」

★「萬葉集」 鶴 久 ・ 森山 隆 編 (桜楓社)