万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その499)―奈良市神功4丁目 万葉の小径(35)―万葉集 巻十六 三八三〇

●歌は、「玉掃刈り来鎌麻呂むろの木と棗が本とかき掃かむため」である。

 

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奈良市神功4丁目 万葉の小径(35)万葉歌碑(長忌寸意吉麻呂 なつめ)

●歌碑は、奈良市神功4丁目 万葉の小径(35)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆玉掃 苅来鎌麻呂 室乃樹 與棗本 可吉将掃為

               (長意吉麿 巻一六 三八三〇)

 

≪書き下し≫玉掃(たまはばき) 刈(か)り来(こ)鎌麿(かままろ)むろの木と棗(なつめ)が本(もと)とかき掃(は)かむため

 

(訳)箒にする玉掃(たまばはき)を刈って来い、鎌麻呂よ。むろの木と棗の木の根本を掃除するために。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

 

「ナツメは、落葉低木または小高木で、「夏芽でその芽立ちがおそく、初夏に入ってようやく芽を出す特性を以って名付けた」(牧野新日本植物図鑑)という。ナツメを歌う歌は、わずかに二首で、もう一首の短歌においては、梨、棗、黍(きび)、粟、葛、葵の六種の植物が一度に詠まれ、ここでも、玉掃(たまはばき)・室(むろ)・棗(むろのき)の三種が一度に歌われていて、ナツメを中心に歌った歌ではない。

それにしても風変わりな歌である。確かに刈り来(カリコ)鎌麿(カママロ)かき掃かむ(カキハカム)には、カ音のリズムはあるけれど、歌の内容は何もなく、ただ命令口調で伝えているだけの歌に過ぎない。実はこの歌には条件がついていて、『玉掃、鎌、天木香、棗』を詠むことを指示され、この互いに無関係の四つのものを、ある関連をつけて即座に歌うのが条件であった。長意吉麿(ながのおきまろ)は、鎌を人名の鎌麿とし、玉掃の枝を鎌という名を持つ男に刈り取ってくるように命じ、それで作った箒(ほうき)で、天木香(むろ)と棗の木の下を掃こうと歌ったのである。その点では意味が一応通っており、リズム感もある即興歌と言えよう。作者長意吉麿は、正しくは長忌寸意吉麿(ながのいみきおきまろ)といい、忌寸(いみき)という姓から渡来系の人と見られ、実に手慣れた歌人である。」(万葉の小径歌碑 なつめ)

 

 

歌碑の説明にあるもう一首の短歌は次の通りである。

 

◆成棗 寸三二粟嗣 延田葛乃 後毛将相跡 葵花咲

                 (作者未詳 巻十六 三八三四)

 

≪書き下し≫梨棗(なしなつめ)黍(きみ)に粟(あは)つぎ 延(は)ふ葛(くず)の 後(のち)も逢(あ)はむと 葵(あふひ)花咲く

 

(訳)梨(なし)、棗(なつめ)、黍(きび)、それに粟(あわ)と次々に実っても、早々に離れた君と今は逢えないけれど、延び続ける葛(くず)のようにのちにでも逢うことができようと、葵(あおい 逢う日)の花が咲いている。

 

 歌碑の説明にもあるように、六種の秋にちなんだ植物が詠まれている。植物の名前にかけた言葉遊びが隠されている。「黍(きみ)」は、「君(きみ)」に、「粟(あは)」は「逢(あ)ふ」に、そして「葵(あふひ)」には、「逢(あ)ふ日(ひ)」の意味が込められている。この歌は、あなたに会いたい!という思いを、秋に実るたくさんの植物の名前を用いながら詠んでいる。これは、秋の宴席で出された料理にヒントを得て作られた、戯れの歌とも言われている。

 

 上述の両歌が収録されている万葉集巻十六の巻頭には「有由縁幷雑歌」とあり、他の巻と比べても特異な位置づけにある。大きく分けてA~Fの6つの歌群が収録されている。

 

 Aグループ:題詞が他の巻と異なり物語的な内容をもつ歌物語の類

       (三七八六~三八〇五歌)

 Bグル―プ:同じく歌物語的ではあるが、左注が物語的に述べる類

       (三八〇六~三八一五歌)

 Ⅽグループ:いろいろな物を詠みこむように題を与えられたのに応じた類

       (三八二四~三八三四歌、三八五五~三八五六歌)

 Dグループ:「嗤う歌」という題詞をもつ類

       (三八三〇~三八四七歌、三八五三~三八五四歌)

 Eグループ:国名を題詞に掲げる歌の類

       (三八七六~三八八四歌)

 Fグループ:その他の歌の類

       (三八八五~三八八九歌

       ➡「『乞食者詠二首』(三八八五、三八八六歌)と

       『怕物歌三首』(三八八七~三八八九歌)の五首」

(注)「怕(おそ)ろしき物」:伊藤 博氏が「万葉集 三」(角川ソフィア文庫)の脚注で、「畏怖の対象となる物を題材とする歌。天上・海上・地上に関する歌が組み合わされている。『物』は『霊』の意」と書かれている。

 

 歌碑の三八三〇ならびに三八三四歌は、「Cグループ」に属している。

この種の多様なジャンルの歌も収録しているところにも、万葉集万葉集たる所以があるように思える。万葉集編者の強い思いが伝わって来る。

 

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万葉の小径(押熊瓦窯側)

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二・編 (學燈社

★「奈良県HP はじめての万葉集

★「万葉の小径歌碑 なつめ」