万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2419)―

■なつめ■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「玉掃刈り来鎌麻呂むろの木と棗が本とかき掃かむため」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート) (長忌寸意吉麻呂) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「詠玉掃鎌天木香棗歌」<玉掃(たまばはき)、鎌(かま)、天木香(むろ)、棗(なつめ)を詠む歌>である。

 

◆玉掃 苅来鎌麻呂 室乃樹 與棗本 可吉将掃為

        (長忌寸意吉麻呂  巻一六  三八三〇)

 

≪書き下し≫玉掃(たまはばき) 刈(か)り来(こ)鎌麿(かままろ)むろの木と棗(なつめ)が本(もと)とかき掃(は)かむため

 

(訳)箒にする玉掃(たまばはき)を刈って来い、鎌麻呂よ。むろの木と棗の木の根本を掃除するために。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)玉掃:メドハギ、ホウキグサなどの説があるが、今日ではコウヤボウキ(高野箒)とするのが定説である。現在でも正倉院に「目利箒(めききのはふき)」として残されているが、これがコウヤボウキで作られていたことが分かった。しかしコウヤボウキの名は後世高野山で竹を植えられなかったことから、これで箒を作ったことに由来するといわれているから、あるいは別の名があったかもしれない。(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學「万葉の花の会」発行)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2067)」で、東京国立博物館の子日目利箒(正倉院模造)と共に紹介している。

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 植物では「玉掃」、「天木香(むろ)」、「棗」がテーマとなっている。万葉集で詠われている歌をみてみよう。

■玉掃■

 「玉掃」については、も一首家持の四四九三歌で詠まれている。みてみよう。

◆始春乃 波都祢乃家布能 多麻婆波伎 手尓等流可良尓 由良久多麻能乎

        (大伴家持 巻二十 四四九三)

 

≪書き下し≫初春(はつはる)の初子(はつね)の今日(けふ)の玉箒(たまばはき)手に取るからに揺(ゆ)らく玉の緒

 

(訳)春先駆けての、この初春の初子の今日の玉箒、ああ手に取るやいなやゆらゆらと音をたてる、この玉の緒よ。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆらく【揺らく】自動詞:(玉や鈴が)揺れて触れ合って、音を立てる。 ※後に「ゆらぐ」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

左注は、「右一首右中辨大伴宿祢家持作 但依大蔵政不堪奏之也」<右の一首は、右中弁大伴宿禰家持作る。ただし、大蔵の政(めつりごと)によりて、奏し堪(あ)へず>

(注)大蔵の政によりて;右中弁として大蔵省の激務に追われていたことをいう。(伊藤脚注)

(注)奏し堪へず:予め作っておいたが奏上しえなかった、の意。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その717)」で紹介している。

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■天木香(むろ)■

 三八三〇歌以外では、大伴旅人の四四六~四四八歌、作者未詳の二四八八歌、遣新羅使人等の三六〇〇、三六〇一歌で詠まれている。みてみよう。

◆吾妹子之 見師鞆浦之 天木香樹者 常世有跡 見之人曽奈吉

        (大伴旅人 巻三 四四六)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)が見し鞆(とも)の浦のむろの木は常世(とこよ)にあれど見し人ぞなき

 

(訳)いとしいあの子が行きに目にした鞆の浦のむろの木は、今もそのまま変わらずにあるが、これを見た人はもはやここにはいない。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)鞆の浦広島県福山市鞆町の海岸。

(注)むろのき【室の木・杜松】分類連語:木の名。杜松(ねず)の古い呼び名。海岸に多く生える。(学研)

 

 

◆鞆浦之 磯之室木 将見毎 相見之妹者 将所忘八方

          (大伴旅人 巻三 四四七)

 

≪書き下し≫鞆の浦の磯のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえめやも

 

(訳)鞆の浦の海辺の岩の上に生えているむろの木。この木をこれから先も見ることがあればそのたびごとに、行く時に共に見たあの子のことが思い出されて、とても忘れられないだろうよ。(同上)

 

 四四六、四四七歌については、広島県福山市鞆町対潮楼石垣下、歴史民俗資料館の歌碑と共に拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1632,1633)」で紹介している。

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◆磯上丹 根蔓室木 見之人乎 何在登問者 語将告可

         (大伴旅人 巻三 四四八)

 

≪書き下し≫磯の上に根延(ねば)ふむろの木見し人をいづらと問はば語り告げむか

 

(訳)海辺の岩の上に根を張っているむろの木よ、行く時にお前を見た人、その人をどうしているかと尋ねたなら、語り聞かせてくれるであろうか。(同上)

 

 四四八歌については、広島県福山市鞆町医王寺の歌碑と共に、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2104)」で紹介している。

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 次に二四八八歌をみてみよう。

◆礒上 立廻香樹 心哀 何深目 念始

       (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四八八)

 

≪書き下し≫礒(いそ)の上(うへ)に立てるむろの木(き)ねもころに何しか深め思ひそめけむ

 

(訳)磯の上に根を張って生い立っているむろの木、そのんごろに、何でまあ、心の底深く思い初(そ)めたのであろうか。(同上)

(注)上二句は序。「むろ」はねずの木か。しっかり根を張る。(伊藤脚注)

 

 

 続いて三六〇〇、三六〇一歌をみてみよう。

◆波奈礼蘇尓 多弖流牟漏能木 宇多我多毛 比左之伎時乎 須疑尓家流香母

        (作者未詳 巻十五 三六〇〇)

 

≪書き下し≫離(はな)れ礒(そ)に立てるむろの木うたがたも久しき時を過ぎにけるかも

(訳)離れ島の磯に立っているむろの木、あの木はきっと、途方もなく長い年月を、あの姿のままで過ごしてきたものなのだ。(同上)

(注)むろの木:鞆の浦広島県福山市鞆町) ※太宰帥大伴旅人が大納言となって帰京する時(この時は妻を亡くした後である)に「鞆の浦を過ぐる日に作る歌三首」(四四六から四四八歌の「鞆の浦のむろの木」)を踏まえている。

(注)うたがたも 副詞:①きっと。必ず。真実に。②〔下に打消や反語表現を伴って〕決して。少しも。よもや。(学研) ここでは①

 

 

 

◆之麻思久母 比等利安里宇流 毛能尓安礼也 之麻能牟漏能木 波奈礼弖安流良武

        (作者未詳 巻十五 三六〇一)

 

≪書き下し≫しましくもひとりありうるものにあれや島のむろの木離(はな)れてあるらむ

 

(訳)ほんのしばらくだって、人は独りでいられるものなのであろうか、そんなはずはないのに、どうしてあの島のむろの木は、あんなに離れて独りぼっちでいられるのであろうか。(同上)

(注)しましく【暫しく】副詞:少しの間。(学研)

※ 妻と別れて来た感慨をこめて詠っている。

 

 三六〇〇、三六〇一歌は、大伴旅人の「鞆の浦を過ぐる日に作る歌三首」(四四六から四四八歌の「鞆の浦のむろの木」)を踏まえている。

 

 

 両歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その623)」で紹介している。

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■棗■

 もう一首は三八三四歌である。

◆成棗 寸三二粟嗣 延田葛乃 後毛将相跡 葵花咲

       (作者未詳 巻十六 三八三四)

 

≪書き下し≫梨(なし)棗(なつめ)黍(きみ)に粟(あは)つぎ延(は)ふ葛(くず)の後(のち)も逢(あ)はむと葵(あふひ)花咲く

 

(訳)梨、棗、黍(きび)、それに粟(あわ)と次々に実っても、早々に離れた君と今は逢えないけれど、延び続ける葛のようにのちにでも逢うことができようと、葵(逢ふ日)の花が咲いている。(同上)

(注)はふくずの「延(は)ふ葛(くず)の」枕詞:延びていく葛が今は別れていても先で逢うことがあるように、の意で「後も逢はむ」の枕詞になっている。

 

この歌には、植物が六種類、詠まれている。梨(なし)・棗(なつめ)・黍(きみ)・粟(あは)・葛(くず)・葵(あおい)である。

「きみ」は、現在のイネ科のキビのことで五穀(米・麦・黍<きび><または稗≪ひえ>>・粟<あわ>・豆)の一つである。秋に実をなす。実は球形で淡黄色をしているので「黄実(きみ)」と呼ばれた。

 この歌には、植物の名前にかけた言葉遊びが隠されている。「黍(きみ)」は「君(きみ)」に、「粟(あは)」は「逢(あ)ふ」に、そして「葵(あふひ)」には「逢(あ)ふ日(ひ)」の意味が込められている。このような言葉遊びは、後の時代に「掛詞(かけことば)」という和歌の技法として発展していくのである。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その354)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」」