万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その547)―奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(50)―万葉集 巻十九 四二八六

●歌は、「御園生の竹の林にうぐひすはしば鳴きにしを雪は降りつつ」である。

 

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(50)万葉歌碑(大伴家持 たけ)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(50)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆御苑布能 竹林尓 鸎波 之波奈吉尓之乎 雪波布利都ゝ

              (大伴家持 巻十九 四二八六)

 

≪書き下し≫御園生(みそのふ)の竹の林にうぐひすはしば鳴きにしを雪は降りつつ

 

(訳)御苑(ぎよえん)の竹の林で、鴬(うぐいす)はひっきりなしに鳴いていたのに、雪はなおも降り続いていて・・・(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)みそのふ【御園生】名詞:お庭。 ▽「園生(そのふ)」の尊敬語。 ※「み」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)しば【廔】副詞:しばしば。しきりに。  ※ 参考:主に「しば立つ」「しば鳴く」「しば見る」のように、動詞のすぐ上に付いてその動詞を修飾するので、形の上では接頭語に近い。(学研)

 

 「竹」については、農林水産省HP「竹のおはなし」に、「私たち日本人と竹の関わりの歴史は古く、縄文時代の遺跡から竹を素材とした製品が出土しています。日本人は古来より竹を有用な植物として利用してきたのです。(中略)日本文化を代表する茶道や華道の道具、笛や尺八などの楽器、竹刀や弓などの武道具などに用いられていることから、私たちの生活や文化に根差した素材だといえます。さらに、竹は古来から積極的に日本各地に植えられ、手入れの行き届いた竹林は、美しい風景をかたちづくってきました。」とある。

 

この歌でもわかるように、当時すでに庭先や庭園に植えられていたのである。

 

 

題詞は、「十一日大雪落積尺有二寸 因述拙懐歌三首」<十一日に、大雪落(ふ)り積(つ)みて、尺に二寸有り。 よりて拙懐(せつくわい)を述ぶる歌三首>である。

(注)拙懐:自分の思い。

 

他の二首もみてみよう。

 

◆大宮能 内尓毛外尓母 米都良之久 布礼留大雪 莫踏祢乎之

              (大伴家持 巻十九 四二八五)

 

≪書き下し≫大宮の内(うち)にも外(と)にもめづらしく降れる大雪な踏(ふ)みそね惜(を)し

 

(訳)大宮の内にも外にも一面に、珍しく降り積もっている大雪、この見事な雪を、踏み荒らしてくれるな、勿体ない。(同上)

 

 

◆鸎能 鳴之可伎都尓 ゝ保敝理之 梅此雪尓 宇都呂布良牟可

               (大伴家持 巻十九 四二八七)

 

≪書き下し≫うぐひすの鳴きし垣内(かきつ)ににほへりし梅この雪にうつろふらむか

 

(訳)鴬が鳴いて飛んだ御庭の内に美しく咲いていた梅、あの梅の花は、この降る雪に今頃散っていることであろうか。(同上)

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:美しく咲いている。美しく映える。(学研)

(注)うつろふ【移ろふ】自動詞①移動する。移り住む。②(色が)あせる。さめる。なくなる。③色づく。紅葉する。④(葉・花などが)散る。⑤心変わりする。心移りする。⑥顔色が変わる。青ざめる。⑦変わってゆく。変わり果てる。衰える。 ※「移る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」からなる「移らふ」が変化した語。(学研)ここでは④

 

歌を順に並べて見る。

(四二八五歌)大宮の内にも外にもめづらしく降れる大雪な踏みそね惜し

(四二八六歌)御園生の竹の林にうぐひすはしば鳴きにしを雪は降りつつ

(四二八七歌)うぐひすの鳴きし垣内ににほへりし梅この雪にうつろふらむか

 

四二八五歌で、大宮の内の雪をいとしんでいる。

四二八六歌では、「大宮」から「御園生」にフォーカス。と同時に、四二八七歌とともに、大宮の外で「御園生」を思い描くスタンスに。

四二八七歌は、八六歌の「御園生」「竹」「うぐいす」を承け、あらたに「梅」を持ちだしている。

 雪を介した光景が目に浮かぶ鮮やかな歌である。

 

十二日にも雪にちなんで歌が詠まれている。こちらもみてみよう。

 

題詞は、「十二日侍内裏聞千鳥喧作歌一首」<十二日に、内裏(うち)に侍(さもら)ひて、千鳥(ちどり)の喧(な)くを聞きて作る歌一首>である。

(注)さもらふ【侍ふ・候ふ】自動詞:①お仕え申し上げる。おそばにお控え申し上げる。▽貴人のそばに仕える意の謙譲語。②参る。参上する。うかがう。▽「行く」「来(く)」の謙譲語。③(貴人のそばに)あります。ございます。▽「あり」の謙譲語。④あります。ございます。▽「あり」の丁寧語。

 

 

◆河渚尓母 雪波布令ゝ之 宮裏 智杼利鳴良之 為牟等己呂奈美

               (大伴家持 巻十九 四二八八)

 

≪書き下し≫川洲(かはす)にも雪は降(ふ)れれし宮の内に千鳥鳴くらし居(ゐ)む所なみ

 

(訳)川の洲にまでも雪は降り積もっている、だからこそ、大宮の内で千鳥が鳴くのであるらしい。どこにも下り立つところがないとて。(同上)

(注)川洲:佐保川の川洲であろう。

(注)なみ【無み】※派生語。 ➡なりたち形容詞「なし」の語幹+接尾語「み」(学研)

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」