万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その737)―和歌山市和歌浦南 片男波公園・万葉の小路(1)―万葉集 巻十二 三一六八

●歌は、「衣手の真若の浦の真砂地間なく時なし我が恋ふらくは」である。

 

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和歌山市和歌浦南 片男波公園・万葉の小路(1)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、和歌山市和歌浦南 片男波公園・万葉の小路(1)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆衣袖之 真若之浦之 愛子地 間無時無 吾戀钁

               (作者未詳 巻十二 三一六八)

 

≪書き下し≫衣手(ころもで)の真若の浦の真砂(まなご)地(つち)間(ま)なく時なし我(あ)が恋ふらくは             

 

(訳)真若の浦の真砂の浜、その名のような愛子(まなご)、あのかわいい子に、のべつまくなしだ。私が恋い焦がれるのは。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)衣手の(読み)コロモデノ [枕]:袖に関する「手(た)」「真袖(まそで)」「ひるがえる」などの意から、「た」「ま」「わく」「かへる」「なぎ」などにかかる。(コトバンク 小学館 デジタル大辞泉

(注)まなし【間無し】形容詞:①すき間がない。②絶え間がない。とぎれることがない③間を置かない。即座である。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ま 【真】接頭語:〔名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞などに付いて〕①完全・真実・正確・純粋などの意を表す。「ま盛り」「ま幸(さき)く」「まさやか」「ま白し」。②りっぱである、美しい、などの意を表す。「ま木」「ま玉」「ま弓」(学研)

(注)まなごつち【真砂地】:細かい砂地。まさごじ。まなごじ。 (weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

 

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片男波公園3168歌説明解説碑

 「衣手の」とか、「衣でを」と言うのは、袖に関する言葉等に懸る枕詞とあるが、これについては、朴 炳植氏が「万葉集の発見(学習研究社)」のなかで、枕詞は、同じような性質を持った言葉に掛かるものであるが、「衣手」の場合は、しっくりこないとし、「右手」、「左手」のように方向をしめすと書かれている。さらに方向は「左手」と断定され、どちらかといえば悪い方向をさすとも書かれている。

 そこまで厳格に定義しなくても、「袖の指し示す方向にある」事象に懸ると考えてもいいように思う。

 万葉時代の衣装等で検索してみると、袖口は長く、手が出ている図はほとんど見当たらない。これらの絵などをみていると、今のように方向を指し示しても、手は見えず袖が方向を示している様が目に浮かぶ。さす方向、袖の指す方向、また袖も両手に有るから方向として二手に分かれると考えられる。単純に指した方向にある何々と解釈すればいいのではと思う。

 

 

 片男波公園は、和歌浦湾に注ぐ和歌川の河口部に沿うようにできた延長千数百メートルにも及ぶ狭長の砂州半島にある。駐車場から、健康館を経て、海水浴場を右手に見ながらのウォーキングとなる。コロナ騒動がなければ、このあたりにも結構人が出ておりにぎやかなはずである。しかし、公園の木々の手入れをしている人や、造成作業をしている人以外は、ほとんどお目にかからない。

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万葉の小路入口

 日差しが注ぐ中淡々と歩く。しばらく行くと左手に「日本庭園」が見えてくる。その先にやっと「万葉の小路」の看板が目に飛び込んできた。

 

 

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「万葉の小路の歌碑について」説明案内板

 小路に入るやすぐに、「万葉の小路の歌碑について」という説明案内板があった。和歌の浦周辺の歌は万葉集には十余首収録されており、紀伊の国への行幸は四回行われた、この小路には六首五基の歌碑がある、などの説明が書かれている。

この説明案内板からほどなく、一つ目のこの歌碑が、青空を背景に目に飛び込んでくる。炎天下のウォーキング、砂漠でオアシスというのはこのようなことも言うのであろう。

 

「真若の浦」「真砂」「間なく」の「ま」がリズム感を醸し出している。また、「間無時無」という言い方は、恋する思いに「空間的時間的」に縛られている様を見事に語っている。万葉びとの静かなる内に秘めた熱い思いを感じる歌である。

 「間なく時なし我が恋ふらくは」と、さらりと言いきっているが、逆にこの重みは作者の、どうしようもない「孤悲(こひ)」の気持ちの現れなのであろう。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集の発見」 朴 炳植 著 (学習研究社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「Wakaf 和歌山県文化振興財団HP」