万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その786)―豊中市緑丘 豊中不動尊―万葉集 巻十二 三一九三 

●歌は、「玉かつま島熊山の夕暮れにひとりか君が山道越ゆらむ」である。

 

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豊中市緑丘 豊中不動尊万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、豊中市緑丘 豊中不動尊にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆玉勝間 嶋熊山之 夕晩 獨可君之 山道将越  一云 暮霧尓 長戀為乍 寐不勝可母

              (作者未詳 巻十二 三一九三)

 

≪書き下し≫玉かつま島熊山(しまくまやま)の夕暮(ゆふぐ)れにひとりか君が山道越ゆらむ  <一には「夕霧に長恋しつつ寐(いね)かてぬかも」といふ>

 

(訳)島熊山の夕暮れ時に、一人さびしく、あの方はその山道を越えておられるのであろうか。<夕霧の中で、果てない妻恋しさに、寝るに寝かねている>(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)たまかつま【玉勝間・玉籠】分類枕詞:「かつま」は、かごの意。竹かごは蓋(ふた)と身とが合うことから「逢(あ)ふ」にかかり、「逢ふ」に似た音の地名「安部(あべ)」にもかかる。また、地名「鳥熊山(とりくまやま)」にかかるが、かかる理由未詳。 ※「たま」は接頭語で美称。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) 島熊山(しまくまやま)?

 

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歌の解説案内碑

 豊中不動尊のHPの「境内案内」にこの歌碑について次のように記載されている。

「千里を詠んだ歌の中でも最も古いとされる一首は、万葉集巻十二に出てきます。

『玉かつま島熊山の夕暮れにひとりか君が山道(やまじ)超ゆらむ』

この歌は作者不詳であるが、歌謡的な抒情味に富んだ作である。奈良朝以前が大和河内浪速あたりにあった頃、その地方から丹波方面へ旅立った夫の行路をしのんで留守居の妻が詠んだものであろう。島熊山の所在については、契沖阿闍梨がはじめて万葉代匠記の中に順徳上皇の八雲御抄を引いて考定された。

土地開発にともない山容地形が著しく変わって行くのでここに歌碑を立てることになった。

豊中市から【豊中不動尊と万葉歌碑】で『とよなか百景』の一つに選ばれております。」

 

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豊中不動尊山門

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豊中不動尊境内参道

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豊中不動尊本堂

 島熊山については、「レファレンス協同データベース」の「事例詳細」に、質問として、「島熊山の地名の由来について知りたい。万葉集に詠まれた地名だと聞いているが、古語でなんらかの意味があるのか。」に対する回答として、「『新潮日本古典集成 萬葉集 3』に島熊山の『くま』について『恐怖心をかきたてる国境の山か』との記載があるが、断定はできない。このほか地名の由来に関する一般的な資料を見ていただいた。」と書かれている。さらに「回答プロセス」として、郷土資料や諸文献の記述が添えられている。例えば、「『大阪府全志 巻之三』(清文堂)p1181-1182に島熊山付近の丘陵全体を千里山といい、高くはないが広大であるためにこの名がついたか、との記載があるが、島熊山の由来はなし。」(他にも引用文献があるが省略)「『古代地名語源辞典』(東京堂出版)『日本古代地名事典』(新人物往来社)には、いずれも別の地名に関する記載ではあるが、「しま」について「古代には一般的に周囲を囲まれた(特に水、水路で)地をシマと称し、平野部では平野内の小高地などもシマと称した」(古代地名語源辞典)「島状の地形より生じた地名」(日本古代地名事典)との記載があり。また「くま」について「湾曲しているものの曲がり目、奥まったところ、暗く陰になっているところ(山かげ)などの意味」(古代地名語源辞典)「奥まって隠れた土地、奥まった谷のあるところ」(日本古代地名事典)との記載があり。」として、上述の回答に至った旨が記載されている。

 豊中近辺の阪急バスの停留所名に「島熊山」がある。豊中市HPに「豊中に残されている自然豊かなみどりの保全・再生を地域で進めるため、平成18年(2006年)8月31日に大阪府から『島熊山緑地』が移管されました。また、平成20年(2008年)9月1日、新たに同緑地の南西部分の表面管理等が許可されました。」と記載がある。

 

 万葉時代の丘陵地帯を想像するに、獣道に毛が生えた程度の道を夕暮れに越えて行くことは、行く本人はもちろん見送る側も大変な思いであったろう。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「豊中不動尊のHP」

★「レファレンス協同データベース」