万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その800)―瀬戸内市牛窓 牛窓神社―万葉集 巻十一 二七三一 

●歌は、「牛窓の波の潮騒島響み寄そりし君は逢はずかもあらむ」である。

 

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瀬戸内市牛窓 牛窓神社万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、瀬戸内市牛窓 牛窓神社にある。

 

●歌をみていこう。

 

牛窓之 浪乃塩左猪 嶋響 所依之君尓 不相鴨将有

               (作者未詳 巻十一 二七三一)

 

≪書き下し≫牛窓(うしまど)の波の潮騒(しほさゐ)島(しま)響(とよ)み寄(よ)そりし君は逢はずかもあらむ

 

(訳)牛窓の波の潮鳴りが島中に鳴り響くように、噂高く私との仲を言い寄せられたあの方に、ずっと逢えもしないでいることであろうか。

(注)牛窓岡山県瀬戸内市牛窓町

(注)上三句は噂が知れ渡ることへの譬喩。

(注)よそる【寄そる】自動詞:①自然と引き寄せられる。なびき従う。②うち寄せる。③異性との噂(うわさ)を立てられる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

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歌碑説明案内板

 万葉集には、この歌のような「噂」に関する歌が多い。

 二七三一歌の場合は、噂にたてられ心引かれた相手にも関わらず逢えないと嘆いているが、同じような嘆きを詠った歌がある。次の歌をみてみよう。

 

◆里人之 言縁妻乎 荒垣之 外也吾将見 悪有名國

               (作者未詳 巻十一 二五六二)

 

≪書き下し≫里人(さとびと)の言寄(ことよ)せ妻(づま)を荒垣(あらかき)の外(よそ)にや我(あ)が見む憎(にく)くあらなくに

 

(訳)村人たちが私の連れ合いだと言いふらしている子なんだが、その子を、私はよそながら見ていなければならないのか。憎からず思っているのに。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)ことよせづま【言寄せ妻】:妻だとうわさされている女。(goo辞書)

(注)あらがき【荒垣】名詞:目の粗い垣根。(学研)

(注)あらがきの【荒垣の】[枕]垣は内外を隔てるところから、「よそ(外)」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌に関して、古橋信孝氏は、その著「古代の恋愛生活(NHK ブックス)」で、「アラは殯宮(あらきのみや)などの用例があり、新・生と同語で始原の状態、つまり神の世のことだから、アラ垣とは神社の垣かもしれない。すると、女は籠りの状態にあり(中略)男は近づくのが禁忌であることになる。」したがって、憎からず思っているのに、よそながら見ていなめればならないことを嘆いているのである。

 

 なんの根拠もないのに人々の噂によって結ばれるのは、噂は特別な力を持つと信じられているからである。

 次の歌をみてみよう。

 

◆争者 神毛悪為 縦咲八師 世副流君之 悪有莫君尓

               (作者未詳 巻十一 二六五九)

 

≪書き下し≫争(あらそ)へば神もに (にく)ますよしゑやしよそふる君が憎(にく)くあらなくに

 

(訳)人の噂にむきに逆らったりすれば神さまもお嫌いになる。まあいいわ、世間で私といい仲だと言い寄せられているあの方を好ましくないと思っているわけではないから。(同上)

(注)にくむ【憎む】他動詞:①憎らしがる。嫌う。いやがる。②非難する。とがめる。反対する。 ※注意(1)①は、憎悪の程度が現代語より弱い。「憎む」では強すぎる。(2)②の意味は現代語にはない。(学研)

(注)よしゑやし【縦しゑやし】分類連語①ままよ。ええ、どうともなれ。②たとえ。よしんば。 ※上代語。 ※※なりたち副詞「よしゑ」+間投助詞「やし」(学研)

(注)よそふ【寄そふ・比ふ】他動詞:①くらべる。引き寄せてくらべる。たとえる。②関係づける。かこつける。ことよせる。 ※参考「よそふ」と「なずらふ」の違い 「よそふ」に似た意味の言葉として「なずらふ」があるが、「よそふ」が、あるものにほかのものを寄せて関係づけるという意味を表すのに対して、「なずらふ」は、あるものとほかのものとを同じものとして見るという意味を表す。(学研)

 

 

 片思いを、「噂」の力によって思いがかなえられるならといった歌もある。

 

◆春山之 馬酔花之 不悪 公尓波思恵也 所因友好

               (作者未詳 巻十 一九二六)

 

≪書き下し≫春山の馬酔木(あしび)の花の悪(あ)しからぬ君にはしゑや寄そるともよし

 

(訳)春山の馬酔木(あしび)の花のあしではないが、あし―悪しきお人とも思えないあなたとなら、えいままよ、できてる仲だと噂されてもかまいません。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「悪しからぬ」を起こす。

(注)しゑや 感動詞:えい、ままよ。▽物事を思い切るときに発する語。(学研)

 

 人の噂は、本来忌むべきものながら、今はどちらかというと歓迎したい気持ちが、「しゑや寄そるともよし」という表現から読み取れる。かなわぬ片思いを「噂」によって添い遂げられたらと、噂の特別な力にすがろうとしているのである。

 

 また「噂」もあてにできないので思う相手にとてつもない悪態をつく歌もある。こちらもみてみよう。

 

◆恵得 吾念妹者 早裳死耶 雖生 吾迩應依 人云名國

               (作者未詳 巻十一 二三五五)

 

≪書き下し≫愛(うつ)くしと我(わ)が思(も)ふ妹(いも)は早(はや)も死なぬか 生(い)けりとも我(わ)れに寄るべしと人の言はなくに

 

(訳)かわいくってならぬあの子なんか、いっそのこと、さっさと死んでしまえばいい。生きていたって、この私に靡くとは誰もいってくれないのではないか。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

旋頭歌であるので、おどけて詠った歌であると思われるが、相手に対して「早裳死耶」とはおそろしいことである。

「言寄せ妻」という言葉が市民権を得るほど、噂には特別な力があったのである。噂の力を借りて思いをなしとげればという情報操作も視野に入っていたとは驚きである。

万葉集にはこのような歌も収録されているのである。

 

 

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鳥居と長い参道

 

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牛窓神社名碑と鳥居そして歌碑

牛窓神社」は、牛窓海水浴場のすぐ横、海岸縁の鳥居からうっそうとした木立ちの間に吸い込まれるように石段の参道が続く。(363段の石段だそうである)神功皇后をはじめとする祭神が祀られている。

 ナビ通り進み、神社本殿近くの駐車場に車を止める。万葉歌碑は、海岸近くとの案内表示板があったので、車で海岸縁まで降りて行けば楽勝であったが、山門を出て海岸縁まで歩いていった。往きは良い良い、帰りは何とか。海水浴場になっているだけに浜辺は美しく、歌碑もすぐに見つかったので、心洗われた気持ちで、神社まで上って行ったのである。

 

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第二鳥居と山門

 

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山門

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牛窓神社拝殿

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「萬葉集相聞の世界」 伊藤 博 著 (塙書房

★「古代の恋愛生活 万葉集の恋歌を読む」 古橋信孝 著(NHK ブックス)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「goo辞書」