万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1308~1312)―島根県益田市 県立万葉植物園(P19~23)ー万葉集 巻十一 二四七九、巻十 一八四七、巻十四 三四一七、巻十三 三二九五、巻七 一三五二

―その1308-

●歌は、「さね葛後も逢はむと夢のみにうけひわたりて年は経につつ」である。

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島根県益田市 県立万葉植物園(P19)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、島根県益田市 県立万葉植物園(P19)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆核葛 後相 夢耳 受日度 年經乍

      (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四七九)

 

≪書き下し≫さね葛(かづら)後(のち)も逢はむと夢(いめ)のみにうけひわたりて年は経(へ)につつ

 

(訳)さね葛(かずら)が延びて行ってあとで絡まり合うように、のちにでも逢おうと、夢の中ばかりで祈りつづけているうちに、年はやたら過ぎてゆく。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)さねかづら【真葛】分類枕詞:さねかずらはつるが分かれてはい回り、末にはまた会うということから、「後(のち)も逢(あ)ふ」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)うけふ【誓ふ・祈ふ】自動詞:①神意をうかがう。②神に祈る。③のろう。(学研)ここでは②の意

(注)わたる【渡る】補助動詞:〔動詞の連用形に付いて〕①一面に…する。広く…する。②ずっと…しつづける。絶えず…する。(学研)

 

 「さなかずら」の現代名は「サネカズラ」である。万葉集で「さねかずら」と詠まれている歌もある。

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さなかずら(サネカズラ) 富山県中央植物園HPより引用させていただきました。 

 この歌ならびに「さなかずら」を詠んだ歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その731)」で紹介している。

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―その1309―

●歌は、「浅緑染め懸けたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも」である。

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島根県益田市 県立万葉植物園(P20)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、島根県益田市 県立万葉植物園(P20)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆淺緑 染懸有跡 見左右二 春楊者 目生来鴨

       (作者未詳 巻十 一八四七)

 

≪書き下し≫浅緑(あさみどり)染(そ)め懸(か)けたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも

 

(訳)薄緑色に糸を染めて木に懸けたと見紛うほどに、春の柳は、青々と芽を吹き出した。(伊藤 博 著 「万葉集 二」角川ソフィア文庫より)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その522)」で紹介している。

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―その1310―

●歌は、「上つ毛野伊奈良の沼の大藺草外に見しよは今こそまされ」である。

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島根県益田市 県立万葉植物園(P21)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、島根県益田市 県立万葉植物園(P21)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆可美都氣努 伊奈良能奴麻乃 於保為具左 与曽尓見之欲波 伊麻波曽麻左礼  柿本朝臣人麻呂歌集出也

        (柿本人麻呂歌集 巻十四 三四一七)

 

≪書き下し≫上(かみ)つ毛(け)野(の)伊奈良(いなら)の沼の大藺草(おほゐぐさ)外(よそ)に見しよは今こそまされ

 

(訳)上野の伊奈良(いなら)の沼に生い茂る大藺草(おほゐぐさ)ではないけど、ただよそながら見ていた時よりは、我がものとした今の方が思いがつのるとは・・・。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。下二句の譬喩。

 

三四一五歌は、「上つ毛野伊香保の沼」、三四一六歌は、「上つ毛野可保夜が沼」と沼が続いて三首収録されている。

 これらの歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1107)」で紹介している。

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―その1311-

●歌は、「うちひさつ三宅の原ゆ直土に足踏み貫き夏草を腰になづみいかなるや人の子ゆゑぞ通はすも我子うべなうべな母は知らじうべなうべな父は知等地蜷の腸か黒き髪に真木綿もちあざさ結ひ垂れ大和の黄楊の小櫛を押へ刺すうらぐわし子それぞわが妻」である。

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島根県益田市 県立万葉植物園(P22)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、島根県益田市 県立万葉植物園(P22)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆打久津 三宅乃原従 常土 足迹貫 夏草乎 腰尓魚積 如何有哉 人子故曽 通簀文(・)吾子 諾ゝ名 母者不知 諾ゝ名 父者不知 蜷腸 香黒髪丹 真木綿持 阿邪左結垂 日本之 黄楊乃小櫛乎 抑刺 卜細子 彼曽吾孋

     (作者未詳 巻十三 三二九五)

 

≪書き下し≫うちひさつ 三宅(みやけ)の原ゆ 直土(ひたつち)に 足踏(ふ)み貫(ぬ)き 夏草を 腰になづみ いかなるや 人の子ゆゑぞ 通(かよ)はすも我子(あご) うべなうべな 母は知らじ うべなうべな 父は知らじ 蜷(みな)の腸(わた) か黒(ぐろ)き髪に 真木綿(まゆふ)もち あざさ結(ゆ)ひ垂(た)れ 大和の 黄楊(つげ)の小櫛(をぐし)を 押(おさ)へ刺(さ)す うらぐはし子 それぞ我(わ)が妻

 

(訳)うちひさつ三宅の原を、地べたに裸足なんかを踏みこんで、夏草に腰をからませて、まあ、いったいどこのどんな娘御(むすめご)ゆえに通っておいでなのだね、お前。ごもっともごもっとも、母さんはご存じありますまい。ごもっともごもっとも、父さんはご存じありますまい。蜷の腸そっくりの黒々とした髪に、木綿(ゆう)の緒(お)であざさを結わえて垂らし、大和の黄楊(つげ)の小櫛(おぐし)を押えにさしている妙とも妙ともいうべき子、それが私の相手なのです。(同上)

(注)うちひさす【打ち日さす】分類枕詞:日の光が輝く意から「宮」「都」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは「三宅」にかかっている。

(注)三宅の原:奈良県磯城郡三宅町付近。

(注)ひたつち【直土】名詞:地面に直接接していること。 ※「ひた」は接頭語。(学研)

(注)こしなづむ【腰泥む】分類連語:腰にまつわりついて、行き悩む。難渋する。(学研)

(注)うべなうべな【宜な宜な・諾な諾な】副詞:なるほどなるほど。いかにももっともなことに。(学研)

(注)みなのわた【蜷の腸】分類枕詞:蜷(=かわにな)の肉を焼いたものが黒いことから「か黒し」にかかる。(学研)

(注)ゆふ【木綿】名詞:こうぞの樹皮をはぎ、その繊維を蒸して水にさらし、細く裂いて糸状にしたもの。神事で、幣帛(へいはく)としてさかきの木などに掛ける。(学研)

(注)あざさ:ミツガシワ科アサザ属の多年生水草ユーラシア大陸の温帯地域に生息し、日本では本州や九州に生息。5月から10月頃にかけて黄色の花を咲かせる水草。(三宅町HP) ※あざさは三宅町の町花である。現在の植物名は「アサザ」である。

(注)うらぐはし【うら細し・うら麗し】形容詞:心にしみて美しい。見ていて気持ちがよい。すばらしく美しい。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その432)」で紹介している。

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―その1312―

●歌は、「我が心ゆたにたゆたに浮蒪辺にも沖にも寄りかつましじ」である。

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島根県益田市 県立万葉植物園(P23)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、島根県益田市 県立万葉植物園(P23)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾情 湯谷絶谷 浮蒪 邊毛奥毛 依勝益士

       (作者未詳 巻七 一三五二)

 

≪書き下し≫我(あ)が心ゆたにたゆたに浮蒪(うきぬなは)辺にも沖(おき)にも寄りかつましじ

 

(訳)私の心は、ゆったりしたり揺動したりで、池の面(も)に浮かんでいる蒪菜(じゅんさい)だ。岸の方にも沖の方にも寄りつけそうもない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆたに>ゆたなり 【寛なり】形容動詞ナリ活用:ゆったりとしている。(webliok古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)たゆたふ【揺蕩ふ・猶予ふ】①定まる所なく揺れ動く。②ためらう。(学研)

(注)かつましじ 分類連語:…えないだろう。…できそうにない。 ※上代語。 ⇒ 

なりたち 可能の補助動詞「かつ」の終止形+打消推量の助動詞「ましじ」(学研)

 

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1112)」で紹介している。

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 新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 今年も歌碑をとおして、万葉集の歌、万葉集に迫っていきたいと思っております。

 よろしくご指導のほどお願いいたします。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典

★「富山県中央植物園HP」