●歌は、「雁が音を聞きつるなへに高松の野の上の草ぞ色づきにける」である。
●歌碑は、一宮市萩原町 萬葉公園(16)にある。
●歌をみていこう。
◆鴈之鳴乎 聞鶴奈倍尓 高松之 野上乃草曽 色付尓家里
(作者未詳 巻十 二一九一)
≪書き下し≫雁(かり)が音(ね)を聞きつるなへに高松(たかまつ)の野(の)の上(うへ)の草ぞ色づきにける
(訳)雁の声を聞いた折しも、高松の野辺一帯の草は色づいてきた。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より
(注)なへに 分類連語:「なへ」に同じ。 ※上代語。 ⇒なりたち接続助詞「なへ」+格助詞「に」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注の注)なへ 接続助詞:《接続》活用語の連体形に付く。〔事柄の並行した存在・進行〕…するとともに。…するにつれて。…するちょうどそのとき。(学研)
巻十は、柿本人麻呂歌集を中核に、取集された歌集あるいは資料をもとに構成されている。例外もあるが、四季ごとの「雑歌」「相聞」の先頭には柿本人麻呂歌集が収録されている。
この二一九一歌が収録されている「部立」は、「秋雑歌」である。ここをみてみよう。
部立の先頭歌群は、題詞「七夕」ではあるが、一九九六から二〇三三歌までの歌群の左注は、「右柿本朝臣人麻呂之歌集出」となっている。
題詞「詠花」の先頭歌群、二〇九四と二〇九五の左注は、「右二首朝臣人麻呂之歌集出」である。
同様に。題詞「詠黄葉」の二一七八、二一七九歌の左注は、「右二首朝臣人麻呂之歌集出」である。
題詞「詠黄葉」の人麻呂歌集に続く歌群を分析してみよう。
■二一八〇~二一八二歌:色づきを詠っている、地名は「春日の山」。時間、空間ともに定点
■二一八三~二一八五歌:色づきを待つから「黄葉流る」と時間経過、地名は「二上」。定点の時間軸
■二一八六~二一九〇歌:「色づき」から「黄葉散る」と時間経過、地名は「巻来の山」「吉隠(よなばり)」。時間軸と空間軸。
■二一九一~二一九三歌:「野」「山」「岡」のもみじ、地名は「高松の野」。定点の時間軸
■二一九四~二一九八歌:「もみちそめ」から「黄葉散る」と時間経過、地名は「竜田の山」「春日の山」「大城の山」「吾の松原」。時間軸と空間軸。
■二一九九~二二〇一歌:「色づき」から「黄葉散る」と時間経過、「春日の山」「生駒山」。時間軸と空間軸。
■二二〇二~二二〇六歌:「色づき」から「黄葉散る」と時間経過、「高松」「南淵山」。時間軸と空間軸。。
■二二〇七~二二一〇歌:「色づく」から「黄葉流る」「散る」と時間経過、「吉隠」「明日香川」「葛城の山」。時間軸と空間軸。
■二二一一~二二一五歌:「もみちそめ」から「黄葉散る」と時間経過、「竜田山」「御笠山」。時間軸と空間軸。
■二二一六~二二一七歌:「初黄葉」から「もみじは早散」と時間経過、「故郷→明日香あるいは藤原京」。定点の時間軸。
■二二一八歌:黄葉の様々な景を「秋山」の語でまとめ季節の移ろいを惜しんでいる。柿本人麻呂歌集の二一七九歌に「秋山」の語があるので、意識したものか。
※歌群の分類等は、伊藤 博 著「万葉集 二」(角川ソフィア文庫)を参考にさせていただいた。
この題詞「詠黄葉」の歌群をみていくと、柿本人麻呂歌集を軸に、他の歌集か資料から収録編纂していることがはっきりしてくる。万葉集編纂の力技であろう。万葉の時代に、ここに至るまでの経路を思い描くと・・・。
二一九一歌の地名の「高松」をめぐって「高松論争」があったというのは、実は、高松分園を訪れて初めて知ったことであった。
この歌碑と対面した時点では、ご当地にちなんだ歌碑だと軽く受け止めていたのである。
ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その932,933)」で、「『高松論争』になった萬葉歌」について触れている。萬葉公園高松分園は愛知県一宮市萩原町高松川田にある。
昭和三十年、詩人の佐藤一秀は、「高松」を詠んだ萬葉歌六首(巻十)は、故郷の『萩の原』の風情を詠んだ歌である、とし、万葉公園設立を要望した。しかし、万葉学者から、「六首のうちの二首(二二三三、二三一九歌)は、当地と歌との結びつきは薄い」との指摘があり、いわゆる「高松論争」が繰り広げられた。
結局、市は「万葉歌六首の地と明記せず、文化事業として萩を保護し、萬葉の古を偲ぶ市民の憩いの庭を造り、論争の成果を後日に期する」(設立趣旨書)として昭和三十二年(1957年)春、「一宮萬葉公園」を開園したという、なかなかに熱い公園である。
この六首を書き下しのみであげてみる。(歌の解説は順次、歌碑の紹介も時に行っていきます。)
◆春霞たなびく今日の夕月夜清く照るらむ高松の野に(一八七四歌)
◆我が衣摺れるにはあらず高松の野辺行きしかば萩の摺れるぞ(二一〇一歌)
◆雁が音を聞きつるなへに高松の野の上の草ぞ色づきにける(二一九一歌)
◆里ゆ異に霜は置くらし高松の野山づかさの色づく見れば(二二〇三歌)
◆高松のこの嶺も狭に笠立てて満ち盛りたる秋の香のよさ(二二三三歌)
◆夕されば衣手寒し高松の山の木ごとに雪ぞ降りたる(二三一九歌)
これまで、歌碑を巡った折、歌碑設立の趣旨などが記されていることもあったが、申し訳ないが、斜め読みしていた。
これを機に、もう少しじっくりと見て行くべきと痛感した。万葉集の面白さを理解する別の視点を教えられたように感じたのである。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「『高松論争』になった萬葉歌」 (一宮中ライオンズクラブ)