<一宮市1⃣>
「萬葉公園」について少し触れてみる。最寄りの駅は名鉄尾西線「萩原」駅である。萩原という名は、萩が群生していたことに因んでいる。また萩は万葉集で数多く詠われていることから萬葉公園と命名されたようである。少し距離はあるが、新幹線を挟んで高松分園があり、菖蒲が多数植えられている。
高松分園には、一宮中ライオンズクラブによる「『高松論争』になった萬葉歌」という説明案内板が建てられている。
それによると、昭和三十年、詩人の佐藤一英は、「高松を詠んだ萬葉歌六首(巻十)は、わが故郷の『萩の原』の風情を詠んだ歌である。ぜひ萩の群落を保護し、公園にしてほしいと、一宮市に要望した。」市は、「萬葉公園設立」の計画を発表したが、万葉学者から、「六首のうちの二首は、当地と歌との結びつきは薄い」との指摘があり、計画は中断された。歌の解釈をめぐって、いわゆる「高松論争」が繰り広げられた。
市は「万葉歌六首の地と明記せず、文化事業として萩を保護し、萬葉の古を偲ぶ市民の憩いの庭を造り、論争の成果を後日に期する」(設立趣旨書)として昭和三十二年(1957年)春、「一宮萬葉公園」を開園した、とある。
なかなかに熱い公園である。
高松を詠んだ六首の歌碑からみてみよう。
(注)六首とは次の歌である。
◆春霞たなびく今日の夕月夜清く照るらむ高松の野に(一八七四歌)
◆我が衣摺れるにはあらず高松の野辺行きしかば萩の摺れるぞ(二一〇一歌)
◆雁が音を聞きつるなへに高松の野の上の草ぞ色づきにける(二一九一歌)
◆里ゆ異に霜は置くらし高松の野山づかさの色づく見れば(二二〇三歌)
◆高松のこの嶺も狭に笠立てて満ち盛りたる秋の香のよさ(二二三三歌)
◆夕されば衣手寒し高松の山の木ごとに雪ぞ降りたる(二三一九歌)
■愛知県一宮市萩原町築込 住吉神社万葉歌碑(巻十 一八七四)■
●歌をみていこう。
◆春霞 田菜引今日之 暮三伏一向夜 不穢照良武 高松之野尓
(作者未詳 巻十 一八七四)
≪書き下し≫春霞(はるかすみ)たなびく今日(けふ)の夕月夜(ゆふづくよ)清(きよ)く照るらむ高松(たかまつ)の野に
(訳)春霞がたなびく中で淡く照っている今宵(こよい)の月、この月は、さぞかし清らかに照らしていることであろう。霞の彼方の、あの高松の野のあたりでは。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
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この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その960)」で紹介している。
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■愛知県一宮市萩原町戸刈 萬葉公園万葉歌碑<巻十 二一〇一>
●歌をみていこう。
◆吾衣 揩有者不在 高松之 野邊行之者 芽子之揩類曽
(作者未詳 巻十 二一〇一)
≪書き下し≫我(あ)が衣(ころも)摺(す)れるにはあらず高松(たかまつ)の野辺(のへ)行きしかば萩の摺れるぞ
(訳)私の衣は、摺染(すりぞ)めしたのではありません。高松の野辺を行ったところ、あたり一面に咲く萩が摺ってくれたのです。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)摺染(読み)すりぞめ:〘名〙: 染色法の一つ。草木の花、または葉をそのまま布面に摺りつけて、自然のままの文様を染めること。また花や葉の汁で模様を摺りつけて染める方法もある。この方法で染めたものを摺衣(すりごろも)という。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版 )
この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その952)」で紹介している。
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■愛知県一宮市萩原町戸刈 萬葉公園万葉歌碑(巻十 二一九一)■
●歌をみていこう。
◆鴈之鳴乎 聞鶴奈倍尓 高松之 野上乃草曽 色付尓家里
(作者未詳 巻十 二一九一)
≪書き下し≫雁(かり)が音(ね)を聞きつるなへに高松(たかまつ)の野(の)の上(うへ)の草ぞ色づきにける
(訳)雁の声を聞いた折しも、高松の野辺一帯の草は色づいてきた。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より
(注)なへに 分類連語:「なへ」に同じ。 ※上代語。 ⇒なりたち接続助詞「なへ」+格助詞「に」(学研)
(注の注)なへ 接続助詞:《接続》活用語の連体形に付く。〔事柄の並行した存在・進行〕…するとともに。…するにつれて。…するちょうどそのとき。(学研)
この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その946)」で紹介している。
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■愛知県一宮市萩原町高松 白山社万葉歌碑<巻十 二二〇三>■
●歌をみていこう。
◆里異 霜者置良之 高松 野山司之 色付見者
(作者未詳 巻十 二二〇三)
≪書き下し≫里ゆ異(け)に霜は置くらし高松(たかまつ)の野山(のやま)づかさの色づく見れば
(訳)あそこには人里とは違って霜は格別ひどく置くらしい。高松の野山の高みが色づいているのをいると。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)ゆ 格助詞《接続》体言、活用語の連体形に付く。:①〔起点〕…から。…以来。②〔経由点〕…を通って。…を。③〔動作の手段〕…で。…によって。④〔比較の基準〕…より。 ⇒ 参考 上代の歌語。類義語に「ゆり」「よ」「より」があったが、中古に入ると「より」に統一された。(学研) ここでは④の意
(注)けに【異に】:形容動詞「け(異)なり」の連用形。副詞的に用いる。(学研)
(注の注)けなり【異なり】形容動詞①(普通とは)違っている。変わっている。②一段とまさっている。特にすぐれている。 ⇒語法 連用形「けに」の形で使われることが多い。(学研)
(注)野山づかさ:野山のこ高いところ
白山社は、高松分園に隣接し建てられている小さな神社である。社殿右手奥の分園駐車場の一段上の所に歌碑は、建てられている。
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この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その969)」で紹介している。
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■愛知県一宮市萩原町高松 高松分園万葉歌碑<巻十 二二三三>■
●歌をみていこう。
題詞は、「詠芳」<芳(か)を詠(よ)む>である。
◆高松之 此峯迫尓 笠立而 盈盛有 秋香乃吉者
(作者未詳 巻十 二二三三)
≪書き下し≫高松(たかまつ)のこの嶺(みね)も狭(せ)に笠(かさ)立てて満(み)ち盛(さか)りたる秋の香(か)のよさ
(訳)高松のこの峰も狭しと傘を突き立てて、満ち溢(あふ)れている秋のかおりの、なんとかぐわしいことか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)高松:高円に同じ。(伊藤脚注)
(注)秋の香:松茸の香りか。(伊藤脚注)
■愛知県一宮市萩原町高松 樫の木文化資料館万葉歌碑<巻十 二三一九>■
●歌をみていこう。
◆暮去者 衣袖寒之 高松之 山木毎 雪曽零有
(作者未詳 巻十 二三一九)
≪書き下し≫夕されば衣手(ころもで)寒し高松(たかまつ)の山の木ごとに雪ぞ降りたる
(訳)夕方になるにつれて、袖口のあたりがそぞろに寒い。見ると、高松の山の木という木に雪が降り積もっている。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)高松:「高円」に同じ。(伊藤脚注)
この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その968)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「『高松論争』になった萬葉歌」 (一宮中ライオンズクラブによる説明案内板)