万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1040)―大阪府堺市中区上之 陶荒田神社―万葉集 巻十一 二六三八

●歌は、「梓弓末のはら野に鳥猟する君が弓絃の絶えむと思へや」である。

 

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大阪府堺市中区上之 陶荒田神社万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、大阪府堺市中区上之 陶荒田神社にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆梓弓 末之腹野尓 鷹田為 君之弓食之 将絶跡念甕屋

                                  (作者未詳 巻十一 二六三八)

 

≪書き下し≫梓弓(あづさゆみ)末(すゑ)のはら野(の)に鳥猟(とがり)する君が弓絃(ゆづる)の絶えむと思へや

 

(訳)末の原野で鷹狩をする我が君の弓の弦が切れることなどないように、二人の仲が切れようなどとはとても思えない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あづさゆみ【梓弓】分類枕詞:①弓を引き、矢を射るときの動作・状態から「ひく」「はる」「い」「いる」にかかる。②射ると音が出るところから「音」にかかる。③弓の部分の名から「すゑ」「つる」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)上四句は序。「絶えむと思へや」に譬喩。

(注)末(すゑ):和泉(大阪府南部)の陶邑か。

 

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歌碑説明案内板

 アズサの木はカバノキ科の落葉高木である。材質が堅いので、古代では武器や狩猟の弓に使われてきた、梓弓は、身近な存在であったところから、上記のように「すゑ・張る(春)・引く」などの枕詞として使われることが多かった。

アズサを詠った歌は、万葉集では三十三首もあるが、そのうち「万葉集 四」(伊藤 博 著 角川ソフィア文庫)の初句検索をみてみると「あつさゆみ すゑ」で始まる歌は七首収録されている。

他の六首をみてみよう。

 

 

◆梓弓 末者師不知 雖然 真坂者君尓 縁西物乎

               (作者未詳 巻十二 二九八五)

 

≪書き下し≫梓弓(あづさゆみ)末(すゑ)はし知らずしかれどもまさかは君に寄りにしものを

 

(訳)梓弓の末ではありませんが、行く末のことはわかりません。だけど、今のところは、私の心はあなたにすっかり寄り添ってしまっておりますのに。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)まさか【目前】名詞:さしあたっての今。現在。(学研)

 

 

「一本歌曰」<一本の歌に日(い)はく>とあり次の歌が収録されている。(但し、旧国歌大観番号は有していない。< >は新編国歌大観番号)

 

◆梓弓 末乃多頭吉波 雖不知 心者君尓 因之物乎

              (作者未詳 巻十二 <二九九八>)

 

≪書き下し≫梓弓末のたづきは知らねども心は君に寄りにしものを

 

(訳)梓弓の末ではありませんが、行く末のことはあてにはできませんけれども、心はもうすっかりあなたに寄り添ってしまっているのに。(同上)

(注)たづき【方便】名詞:①手段。手がかり。方法。②ようす。状態。見当。 ⇒参考古くは「たどき」ともいった。中世には「たつき」と清音にもなった(学研)

 

 

◆梓弓 末中一伏三起 不通有之 君者會奴 嗟羽将息

               (作者未詳 巻十二 二九八八)

 

≪書き下し≫梓弓末中(すゑなか)ためて淀(よど)めりし君には逢ひぬ嘆きはやめむ

 

(訳)梓弓の末も握りも、引き絞ったまま静止するように、気を持たせたまま足を止めていたあなたに、やっと逢えました。これで私の嘆きはおさまるでしょう。(同上)

(注)上二句は序。「淀めりし」を起こす。

 

 なお、「一伏三起」の読み方について、日本のことば遊び(小林祥二郎)第14回「万葉集の戯書」に次のように書かれているので引用させていただきます。

 

「(1)折木四哭の 来継ぐこのころ(六・九四八)

この「折木四哭」はカリガネと読むことになっています。江戸末期になって、新説が提示され、それが今日の定説になっています。

中国から伝わった「樗蒲」という遊びがあり、和語では「かりうち」と言います。「かり」というを木でつくった一面を白、もう一面を黒く塗った楕円形の平たい四つの木片を投げ、出た面の組合せで勝負を争うのだそうです。それで折った木が四つの「折木四」がカリになるのです(「哭」は泣くことですから、ネとなります)。

 

これに関連するものが他にもあります。

(2)暮三伏一向夜(一〇・一八七四)

(3)末中一伏三起(一二・二九八八)

(4)根毛一伏三向凝呂爾(一三・三二八四)

 

(2)はユフヅクヨ、(3)はスヱノナカゴロ、(4)はネモコロゴロニ(心をこめて)と読んでいます。

この三例も樗蒲の用語で、三枚が裏で一枚が表のものをツク、一枚が裏で三枚が表のものをコロと言ったのであろうとのことです。」

 

 

◆梓弓 末者不知杼 愛美 君尓副而 山道越来奴

               (作者未詳 巻十二 三一四九)

 

≪書き下し≫梓弓(あづさゆみ)末(すゑ)は知らねど愛(うるは)しみ君にたぐひて山道(やまぢ)越え来(き)ぬ

 

(訳)梓弓の弓末ではないが、行(ゆ)く末のことはわからないけれど、慕わしさのあまりあなたに寄り添って、この山道を越えて来てしまいました。(同上)

(注)たぐふ【類ふ・比ふ】自動詞:①一緒になる。寄り添う。連れ添う。②似合う。釣り合う。(学研)

 

 

◆安豆左由美 須恵尓多麻末吉 可久須酒曽 宿莫奈那里尓思 於久乎可奴加奴

               (作者未詳 巻十四 三四八七)

 

≪書き下し≫梓弓末に玉巻きかくすすぞ寝(ね)なななりにし奥(おく)をかぬかぬ

 

(訳)梓弓の末弭(うらはず)に玉を飾り付ける、それと同じくかくもたいせつにしていきたいというのに、寝ることもないままになってしまった、先々まで今と変わらぬ思いしながらたいせつにしてきたのに。(同上)

(注)すす:さ変動詞の終止形を重ねた形。

(注)かぬ【兼ぬ】他動詞:①兼ねる。あわせ持つ。②予期する。予測する。前もって心配する。 ◇「予ぬ」とも書く。③(一定の区域に)わたる。あわせる。 ⇒注意 現代語「兼ねる」は①の意味に用いられるが、古語では②③の意味もある(学研)

(注)おく【奥】名詞:①物の内部に深く入った所。②奥の間。③(書物・手紙などの)最後の部分。④「陸奥(みちのく)」の略。▽「道の奥」の意。⑤遠い将来。未来。行く末。⑥心の奥。(学研) ここでは⑤の意

 

 この歌は、女を横取りされた男の歌である。

 

 

◆安都左由美 須恵波余里祢牟 麻左可許曽 比等目乎於保美 奈乎波思尓於家礼  <柿本朝臣人麻呂歌集出也>

              (作者未詳 巻十四 三四九〇)

 

≪書き下し≫梓弓末は寄り寝むまさかこそ人目(ひとめ)を多(おほ)み汝(な)をはしに置けれ <柿本朝臣人麻呂歌集出也>

 

(訳)梓弓の弓末(ゆずえ)ではないが、行く末は寄り添って寝よう。今こそ、人目の多さにお前さんをはしっこに置いているけれど。(同上)

(注)まさか【目前】名詞:さしあたっての今。現在。(学研)

 

 古代では武器や狩猟の弓に使われてきた、梓弓ではあるが、闘いなど緊迫した状況では肌身離さず持っており、そのことから、梓弓の末のように空間軸から時間軸へ転化させ、そこに男女の気持ちを託したのだろう。

 

 もちろん、本来の武器としての「梓弓」を詠った歌は次の通りである。

 

 大伴家持が詠った安積皇子が亡くなった時(七十一日目で十七日<とおなぬか>)の歌である。

 

◆・・・大夫之 心振起 劔刀 腰尓取佩 梓弓 靭取負而 ・・・

              (大伴家持 巻三 四七八)

 

≪書き下し≫・・・ますらをの 心振り起し 剣大刀(つるぎたち) 腰に取り佩(は)き 梓弓 靭(ゆき) 取り負(お)ひて・・・

 

(訳)・・・ますらおの雄々しい心を振り起こし、剣大刀を腰に帯び、梓弓を手にもって靭(ゆき)を背に負って・・・(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆき【靫/靭】:《「ゆぎ」とも》矢を入れ、背に負った細長い箱形の道具。木製漆塗りのほか、表面を張り包む材質によって、錦靫(にしきゆき)・蒲靫(がまゆき)などがある。平安時代以降の壺胡簶(つぼやなぐい)にあたる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 

 陶荒田神社は、堺市和泉市大阪狭山市にまたがる丘陵地帯にあった陶邑窯跡群(すえむらかまあとぐん)と呼ばれる地域の東北端に位置している。陶邑窯跡郡では古墳時代から平安時代までの須恵器などが焼成された。国内最古・最大規模の窯跡群で、「陶邑」の名は『日本書紀』にも見られる。

 

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陶荒田神社由来説明案内板

 事前に調べていた通り、広々とした駐車場が設けられている。

歌碑を探す。境内を見わたしてもそれらしいものはみえない。鳥居の側の手洗いの隅っこに石柱で囲われた木が生い茂ったゾーンがある。その御影石の石柱で囲まれたスペースに歌碑と歌碑の説明案内板が建てられていた。案内板には「石ぶみ建立趣旨書」と書かれているが、風化して判読が難しい状態であった。

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陶荒田神社名碑と鳥居

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境内と社殿

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神社扁額




静まりかえった境内に万葉の時が流れていった。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「日本のことば遊び(小林祥二郎氏)第14回『万葉集の戯書』」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「堺市HP」