万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1147)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(107)―万葉集 巻十八 四一一六

●歌は、「・・・ほととぎす 来鳴く五月(さつき)の あやめぐさ 蓬(よもぎ)かづらき 酒(さか)みづき 遊びなぐれど・・・」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(107)万葉歌碑<プレート>(大伴家持

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(107)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆於保支見能 末支能末尓ゝゝ 等里毛知氐 都可布流久尓能 年内能 許登可多祢母知多末保許能 美知尓伊天多知 伊波祢布美 也末古衣野由支 弥夜故敝尓 末為之和我世乎 安良多末乃 等之由吉我弊理 月可佐祢 美奴日佐末祢美 故敷流曽良 夜須久之安良祢波 保止ゝ支須 支奈久五月能 安夜女具佐 余母疑可豆良伎 左加美都伎 安蘇比奈具礼止 射水河 雪消溢而 逝水能 伊夜末思尓乃未 多豆我奈久 奈呉江能須氣能 根毛己呂尓 於母比牟須保礼 奈介伎都ゝ 安我末川君 我許登乎波里 可敝利末可利天 夏野能 佐由利能波奈能 花咲尓 ゝ布夫尓恵美天 阿波之多流 今日乎波自米氐 鏡奈須 可久之都祢見牟 於毛我波利世須

              (大伴家持 巻十八 四一一六)

 

≪書き下し≫大君の 任(ま)きのまにまに 取り持ちて 仕(つか)ふる国の 年の内の 事かたね持ち 玉桙(たまほこ)の 道に出で立ち 岩根(いはね)踏み 山越え野(の)行き 都辺(みやこへ)に 参(ま)ゐし我が背を あらたまの 年行き返(がへ)り 月重ね 見ぬ日さまねみ 恋ふるそら 安くしあらねば ほととぎす 来鳴く五月(さつき)の あやめぐさ 蓬(よもぎ)かづらき 酒(さか)みづき 遊びなぐれど 射水川(いみづがは) 雪消(ゆきげ)溢(はふ)りて 行く水の いや増しにのみ 鶴(たづ)が鳴く 奈呉江(なごえ)の菅(すげ)の ねもころに 思ひ結ぼれ 嘆きつつ 我(あ)が待つ君が 事終(をは)り 帰り罷(まか)りて 夏の野(の)の さ百合(ゆり)の花の 花笑(ゑ)みに にふぶに笑みて 逢(あ)はしたる 今日(けふ)を始めて 鏡なす かくし常(つね)見む 面変(おもがは)りせず

 

(訳)大君の御任命のままに、政務を背負ってお仕えしている国、この国の一年(ひととせ)の出来事をとりまとめて、長い旅路に出立し、岩を踏み山を越え野を通って、都目指して上って行ったあなた、そのあなたに、年が改まり、月を重ねるまで逢わぬ日が続いて、恋しさに心が落ち着かないので、時鳥の来て鳴く五月の菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)を蘰(かづら)にし、酒盛りなどして遊んでは心を慰めたけれど、射水川に雪解け水が溢(あふ)れるばかりに流れて行くその水かさのように、恋しさはいよいよつのるばかりで、鶴の頼りなく鳴く奈呉江の菅の根ではないが、心のねっこから塞(ふさ)ぎこんで、溜息(ためいき)つきながら私の待っていたそのあなたが、勤めを無事終えて都から帰って来られ、夏の野の百合の花の花笑みそのままに、にっこりほほ笑んで逢って下さったこの今日の日からというものは、鏡を見るようにこうしていつもいつもお逢いしましょう。今日のままもそのお顔で。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)まく【任く】他動詞:任命する。任命して派遣する。遣わす。(学研)

(注)まにまに【随に】分類連語:…に任せて。…のままに。▽他の人の意志や、物事の成り行きに従っての意。(学研)

(注)とりもつ【取り持つ・執り持つ】他動詞①手に持つ。持つ。②執り行う。取りしきる③世話する。④仲立ちをする。とりもつ。(学研) ここでは②の意

(注)かたぬ【結ぬ】( 動ナ下二 ):①まとめる。たばねる。②結政(かたなし)で、文書を広げて読み上げる。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版) ここでは①の意

(注)さまねし 形容詞:数が多い。たび重なる。 ※「さ」は接頭語。(学研)

(注)そら【空】名詞:①大空。空。天空。②空模様。天気。③途上。方向。場所。④気持ち。心地。▽多く打消の語を伴い、不安・空虚な心の状態を表す。 ※参考 地上の広々とした空間を表すのが原義。(学研) ここでは④の意

(注)かづらく【鬘く】他動詞:草や花や木の枝を髪飾りにする。(学研)

(注)さかみづく【酒水漬く】自動詞:酒にひたる。酒宴をする。(学研)

(注)なぐ【和ぐ】自動詞:心が穏やかになる。なごむ。(学研)

(注)射水川:現在の小矢部川(おやべがわ)

(注)ゆきげ【雪消・雪解】名詞:①雪が消えること。雪どけ。また、その時。②雪どけ水。 ※「ゆき(雪)ぎ(消)え」の変化した語。(学研)

(注)奈呉の江(読み)なごのえ:富山湾岸のほぼ中央部,射水(いみず)平野の北部に広がる。古くは越湖(こしのうみ),奈呉ノ江,奈呉ノ浦とよばれた。(コトバンク 平凡社世界大百科事典)

(注)ねもころなり【懇なり】形容動詞:手厚い。丁重だ。丁寧だ。入念だ。「ねもごろなり」とも。 ※「ねんごろなり」の古い形。(学研)

(注)おもひむすぼる【思ひ結ぼる】自動詞:気がめいる。ふさぎ込む。「おもひむすぼほる」とも。(学研)

(注)にふぶに 副詞:にこにこ。(学研)

(注)かがみなす【鏡なす】分類枕詞:①貴重な鏡のように大切に思うことから、「思ふ妻」にかかる。②鏡は見るものであることから、「見る」および、同音の「み」にかかる。(学研)

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その658)」で紹介している。

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題詞は、「國掾久米朝臣廣縄以天平廿年附朝集使入京 其事畢而天平感寶元年閏五月廿七日還到本任 仍長官之舘設詩酒宴樂飲 於時主人守大伴宿祢家持作歌一首幷短歌」<国の掾久米朝臣廣縄(じようくめのあそみひろつな)、天平(てんびやう)二十年をもちて朝集使(てふしふし)に付きて京に入る。その事畢(をは)りて、天平感宝(てんびやうかんぽう)元年の閏の五月の二十七日に、本任(ほんにん)に還(かへ)り至る。よりて長官(かみ)が館(たち)にして、詩酒の宴(うたげ)を設(ま)けて楽飲す。時に、主人(あろじ)の守(かみ)大伴宿禰家持が作る歌一首幷(あは)せて短歌>である。

 

題詞にある「朝集使(てうしふし)とは、律令制下にあって、前年八月一日以後一年間の地方の政情を記した政務報告書を太政官に提出するために派遣された使者をいう。毎年十一月一日までに、畿内(きない)は十月一日までに報告することになっている。政務報告書は、「朝集帳」といわれ勤務評定書などもその一つである。

 

 久米広綱は、天平二〇年(748年)に朝集使として、京に上り、翌年の天平感宝(てんびやうかんぽう)元年(749年)の五月二十七日に越中に戻り、家持の館でねぎらいの、詩酒の宴が開かれたのである。

 秦伊美吉石竹(はだのいみきいはたけ)が、朝集使としての任についたとき、家持が餞別の歌を詠っている。こちらもみてみよう。

 

◆足日木之 山黄葉尓 四頭久相而 将落山道乎 公之超麻久

                  (大伴家持 巻十九 四二二五)

 

≪書き下し≫あしひきの山の黄葉(もみち)にしづくあひて散らむ山道(やまぢ)を君が越えまく

 

(訳)険しい山のもみじに、雫(しずく)とともにもみじの散る山道、そんな山道をあなたは越えて行かれるのですね。(同上)

 

左注は、「右一首同月十六日餞之朝集使少目秦伊美吉石竹時守大伴宿祢家持作之」<右の一首は、同じき月の十六日に、朝集使(てうしふし)少目(せうさくわん)秦伊美吉石竹(はだのいみきいはたけ)を餞(せん)する時に、守大伴宿禰家持作る>である。

(注)同月十六日:天平勝宝二年(750年)十月十六日

 

 朝集使として越中を出発し帰任するまで七か月強かかっているのである。仕事の効率や中央での勤務評定による人事査定など考えてみるのも面白いものである。

 

 

 春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『蓬(ヨモギ)』は『モチグサ』とも呼ばれ、全国のどこにでも見られる多年草で、秋には茶褐色の小さな花を穂状いつける。種類も多く30種近くあるが見分けが難しい。(中略)古く中国から伝わった風習に『蓬(ヨモギ)』の香りには邪気を祓う力があると信じられており、5月5日の『端午(タンゴ)の節句』には菖蒲とヨモギを軒に刺して邪気を祓い、又、二つを束ねて風呂に入れ、無病息災を願う風習が今も受け継がれている。」と書かれている。

 春日大社の『菖蒲祭』では神前に粽(チマキ)のお供えと菖蒲と蓬(ヨモギ)の小束を献じて祭礼を行い、境内にある社殿や建物の屋根に菖蒲と蓬(ヨモギ)の小束を放り上げて邪気を祓うのである。

 このことについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1113)」で紹介している。

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ヨモギ」:「草花図鑑」(野田市HP)より引用させていただきました。 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 平凡社世界大百科事典」

★「草花図鑑」 (野田市HP)