万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2379)―

よもぎ

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「大君の任のまにまに・・・ほととぎす来鳴く五月のあやめぐさ蓬かづらぎ酒みづき遊びなぐれど・・・」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(大伴家持) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「國掾久米朝臣廣縄以天平廿年附朝集使入京 其事畢而天平感寶元年閏五月廿七日還到本任 仍長官之舘設詩酒宴樂飲 於時主人守大伴宿祢家持作歌一首幷短歌」<国の掾久米朝臣廣縄(じようくめのあそみひろつな)、天平(てんびやう)二十年をもちて朝集使(てふしふし)に付きて京に入る。その事畢(をは)りて、天平感宝(てんびやうかんぽう)元年の閏の五月の二十七日に、本任(ほんにん)に還(かへ)り至る。よりて長官(かみ)が館(たち)にして、詩酒の宴(うたげ)を設(ま)けて楽飲す。時に、主人(あろじ)の守(かみ)大伴宿禰家持が作る歌一首幷(あは)せて短歌>である。

(注)天平二十年:748年

(注)朝集使:日本古代の律令制のもとで,諸国から毎年上京して政務を報告した使者。当時,諸国に派遣されていた国司が使者として毎年定期に上京するものに,四度使(よどのつかい)として朝集使,計帳使(大帳使とも),貢調使,正税帳使の4種があったが,朝集使はそのうち最も重要なもので,他の3使は史生(ししよう)などの雑任(ぞうにん)でもよかったが,朝集使には守(かみ),介(すけ),掾(じよう),目(さかん)の四等官が任じた。(コトバンク 平凡社世界大百科事典 第2版)

(注)天平感宝元年:749年

 

 

 

◆於保支見能 末支能末尓ゝゝ 等里毛知氐 都可布流久尓能 年内能 許登可多祢母知多末保許能 美知尓伊天多知 伊波祢布美 也末古衣野由支 弥夜故敝尓 末為之和我世乎 安良多末乃 等之由吉我弊理 月可佐祢 美奴日佐末祢美 故敷流曽良 夜須久之安良祢波 保止ゝ支須 支奈久五月能 安夜女具佐 余母疑可豆良伎 左加美都伎 安蘇比奈具礼止 射水河 雪消溢而 逝水能 伊夜末思尓乃未 多豆我奈久 奈呉江能須氣能 根毛己呂尓 於母比牟須保礼 奈介伎都ゝ 安我末川君 我許登乎波里 可敝利末可利天 夏野能 佐由利能波奈能 花咲尓 ゝ布夫尓恵美天 阿波之多流 今日乎波自米氐 鏡奈須 可久之都祢見牟 於毛我波利世須

       (大伴家持 巻十八 四一一六)

 

≪書き下し≫大君の 任(ま)きのまにまに 取り持ちて 仕(つか)ふる国の 年の内の 事かたね持ち 玉桙(たまほこ)の 道に出で立ち 岩根(いはね)踏み 山越え野(の)行き 都辺(みやこへ)に 参(ま)ゐし我が背を あらたまの 年行き返(がへ)り 月重ね 見ぬ日さまねみ 恋ふるそら 安くしあらねば ほととぎす 来鳴く五月(さつき)の あやめぐさ 蓬(よもぎかづらき 酒(さか)みづき 遊びなぐれど 射水川(いみづがは) 雪消(ゆきげ)溢(はふ)りて 行く水の いや増しにのみ 鶴(たづ)が鳴く 奈呉江(なごえ)の菅(すげ)の ねもころに 思ひ結ぼれ 嘆きつつ 我(あ)が待つ君が 事終(をは)り 帰り罷(まか)りて 夏の野(の)の さ百合(ゆり)の花の 花笑(ゑ)みに にふぶに笑みて 逢(あ)はしたる 今日(けふ)を始めて 鏡なす かくし常(つね)見む 面変(おもがは)りせず

 

(訳)大君の御任命のままに、政務を背負ってお仕えしている国、この国の一年(ひととせ)の出来事をとりまとめて、長い旅路に出立し、岩を踏み山を越え野を通って、都目指して上って行ったあなた、そのあなたに、年が改まり、月を重ねるまで逢わぬ日が続いて、恋しさに心が落ち着かないので、時鳥の来て鳴く五月の菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)を蘰(かづら)にし、酒盛りなどして遊んでは心を慰めたけれど、射水川に雪解け水が溢(あふ)れるばかりに流れて行くその水かさのように、恋しさはいよいよつのるばかりで、鶴の頼りなく鳴く奈呉江の菅の根ではないが、心のねっこから塞(ふさ)ぎこんで、溜息(ためいき)つきながら私の待っていたそのあなたが、勤めを無事終えて都から帰って来られ、夏の野の百合の花の花笑みそのままに、にっこりほほ笑んで逢って下さったこの今日の日からというものは、鏡を見るようにこうしていつもいつもお逢いしましょう。今日のままもそのお顔で。(同上)

(注)まく【任く】他動詞:任命する。任命して派遣する。遣わす。(学研)

(注)まにまに【随に】分類連語:…に任せて。…のままに。▽他の人の意志や、物事の成り行きに従っての意。(学研)

(注)とりもつ【取り持つ・執り持つ】他動詞①手に持つ。持つ。②執り行う。取りしきる③世話する。④仲立ちをする。とりもつ。(学研) ここでは②の意

(注)かたぬ【結ぬ】( 動ナ下二 ):①まとめる。たばねる。②結政(かたなし)で、文書を広げて読み上げる。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版) ここでは①の意

(注)さまねし 形容詞:数が多い。たび重なる。 ※「さ」は接頭語。(学研)

(注)そら【空】名詞:①大空。空。天空。②空模様。天気。③途上。方向。場所。④気持ち。心地。▽多く打消の語を伴い、不安・空虚な心の状態を表す。 ※参考 地上の広々とした空間を表すのが原義。(学研) ここでは④の意

(注)かづらく【鬘く】他動詞:草や花や木の枝を髪飾りにする。(学研)

(注)さかみづく【酒水漬く】自動詞:酒にひたる。酒宴をする。(学研)

(注)なぐ【和ぐ】自動詞:心が穏やかになる。なごむ。(学研)

(注)射水川:現在の小矢部川(おやべがわ)

(注)ゆきげ【雪消・雪解】名詞:①雪が消えること。雪どけ。また、その時。②雪どけ水。 ※「ゆき(雪)ぎ(消)え」の変化した語。(学研)

(注)奈呉の江(読み)なごのえ:富山湾岸のほぼ中央部,射水(いみず)平野の北部に広がる。古くは越湖(こしのうみ),奈呉ノ江,奈呉ノ浦とよばれた。(コトバンク 平凡社世界大百科事典)

(注)ねもころなり【懇なり】形容動詞:手厚い。丁重だ。丁寧だ。入念だ。「ねもごろなり」とも。 ※「ねんごろなり」の古い形。(学研)

(注)おもひむすぼる【思ひ結ぼる】自動詞:気がめいる。ふさぎ込む。「おもひむすぼほる」とも。(学研)

(注)にふぶに 副詞:にこにこ。(学研)

(注)かがみなす【鏡なす】分類枕詞:①貴重な鏡のように大切に思うことから、「思ふ妻」にかかる。②鏡は見るものであることから、「見る」および、同音の「み」にかかる。(学研)

 

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 この歌ならびに反歌二首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その658)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 蓬を詠った歌は集中この一首のみである。

 「よもぎ」について、廣野 卓氏は、その著「食の万葉集」(中公新書)のなかで、「ヨモギには餅草という別名がある。アク抜きをした若葉をゆで、餅にまぜて搗(つ)くとヨモギ餅になり、シン粉にまぜて蒸すとヨモギ団子になる。・・・ヨモギにはタンパク質が多く、無機質ではカルシウム、カリウムマグネシウム、銅をふくみ、ビタミン類ではカロチン、ビタミンB1・B2・C、ナイアシンを含んでいる。カロチン含量は大根葉より多く、ビタミンA効力として1.5倍近くもある。これも、万葉びとの身近にあった貴重な野の菜であり、アクぬきした新芽をアワやコメにまぜて菜飯(なめし)にして賞味しただろう。」と書かれている。

 

 朝集使いは年度(前年八月一日から当年七月三〇日)ごとに、考文を太政官に提出する。今でいう勤務評定であり、この時代から定められていたのである。

(注)考文:律令制下,各官司が所属の官人について,毎年その勤務成績を報告する文書。養老令では,内長上の官について,各官司が9等の考第(こうだい)を定め,京官と畿内国司は10月1日,外国(げこく)の国司は11月1日に太政官に送ることとされている。(コトバンク 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」)

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「食の万葉集」 廣野 卓 著 (中公新書

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「コトバンク 山川出版社 山川 日本史小辞典 改訂新版」

★「コトバンク 平凡社世界大百科事典」