万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2266)―

●歌は、「ひさかたの雨間も置かず雲隠り鳴きぞ行くなる早稲田雁がね」である。

 

                                                                                                            

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

 

一五六六~一五六九の歌群の題詞は、「大伴家持秋歌四首」<大伴家持が秋の歌四首>である。

 

◆久堅之 雨間毛不置 雲隠 鳴曽去奈流 早田鴈之哭

       (大伴家持 巻八 一五六六)

 

≪書き下し≫ひさかたの雨間(あまま)も置かず雲隠(くもがく)り鳴きぞ行くなる早稲田(わさだ)雁(かり)がね

 

(訳)雨の降る間(ま)も休みなく、雲に隠れてしきりに鳴き立てて飛んで行く。早稲田の雁が。(伊藤 博 著「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ひさかたの【久方の】分類枕詞:天空に関係のある「天(あま)・(あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などに、また、「都」にかかる。語義・かかる理由未詳。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)あまま【雨間】〘名〙: 雨の降りやんでいる間。あまあい。あめま。晴間。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)早稲田雁がね:早稲田の上を飛んで行く雁。「早稲田」は「刈り」の同音によって「雁」を呼び起す働きももつ。(伊藤脚注)

(注)かりがね【雁が音】分類連語:雁の鳴き声。[季語] 秋。(学研)

 

左注は、「右四首天平八年丙子秋九月作」<右の四首は、天平八年丙子(ひのえね)の秋の九月に作る。>である。

(注)天平八年:736年

 

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1907)」で、「雨間」という表現は万葉集では四首に見られるがそれらとともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 結句の「早稲田(わさだ)雁(かり)がね」は、雁の姿は見えないが、鳴き声でもって「雁」を表していると考えたい。「早田鴈之哭」の「鴈之哭」は、書き手の遊び心であるように思えるのである。

 

 枕詞の「ひさかたの」について、上記に「語義・かかる理由未詳」とあるが、朴炳植氏は、その著「万葉集の発見 『万葉集』は韓国語で歌われた」(学習研究社)のなかで、「『ヒサカタ』は『天』にかかる枕詞といわれている。だが、なぜ『ヒサカタ』が『天』にかかるのかは今まで明らかにされていない。このように、かかりかたのわけが分からなかったのは、今日まで古語の語源を知らなかったからだということは、前にも述べたことがあると思うが、この場合も同じである。『ヒサカタ』の『ヒサカ』は『ヒサハン=非常に高い・遥かなる』の意味で、それを分析してみると、『ヒ=非常に』『サ←スア=より一層高い』であり、それに『タ←ト=所・処』がついて『遥かなるところであるところの』『非常に高いところである…』という意味をなしているのである。」と書かれている。

 

 この語源的なことを参考に「ひさ」と「かた」が詠まれている歌をさぐってみよう。

 まず、「ひさ」であるが、

 

◆妹我素弖 和可礼弖比左尓 奈里奴礼杼 比登比母伊毛乎 和須礼弖於毛倍也

       (作者未詳 巻十五 三六〇四)

 

≪書き下し≫妹(いも)が袖(そで)別れて久(ひさ)になりぬれど一日(ひとひ)も妹を忘れて思(おも)へや

 

(訳)わたしと交わしたいとしい人の袖、その袖と別れてずいぶん月日が経ったけれど、一日とてあの人をわすれることができない。(伊藤 博 著「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)ひさなり【久なり】形容動詞:時間が長い。久しい。(学研)

 

 「ひさ」は、時間的に長いニュアンスで使われている。

 

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「かた」をみてみると、憶良の貧窮問答歌のなかに使われている。

◆・・・藁(わら)解き敷きて父母(ちちはは)は枕の方(かた)に妻子(めこ)どもは足の方に囲(かく)み居(ゐ)て・・・

       (山上憶良 巻五 八九二)

 

(訳)・・・藁を解いて敷き、父母は私の枕のに、妻や子は私の足のに、互いに身を寄せ合って・・・(伊藤 博 著「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)かた【方】名詞:①方。方向。方角。方位。②所。場所。地点。③方面。それに関する点。④人。方。▽多く貴人を尊敬してさすときに用いる。⑤方法。手段。⑥時。ころ。⑦組。仲間。(学研)ここでは①の意

 

 「かた」は、①~③にように空間的な方向性をもった概念である。

 「ひさかた」は時間的に長い空間的な方向性をもった意味合いであると考えてよいのではと思う。

天空に関係のある「天(あま)・(あめ)」「空」「月」「日」「雲」などは、「遥かに遠いところ」、「雨」「光」などは「遥かに通し所からまた、「昼」「都」などは「非常に広い」といったニュアンスを伝えると解していいのでは、と考える。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集の発見 『万葉集』は韓国語で歌われた」 朴炳植 著(学習研究社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典