■のかんぞう■
●歌は、「忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため」である。
●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。
●歌をみていこう。
三三一から三三五歌の題詞は「帥大伴卿歌五首」<帥大伴卿(そちおほとものまへつきみ)が歌五首>である。
◆萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 忘之為
(大伴旅人 巻三 三三四)
≪書き下し≫忘れ草我(わ)が紐(ひも)に付く香具山の古りにし里を忘れむがため
(訳)忘れ草、憂いを忘れるこの草を私の下紐に付けました。香具山のあのふるさと明日香の里を、いっそのこと忘れてしまうために。(同上)
(注)わすれぐさ【忘れ草】名詞:草の名。かんぞう(萱草)の別名。身につけると心の憂さを忘れると考えられていたところから、恋の苦しみを忘れるため、下着の紐(ひも)に付けたり、また、垣根に植えたりした。歌でも恋に関連して詠まれることが多い。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
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三二八歌から三三七歌までの歌群について、伊藤 博氏は、脚注に「小野老が従五位上になったことを契機とする同じ宴席の歌らしい」と書かれている。
この歌群については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その506)」で紹介している。
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「わすれぐさ(忘れ草)」については、國學院大學デジタル・ミュージアム「万葉神事語辞典」に次のように書かれている。
「全国各地の日当たりのよい平地や丘陵地など、やや湿気の多いところに自生するゆり科の多年草。中国のホンカンゾウの変種にあたるヤブカンゾウ、ノカンゾウなど、ワスレグサ属の花を総称していう。夏、ヤブカンゾウは八重の、ノカンゾウは一重六弁のオレンジ色の花を付ける。「忘れ草」は万葉集中に5例、いずれも故郷や恋人への思いを忘れさせる植物として登場する。(後略)」
三三四歌について、中西 進 編「大伴旅人―人と作品」(祥伝社新書)のなかで、「わすれ草とはヤブカンゾウのことで、これを身につけていると愁(うれ)いを忘れるという言い伝えが中国にあった。『詩経』という古い書物に見える。旅人はこの知識にもとづいて一首う作った。しかし、忘れたい方に、じつは中心があるのではない。それほどに恋しくてつらいというのが中心である。だから、ただもう一度見たいといったものにくらべると、よほど肉体的ではないか。たしかに、わが故郷、明日香・藤原の地は、理屈やことばを越えて恋しい土地だったのである。この一首と並んで、旅人は次のようにも歌う。
浅茅原(あさぢがはら)つばらつばらにもの思(も)へば故りにし郷し思ほゆるかも(巻三、三三三)
つまり『故りにし郷』は、しみじみと、まるで水が体を浸(ひた)すよう、旅人の全身にしみてくるような思慕を寄せる土地だったのである。」と書かれている。
「忘れ草」五首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その334)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」