万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2404)―

■しきみ■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「奥山のしきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(大原真人今城) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

四四七五、四四七六歌の題詞は、「廿三日集於式部少丞大伴宿祢池主之宅飲宴歌二首」<二十三日に、式部少丞(しきぶのせうじよう)大伴宿禰池主が宅(いへ)に集(つど)ひ飲宴(うたげ)する歌二首>である。

 

◆於久夜麻能 之伎美我波奈能 奈能其等也 之久之久伎美尓 故非和多利奈無

        (大原真人今城 巻二十 四四七六)

 

≪書き下し≫奥山のしきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ 

 

(訳)奥山に咲くしきみの花のその名のように、次から次へとしきりに我が君のお顔が見たいと思いつづけることでしょう、私は。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)しきみ【樒】名詞:木の名。全体に香気があり、葉のついた枝を仏前に供える。また、葉や樹皮から抹香(まつこう)を作る。(学研)

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)

 

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感想(1件)

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1078)」で紹介している。

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題詞にあるように「大伴宿禰池主が宅(いへ)に集(つど)ひ飲宴(うたげ)する歌」であるが、この集いに誰が参加したのかは不明である。ただ大原真人今城の歌が二首収録されているだけである。

家持が「族(やから)を喩す歌」(四四六五歌)を詠んだのが同年六月一七日であるから、藤原氏一族との対峙の緊張感はピークに達している頃である。この時期、宴にあって反仲麻呂の話題が出ないはずはない。

しかも宴であれば、家持の歌が顔を覗かすが、集まった家の主の池主の歌も収録されていないのである。ただならぬ雰囲気を漂わしている。

 そして家持の幼馴染で、歌のやり取りも頻繁に行い万葉集にも数多く収録されている大伴池主の名前はこれ以降万葉集から消えるのである。

さらに池主は奈良麻呂の変に連座し歴史からも名を消したのである。

 

 藤井一二氏は、その著「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」(中公新書)のなかで、「・・・一一月二三日、大伴池主宅で飲宴(うたげ)が催された。時に池主は式部少丞(しきぶのしょうじょう)の職にあった。集まった顔ぶれは明らかではないが、ただ一人、兵部大丞(ひょうぶのだいじょう)の大原今城が歌を作っている。・・・大伴池主・大原今城が集えば、親しい関係にある大伴家持も参会していてよいはずである。しかし歌は残されていない。この時、家持は参加していなかったと私には思われる。」と書かれている。

 さらに同氏は、「私は、この最終局面にいたって池主は家持との間に距離をおいたのではないか、家持を反仲麻呂の画策の中に巻き込まない方向で今城と対応を協議したのではと考えている。池主と家持は、幼少期を含めれば三〇年以上におよぶ親交の歳月を共有していた・・・池主は、幼少期を含め生涯を通じて家持と集いを共にする機会も多く、その性格と歌作の才を最も評価しうる立場にあった。家持の苦悩する人間関係とともに、自らの歌作に留まらず大伴氏を中心とする一大歌集の編纂にむけて情熱を傾注する家持を目の当たりにし、池主自身が家持を政局に巻き込まない方向でそこから離れる道を選んだのだと推察する。」と書かれている。

 家持も池主のかかる思いに支えられ万葉集というとてつもない作品を編纂に注力することができたのであろう。

有間皇子大津皇子ら同様、時の権力への反旗を翻した立場にありながらも万葉集というふところの深さに支えられて池主の数々の歌も収録されているのであろう。

 かかる点も万葉集の魅力のひとつであろう。

 

 池主の歌は万葉集に三十一首収録されている。三十一首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1798)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」