■しだれやなぎ■
●歌は、「浅緑染め懸けたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも」である。
●歌碑は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。
●歌をみていこう。
◆淺緑 染懸有跡 見左右二 春楊者 目生来鴨
(作者未詳 巻十 一八四七)
≪書き下し≫浅緑(あさみどり)染(そ)め懸(か)けたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも
(訳)薄緑色に糸を染めて木に懸けたと見紛うほどに、春の柳は、青々と芽を吹き出した。(伊藤 博 著 「万葉集 二」角川ソフィア文庫より)
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この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その225)」で紹介している。
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「万葉神事語辞典(國學院大學デジタルミュージアム)」の「やなぎ」の項に次のように書かれている。
「上代のヤナギには①在来の枝を垂れないカハヤナギ(一名ユキヤナギ)②渡来の枝を垂れるシダレヤナギとがある。万葉集では、①は楊②は柳と書き分けがあるとされる。また単にヤナギと表現される場合には用字に拘わらずシダレヤナギを指すとする考えもある。万葉集では題詞・前文・漢詩・左注にあり、歌では他にアドカハヤナギ・アヲヤナギ・カハヤナギ・サシキヤナギ・ハルヤナギなどと詠まれる。ヤナギは春に芽吹くことから春の景として詠まれることが多く、またその生命力の旺盛さが詠まれてきた。刈っても刈っても生えてくることを詠んだ歌(7-1293)や、相聞歌で人は死ぬと復活しないことを強調する逆説的比喩として用いられることもある(14-3491)。顕宗紀では室寿の詞章が唱えられたあとに、『ヤナギは川の流れに従って靡いたり起きあがったりするが、その根は無くならない』とあり、根の力強さを歌うこの歌は寿歌として伝承されていたという考えもある。ヤナギは生命力の旺盛さゆえ神聖視されていたようである。ヤナギのかづらが万葉集の歌に表れてくるのにも、こうしたヤナギの特殊性が根底にはあるといえよう。かづらに元来、多くの植物が使われるのは、植物のもつ旺盛な生命力を身につけようとする感染呪術が指摘されている。その他、ヤナギを地に刺して根が付くか否かによって恋の成就を占う例が東歌にある(14-3492)。後世、各地の伝承では弔い開けの塔婆にヤナギを用いる風習もひろく、根がつけば仏が生まれかわったしるしだと伝えられる地方もある。この歌では、ヤナギと表現されてはいるが、成る成らぬというきわめて民俗的な信仰が歌われているとし、我が国のヤナギがふさわしく、万葉のヤナギは在来のカハヤナギからシダレヤナギへの過渡期であり、ヤナギの歌にカワヤナギが混在する可能性を認める考えもある。」
神事語辞典に上げられている歌をみてみよう。
■一二九三歌■
◆丸雪降 遠江 吾跡川楊 雖苅 亦生云 余跡川楊
(柿本人麻呂歌集 巻七 一二九三)
≪書き下し≫霰(あられ)降(ふ)り遠江(とほつあふみ)の吾跡川楊(あとかわやなぎ) 刈れどもまたも生(お)ふといふ吾跡川楊
(訳)遠江の吾跡川の楊(やなぎ)よ。刈っても刈っても、また生い茂るという吾跡川の楊よ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)あられふり【霰降り】[枕]:あられの降る音がかしましい意、また、その音を「きしきし」「とほとほ」と聞くところから、地名の「鹿島(かしま)」「杵島(きしみ)」「遠江(とほつあふみ)」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉)
(注)やうりう【楊柳】名詞:やなぎ。 ※「楊」はかわやなぎ、「柳」はしだれやなぎの意。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)恋心を川楊に譬える。(伊藤脚注)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1592)」で紹介している。
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■三四九一歌■
◆楊奈疑許曽 伎礼波伴要須礼 余能比等乃 古非尓思奈武乎 伊可尓世余等曽
(作者未詳 巻十四 三四九一)
≪書き下し≫柳こそ伐(き)れば生(は)えすれ世の人の恋(こひ)に死なむをいかにせよとぞ
(訳)柳なら伐(き)ればまた生(は)えもしよう、が、生身(なまみ)のこの世の人が焦がれ死にしようとしているのに、どうしろというのですか。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)世の人の恋(こひ)に死なむを:生身のこの私が焦がれ死にしようとしているのに。(伊藤脚注)
(注)とぞ 分類連語:①〔文中に用いて〕…と。▽「と」が受ける内容を強める。②〔文末に用いて〕…ということだ。▽伝聞あるいは不確実な内容であることを表す。 ⇒語法:①の文末は多く「ぞ」の結びとして、連体形になる。②は係り結びの結び「言へる」などが省略された形である。 ⇒なりたち:格助詞「と」+係助詞「ぞ」(学研)ここでは②の意
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■三四九二歌■
◆乎夜麻田乃 伊氣能都追美尓 左須楊奈疑 奈里毛奈良受毛 奈等布多里波母
(作者未詳 巻十四 三四九二)
≪書き下し≫小山田(をやまだ)の池の堤(つつみ)にさす柳成(な)りも成らずも汝(な)と二人はも
(訳)小山田の池の堤に挿す柳、その柳がつくこともつかないこともあるように、二人の仲がうまくゆこうがゆくまいが、お前さんと私との二人の心は、ああ。(同上)
(注)上二句は序。「成りも成らずも」を起す。(伊藤脚注)
(注)二人はも:二人は、ああ断じて離れはしないのだ。(伊藤脚注)
(注の注)はも 分類連語:…よ、ああ。▽文末に用いて、強い詠嘆の意を表す。 ※上代語。 ⇒なりたち:係助詞「は」+終助詞「も」(学研)
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」