万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2230~2232)―名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道―万葉集 巻十三 三二三八、巻二十 四四七六、巻八 一四三五

―その2230―

●歌は、「逢坂をうち出でてみれば近江の海白木綿花に波立ちあたる」である。

名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道万葉歌碑(プレート)<作者未詳> 20210216撮影

●歌碑(プレート)は、名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆相坂乎 打出而見者 淡海之海 白木綿花尓 浪立渡

       (作者未詳 巻十三 三二三八)

 

≪書き下し≫逢坂をうち出でて見れば近江の海白木綿花に波立ちわたる

 

(訳)逢坂の峠をうち出て見ると、おお、近江の海、その海には、白木綿花のように波がしきりに立ちわたっている。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

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感想(1件)

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1393)」で三二三七歌とともに紹介している。

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 三二三六歌、三二三七歌(或本の歌)、三二三八歌(反歌)の組になっている。

 三二三六歌もみてみよう。

 

◆空見津 倭國 青丹吉 常山越而 山代之 管木之原 血速舊 于遅乃渡 瀧屋之 阿後尼之原尾 千歳尓 闕事無 万歳尓 有通将得 山科之 石田之社之 須馬神尓 奴左取向而 吾者越徃 相坂山遠

        (作者未詳 巻十三 三二三六)

 

≪書き下し≫そらみつ 大和(やまと)の国 あをによし 奈良山(ならやま)越えて 山背(やましろ)の 管木(つつき)の原 ちはやぶる 宇治の渡り 滝(たき)つ屋の 阿後尼(あごね)の原を 千年(ちとせ)に 欠くることなく 万代(よろづよ)に あり通(かよ)はむと 山科(やましな)の 石田(いはた)の杜(もり)の すめ神(かみ)に 幣(ぬさ)取り向けて 我(わ)れは越え行く 逢坂山(あふさかやま)を

 

(訳)そらみつ大和の国、その大和の奈良山を越えて、山背の管木(つつき)の原、宇治の渡し場、岡屋(おかのや)の阿後尼(あごね)の原と続く道を、千年ののちまでも一日とて欠けることなく、万年にわたって通い続けたいと、山科の石田の杜の神に幣帛(ぬさ)を手向けては、私は越えて行く。逢坂山を。(同上)

(注)そらみつ:[枕]「大和(やまと)」にかかる。語義・かかり方未詳。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)奈良山:奈良県北部、奈良盆地の北方、奈良市京都府木津川(きづがわ)市との境界を東西に走る低山性丘陵。平城山、那羅山などとも書き、『万葉集』など古歌によく詠まれている。古墳も多い。現在、東半の奈良市街地北側の丘陵を佐保丘陵、西半の平城(へいじょう)京跡北側の丘陵を佐紀丘陵とよぶ。古代、京都との間に東の奈良坂越え、西の歌姫越えがあり、いまは国道24号、関西本線近畿日本鉄道京都線などが通じる。奈良ドリームランド(1961年開園、2006年閉園)建設後は宅地開発が進み、都市基盤整備公団(現、都市再生機構)によって平城・相楽ニュータウンが造成された。(コトバンク 小学館 日本大百科全書<ニッポニカ>)

(注)管木之原(つつきのはら):今の京都府綴喜郡

(注)岡谷:宇治市宇治川東岸の地名

(注)石田の杜:「京都市伏見区石田森西町に鎮座する天穂日命神社(あめのほひのみことじんじゃ・旧田中神社・石田神社)の森で,和歌の名所として『万葉集』などにその名がみられます。(中略)現在は“いしだ”と言われるこの地域ですが,古代は“いわた”と呼ばれ,大和と近江を結ぶ街道が通り,道中旅の無事を祈って神前にお供え物を奉納する場所でした。」(レファレンス協同データベース)

(注)あふさかやま【逢坂山】:大津市京都市との境にある山。標高325メートル。古来、交通の要地。下を東海道本線のトンネルが通る。関山。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)すめ神:その土地を支配する神。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その231改)」で紹介している。

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 平城京から逢坂山まで、三二三六歌の地名を追ってみると「万葉人の足跡がわかるように思える。

 平城京は「平城宮跡歴史公園」、奈良山は「国境食堂(奈良市奈良阪町)」、岡屋は「宇治市立岡屋小学校」、「石田の杜」・「逢坂山」は、そのままでグーグルマップにインプットしてみた。

 距離は42.8km、時間は9時間となった。逢坂山から先はわからないが、万葉時代の人々の脚力に脱帽である。

 話は脱線するが、小生、東京単身赴任の時に東京メトロ都営地下鉄全線を歩いたことがある。路線の中で最長は、都営大江戸線で営業距離40.7km。歩いて10時間59分かかった。都庁前を出て、光が丘についたころには、歩くというより、体を前に倒すと足が出るといった感じでぶっ倒れそうになったことを思い出したのである。

 機会があれば、平城京から逢坂山まで挑戦してみたいものである。

平城京から逢坂山までの徒歩ルートと所要時間
(グーグルマップで作成引用させていただきました)



 

 

 

 

―その2231―

歌は、「奥山のしきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ」である。

古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道万葉歌碑(プレート)<大原真人今城> 20210216撮影

●歌碑(プレート)は、名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道にある。

 

●歌をみていこう。

 

 四四七五、四四七六歌の題詞は、「廿三日集於式部少丞大伴宿祢池主之宅飲宴歌二首」<二十三日に、式部少丞(しきぶのせうじよう)大伴宿禰池主が宅(いへ)に集(つど)ひ飲宴(うたげ)する歌二首>である。

 

◆於久夜麻能 之伎美我波奈能 奈能其等也 之久之久伎美尓 故非和多利奈無

        (大原真人今城 巻二十 四四七六)

 

≪書き下し≫奥山のしきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ 

 

(訳)奥山に咲くしきみの花のその名のように、次から次へとしきりに我が君のお顔が見たいと思いつづけることでしょう、私は。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)しきみ【樒】名詞:木の名。全体に香気があり、葉のついた枝を仏前に供える。また、葉や樹皮から抹香(まつこう)を作る。(学研)

(注の注)しきみ:「頻き見」を懸ける。(伊藤脚注)

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)

 

 題詞にあるように「<天平勝宝八年(756年)十一月>二十三日に、大伴宿禰池主が宅に集ひ飲宴」したこの集いに誰が参加したのかは不明である。

家持が「族(やから)を喩す歌」(四四六五歌)を詠んだのが同年六月一七日である。橘奈良麻呂の変は天平勝宝九年(757年)七月四日であるから、藤原氏一族との対峙の緊張感はピークに達している頃である。

この時期、宴にあって反仲麻呂の話題が出ないはずはない。しかし、家持の歌どころか池主の歌も収録されていないのである。ただ大原真人今城の歌二首のみである。

 なにか意図的なものを感じさせる気がしないでもない。

 そして家持の幼馴染で、歌のやり取りも頻繁に行い万葉集にも数多く収録されている大伴池主の名前はこれ以降万葉集から消える。さらに池主は奈良麻呂の変に連座し歴史からも名を消したのである。

池主と家持これまでの歌のやり取りを通して読み取れる親交ぶりを考えると、今城のこの歌は、池主に優しく問いかけてはいるがゆえに、断崖絶壁に消えていく池主の思いを覆い隠しているような感覚にとらわれてしまうのである。

 

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 大伴池主の歌は三十一首であるが漢詩も含めて、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1798)」で紹介している。

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―その2232―

●歌は、「かはづ鳴く神なび川に影見えて今か咲くらむ山吹の花」である。

名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道万葉歌碑(プレート)<厚見王
 20210216撮影

●歌碑(プレート)は、名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆河津鳴 甘南備河尓 陰所見而 今香開良武 山振乃花

      (厚見王 巻八 一四三五)

 

≪書き下し≫かはづ鳴く神なび川に影見えて今か咲くらむ山吹の花

 

(訳)河鹿の鳴く神なび川に、影を映して、今頃咲いていることであろうか。岸辺のあの山吹の花は。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)かはづ【蛙】名詞:①かじかがえる。かじか。山間の清流にすみ、澄んだ涼しい声で鳴く。◇「河蝦」とも書く。②かえる。[季語] 春。(学研)ここでは①の意

(注)神なび川:神なびの地を流れる川。飛鳥川とも竜田川ともいう。(伊藤脚注)

(注の注)神奈備(かんなび):古代において神霊の鎮まる場所で、小山や森のような所と考えられる。神名樋、神名火、甘南備などとも書く。「かんなび」の語義については、(1)神の森の転訛(てんか)、(2)神並び、(3)朝鮮語ナムNamu(木)からおこり、神木の意、(4)神隠(かんなば)りの意など、古来種々の説があるが、(4)の説が妥当と考えられる。「かんなび山」の名称をもつ山は諸国にあったが、大和(やまと)の三輪山(みわやま)(奈良県桜井市)がもっとも著名である。このほか大和(奈良県)、出雲(いずも)(島根県)に多いため、出雲系の神を祀(まつ)ったものであろうとする説が有力である。(後略)(コトバンク 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ))

 

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 「かんなび」、あるいは「かむなび」は、神奈備、神名樋、神名火、甘南備などと書かれる。「神」に関連した言葉である。

 寺院名では、さすがに「神」は使わず「甘南備」あるいは「甘南美」と書くようである。

 

 岐阜県山県市 甘南美寺には、この歌の歌碑が立てられている。

 これについては、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1943)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉

★「レファレンス協同データベース」

★「グーグルマップ」