万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1798)―愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(10)―万葉集 巻十七 三九四四

●歌は、「をみなへし咲きたる野辺を行き廻り君を思ひ出た廻り来ぬ」である。

愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(10)万葉歌碑(大伴池主)

●歌碑は、愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(10)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆乎美奈敝之 左伎多流野邊乎 由伎米具利 吉美乎念出 多母登保里伎奴

      (大伴池主 巻十七 三九四四)

 

≪書き下し≫をみなへし咲きたる野辺(のへ)を行き廻(めぐ)り君を思ひ出(で)た廻(もとほ)り来(き)ぬ

 

(訳)女郎花の咲き乱れている野辺、その野辺を行きめぐっているうちに、あなたを思い出して廻り道をして来てしまいました。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

「をみなへし」を詠った歌は、万葉集では十四首収録されている。「女郎花」「娘部志」「美人部志」といった漢字があてられている。

 

 題詞は、「八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌」<八月の七日の夜に、守(かみ)大伴宿禰家持が館(たち)に集(つど)ひて宴(うたげ)する歌である。三九四三~三九五五歌までが収録されている。家持を歓迎する宴で、越中歌壇の出発点となったと言われている。

 

 この歌については、三九四三~三九五五歌とともにブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その335)」で紹介している。

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 大伴池主の歌を全てみてみよう。

 

■一五九〇歌■

一五八一から一五九一歌の歌群の題詞は、「橘朝臣奈良麻呂結集宴歌十一首」<橘朝臣奈良麻呂、集宴を結ぶ歌十一首>である。

 

◆十月 鍾礼尓相有 黄葉乃 吹者将落 風之随

     (大伴池主 巻八 一五九〇)

 

≪書き下し≫十月(かむなづき)しぐれにあへる黄葉の吹かば散りなむ風のまにまに

 

(訳)十月のしぐれに出逢って色づいたもみじ、これと同じ山のもみじの葉は、風が吹いたら散ってしまうことであろう。その風の吹くままに。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

左注は、「右一首大伴宿祢池主」<右の一首は大伴宿禰池主(いけぬし)>である。

 

 この歌については、一五八一から一五九一歌とともに、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その939)」で紹介している。

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■三九四四~三九四六歌・三九四九歌■

題詞は、「八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌」<八月の七日の夜に、守(かみ)大伴宿禰家持が館(たち)に集(つど)ひて宴(うたげ)する歌である。三九四三~三九五五歌までが収録されている。家持を歓迎する宴で、越中歌壇の出発点となったと言われている。

 

◆乎美奈敝之 左伎多流野邊乎 由伎米具利 吉美乎念出 多母登保里伎奴

               (大伴池主 巻十七 三九四四)

 

≪書き下し≫をみなへし咲きたる野辺(のへ)を行き廻(めぐ)り君を思ひ出(で)た廻(もとほ)り来(き)ぬ

 

 

(訳)女郎花の咲き乱れている野辺、その野辺を行きめぐっているうちに、あなたを思い出して廻り道をして来てしまいました。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

◆安吉能欲波 阿加登吉左牟之 思路多倍乃 妹之衣袖 伎牟餘之母我毛

      (大伴池主 巻十七 三九四五)

 

≪書き下し≫秋の夜(よ)は暁(あかとき)寒し白栲(しろたへ)の妹(いも)が衣手(ころもで)着む縁(よし)もがも

 

(訳)秋の夜は明け方がとくに寒い。いとしいあの子の着物の袖、その袖を重ねて着て寝る手立てがあればよいのに。(同上)

(注)前の二首が土地の物をもちあげているが、これは都の妻を思う歌になっている。

 

◆保登等藝須 奈伎氐須疑尓 乎加備可良 秋風吹奴 余之母安良奈久尓

       (大伴池主 巻十七 三九四六)

 

≪書き下し≫ほととぎす鳴きて過ぎにし岡(おか)びから秋風吹きぬよしもあらなくに

 

(訳)時鳥(ほととぎす)が鳴き声だけ残して飛び去ってしまった岡のあたりから、秋風が寒々と吹いてくる。あの子の袖を重ねる手立てもありはしないのに。(同上)

(注)よしもあらなくに:妻の着物を重ね着るてだてもないのに。前の歌の望郷の思いを一層高めている。

 

◆安麻射加流 比奈尓安流和礼乎 宇多我多毛 比母毛登吉佐氣氐 於毛保須良米也

      (大伴池主 巻十七 三九四九)

 

≪書き下し≫天離る鄙にある我(わ)れをうたがたも紐解(と)き放(さ)けて思ほすらめや

 

(訳)都離れたこの遠い田舎で物恋しく過ごしてわれら、このわれらを、紐解き放ってくつろいでいるなどと思っておられるはずがあるものですか。

(注)うたがたも 副詞:①きっと。必ず。真実に。②〔下に打消や反語表現を伴って〕決して。少しも。よもや。※上代語。(学研)

(注)めや 分類連語:…だろうか、いや…ではない。※なりたち推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」

 

 この四首については、前出のブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その335)」で紹介している。

 

 

 

■書簡・三九六七~三九六八歌■

 三九六七ならびに三九六八歌は、三月二日に手紙とともに、池主が家持の手紙に答える形で贈ったものである。手紙をみてみよう。

 

◆忽辱芳音翰苑凌雲 兼垂倭詩詞林舒錦 以吟以詠能蠲戀緒春可樂 暮春風景最可怜 紅桃灼ゝ戯蝶廻花舞 翠柳依ゝ嬌鸎隠葉歌 可樂哉 淡交促席得意忘言 樂矣美矣 幽襟足賞哉豈慮乎蘭蕙隔藂琴罇無用 空過令節物色軽人乎 所怨有此不能黙已 俗語云以藤續錦聊擬談咲耳

 

≪手紙の書き下し≫たちまちに芳音(ほういん)を辱(かたじけな)みし、翰苑(かんゑん)雲を凌(しの)ぐ、兼(さら)に倭詩(わし)を垂れ、詞林(しりん)錦(にしき)を舒(の)ぶ。もちて吟じもちて詠じ、能(よ)く恋緒(れんしよ)を蠲(のぞ)く。春は樂しぶべく、暮春の風景はもとも怜(あはれ)ぶべし。紅桃(こうたう)灼々(しゃくしゃく)、戯蝶(きてふ)は花を廻(めぐ)りて舞ひ、 翠柳(すいりう)は依々(いい)、嬌鶯(けうあう)は葉に隠(かく)れて歌ふ。楽しぶべきかも。淡交(たんかう)に席(むしろ)を促(ちかづ)け、意を得て言を忘る。楽しきかも美(うるは)しきかも。幽襟(いうきん)賞(め)づるに足れり。あに慮(はか)らめや、蘭蕙(らんけい)藂(くさむら)を隔て、琴罇(きんそん)用ゐるところなからむとは。空(むな)しく、令節を過ぐさば、物色(ぶつしよく)人を軽(かろ)みせむかとは。怨(うら)むるところここに有あり、黙(もだ)してやむこと能(あた)はず。俗(よ)の語(ことば)に云はく、藤を以もちて錦に続(つ)ぐといふ。いささかに談笑(だんせう)に擬(なそ)ふらくのみ。

 

(略私訳)早速、御手紙を頂戴し、その文の勢いは雲を凌ぐばかりです。さらに和歌を詠っておられますが、その詞は錦を織ったかのようです。その歌をくりかえし吟じ、今までのあなた様の思いと違う思いにおどろかされました。春は楽しむべきと思います。三月の風景には、いっそうの感動があります。紅の桃花は光輝き、戯れ飛ぶ蝶は花を舞い、青柳の葉はなよなおと、なまめかしい声の鴬は葉に隠れて鳴いています。何と楽しいことでしょう。君子とのお付き合いでお心が通じ合い、言葉も数多くはいりません。じつに楽しいし麗しいことです。お付き合いで知る奥深いお心はなんとすばらしいことでしょう。ところが、どうしたことなのでしょうか、蘭や蕙といった芳しい花々が叢にうずめ隠され、宴での琴や酒樽を使うこともないとは。空しくこのすばらしい季節をやり過ぎては、自然に侮られてしまいませんか。怨む気持ちになりませんか。語らいもできずにいるとは。世間でいうまるで藤を錦に継ぐといいますような拙い手紙の内容です。すこしでもあなた様のお笑い草にでもなればとの思いです。

(注)たちまち(に)【忽ち(に)】副詞:①またたく間(に)。すぐさま。たちどころ(に)。②突然(に)。にわか(に)。③現(に)。実際(に)。 ※古くは「に」を伴って用いることが多い(学研)

(注)芳音(ほういん):有り難いお便り

(注)翰苑(かんゑん)雲を凌(しの)ぐ:文章は勢いがあって雲を凌ぐよう。「翰苑」は文壇のこと。転じて文章。

(注)詞林(しりん)錦(にしき)を舒(の)ぶ:言葉の綾は錦を織ったよう。「詞林」は詩歌の譬え。

(注)ぼしゅん【暮春】;① 春の終わり。春の暮れ。晩春。② 陰暦3月の異称。(goo辞書)ここでは②の意

(注)「紅桃」、「戯蝶(きてふ)」、「翠柳(すいりう)」、「嬌鶯(けうあう)」等は遊仙窟にみえる語

(注の注)遊仙窟:中国唐代の小説。張鷟(ちょうさく)(字(あざな)は文成)著。主人公の張生が旅行中に神仙窟に迷い込み、仙女の崔十娘(さいじゅうじょう)と王五嫂(おうごそう)の歓待を受け、歓楽の一夜を過ごすという筋。四六文の美文でつづられている。中国では早く散逸したが、日本には奈良時代に伝来して、万葉集ほか江戸時代の洒落本などにも影響を与えた。古写本に付された傍訓は国語資料として貴重。遊僊窟。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)いい【依依】:[文][形動タリ]思い慕うさま。離れがたいさま。(goo辞書)⇒なよなよした様

(注)淡交(たんかう)に席(むしろ)を促(ちかづ)け、意を得て言を忘る:淡々たる君子の交際においては席を近づけただけで、互いの心は通じ合い、ことばは不要となる。

(注)幽襟(いうきん):交わって知られる奥深い心

(注)蘭蕙(らんけい)藂(くさむら)を隔て:蘭と蕙との香草が叢(くさむら)を隔てているように交際もかなわず

(注)琴樽(読み)きんそん:〘名〙 琴と酒樽。琴を奏したり酒を飲んだりすること。楽しく遊ぶこと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)物色(ぶつしよく)人を軽(かろ)みせむかとは:自然の風情が人を軽んじることになりはしまいか。自然に侮られることをいう。

(注)藤を以もちて錦に続(つ)ぐ:駄作を秀作に継ぐことの譬え

(注)談笑(だんせう)に擬(なそ)ふらくのみ:お笑い草に当てようとするのみ

 

 

◆夜麻我比迩 佐家流佐久良乎 多太比等米 伎美尓弥西氏婆 奈尓乎可於母波牟

          (大伴池主 巻十七 三九六七)

 

≪書き下し≫山峽(やまがひ)に咲ける桜をただ一目君に見せてば何をか思はむ

 

(訳)山あいに咲いている桜、その桜を、一目だけでもあなたにお見せたできたら、何の心残りがありましょう。(同上)

 

左注は、「沽洗二日掾大伴宿祢池主」<沽洗(こせん)の二日、掾(じょう)大伴宿禰池主>である。

(注)姑洗・沽洗(読み)こせん 〘名〙中国の音楽、十二律の姑洗を三月にあてるところから) 陰暦三月の異称。《季・春》(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 

◆宇具比須能 伎奈久夜麻夫伎 宇多賀多母 伎美我手敷礼受 波奈知良米夜母

      (大伴池主 巻十七 三九六八)

 

≪書き下し≫うぐひすの来(き)鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも

 

(訳)鶯がやって来ては鳴く山吹の花、よもやあなたが手を触れずにその花をよもやあなたが手をお触れにならぬまま、この花が散ってしまったりすることはありますまい。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うたがたも 副詞:①きっと。必ず。真実に。②〔下に打消や反語表現を伴って〕決して。少しも。よもや。 ※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その959)」で紹介している。

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■三月四日書簡と漢詩

題詞は、「七言晩春三日遊覧一首幷序」<七言、晩春三日遊覧一首 幷(あわ)せて序>である。

(注)七言:一句7字の漢詩。ここは八句の律詩(伊藤脚注)

 

◆上巳名辰暮春麗景 桃花昭瞼以分紅 柳色含苔而競緑 于時也携手曠望江河之畔訪酒逈過野客之家 既而也琴罇得性蘭契和光 嗟乎今日所恨徳星己少歟 若不扣寂含章何以攄逍遥之趣忽課短筆聊勒四韻云尓 

 

餘春媚日宜怜賞 上巳風光足覧遊

柳陌臨江縟袨服 桃源通海泛仙舟

雲罍酌桂三清湛 羽爵催人九曲流

縦酔陶心忘彼我 酩酊無處不淹留

 

三月四日大伴宿祢池主

 

≪書簡の書き下し≫上巳(じやうし)の名辰(めいしん)、暮春(ぼしゅん)の麗景(れいけい)なり。桃花は瞼(まなぶた)を昭(て)らして紅(くれなゐ)を分ち、柳色は苔(こけ)を含みて緑(みどり)を競(きほ)ふ。時に、手を携(たづさ)はり曠(はる)かに江河の畔(ほとり)を望み、酒を訪(とぶら)ひ逈(とほ)く野客の家に過(よき)る。すでにして、琴罇(きんそん)性を得、蘭契(らんけい)光を和(やはら)げたり。ああ、今日恨むるところは、徳星すでに少なきことか。もし寂(じやく)を扣(う)ち章を含(ふふ)まずは、何をもちてか逍遥(せうえう)の趣(おもぶき)を攄(の)べむ。たちまちに短筆に課(おほ)せて、いささかに四韻(しゐん)を勒(しる)すと云爾(いふ)。

 

≪律詩の書き下し≫余春の媚日(びじつ)は怜賞(れんしやう)するに宜(よ)く、上巳(じやうし)の風光は覧遊(らんいう)するに足(た)る。

柳陌(りうばく)は江(かは)に臨みて袨服(げんふく)を縟(まだらか)にし、桃源(たうげん)は海に通ひて仙舟(せんしう)を泛(うか)ぶ。

雲罍(うんらい)桂を酌(く)みて三清の湛(たた) 羽爵(うしやく)人を催(うなが)して九曲(きうきよく)の流。

縦酔(しょうすい)陶心(たうしん)彼我(ひが)を忘れ、酩酊(めいてい)し処として淹留(えんりう)せずといふことなし

 

 三月の四日、大伴宿禰池主

 

(書簡の略訳)三月三日の佳き日は、晩春の風景は美しく広がり、桃の花は瞼を輝かせその紅色を見せるかのように、柳は苔とその緑を競っている。時に、友と手を携えて遠く揚子江黄河を眺めるかのように(実際は射水川を眺め)、酒を求めて野に住む人の家にはるばる足をとめる。そして、琴を弾き、酒を楽しむ、蘭の香りのような心の通った交わりは心をやわらげさせる。ああ、今日ような日を怨むことは賢人(家持のこと)がここにいないことであろうか。心のうちを揺り動かして詩章を綴らなかったら、何をもってそぞろ歩きのような趣を表すことになるのか。そこで拙い文章ではあるが、ちょっとした四韻の詩を書きつけたしだいです、

(注)上巳:月の上旬の巳の日の吉日。ここは三月三日。(伊藤脚注)

(注)江河:揚子江黄河。ここは射水川。(伊藤脚注)

(注)酒を訪(とぶら)ひ逈(とほ)く野客の家に過(よき)る:酒を求めて野に住む人の家にはるばる足をとめる。「野客」は友人を野に住む隠者に見立てたもの。(伊藤脚注)

(注の注)やかく【野客】:山野に住む人。また、仕官しない人。在野の人。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)きんそん【琴樽】〘名〙:琴と酒樽。琴を奏したり酒を飲んだりすること。楽しく遊ぶこと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)蘭契:らんかう【蘭交】に同じ:《「易経」繋辞上から》友人間の、心の通い合った交わり。その美しさを蘭の香りにたとえていう。金蘭の契り。蘭契。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)とくせい【徳星】:①吉兆のしるしとしてあらわれる星。②徳のある人。賢人。③木星の異称。(goo辞書) 

(注の注)徳星:賢人の譬えで、ここは暗に家持をさす。(伊藤脚注)

(注)もし寂(じやく)を扣(う)ち章を含(ふふ)まずは、:心のうちを揺り動かして詩章を綴らなかったら。(伊藤脚注)

 

(注)四韻:次の律詩の第二・四・六・八句遊・舟・流・留の末字を押韻させた詩。(伊藤脚注)

(注)たんぴつ【短筆】〘名〙:文章や文字のへたなこと。また、つたない文章や筆跡。拙筆。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)おほす【負ほす・課す】他動詞:①背負わせる。②(責めを)負わせる。(罪を)かぶせる。③名づける。命名する。④(傷・害を)負わせる。⑤(労役・債務・租税などを)課する。負担させる。 ※「お(負)はす」の変化した語(学研)

(注)いささかなり【聊かなり・些かなり】形容動詞:ほんのわずかだ。ほんの少しだ。(学研)

(注)しるす 他動詞:(一)【徴す】前兆を示す。きざしを見せる。(二)【標す】目印とする。(三)【記す・誌す】書き付ける。記録する。(学研)ここでは③の意

 

(律詩の訳)

晩春のうららかなる日ざしは賞美するに甲斐(かい)あり、

上巳のさわやかなる風景は遊覧するに値する。

柳の路は江に沿うて人の晴れ着を色様々に染め、

桃咲く里は流れ海に通じて仙舟を浮かべる。

雲雷模様の酒壺に桂(かつら)の香を酌み入れて清酒(すみざけ)満々、

鳥型(とりがた)の盃は詩詠を促して曲がりくねる水面潺々(せんせん)。

欲しきままに酔い陶然(とうぜん)として彼我を忘れ、

酩酊して所かまわず坐(すわ)りこむばかり。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)よしゅん【余春】〘名〙:① 春の末。晩春。② 立夏が過ぎてもまだ春らしさが残っていること。また、その時季。旧暦の四月。《季・夏》(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)ここでは①の意

(注)媚日:なまめいた日ざし。(伊藤脚注)

(注)【柳陌】リュウハク:①柳のあるあぜみち。②いろざと。③花柳街。(広辞苑無料検索学研漢和大字典)

(注)げんぷく【袨服】:①黒色の衣。②はれぎ。盛装。(広辞苑無料検索 広辞苑)ここでは②の意

(注)桃源:桃の花咲く里を仙境に見立てた。(伊藤脚注)

(注)雲罍(うんらい)桂を酌(く)みて:入道雲の形を刻んだ酒壺は桂の香りを入れて。(伊藤脚注)

(注)さんせい【三清】〔名〕 清酒をいう。(weblio辞書 精選版 日本国語大辞典

(注)たたはしい【湛】〘形〙 (四段動詞「たたう(湛)」の形容詞化した語):① (満月のように)満ちているさまである。欠けたところのないさまである。② 大きくて威厳がある。いかめしく、立派である。厳格である。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)羽爵>うしょう【羽觴】に同じ:もと、雀すずめの形に作って頭部や翼などをつけた杯のこと。転じて、杯。酒杯。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)きうきょく【九曲】〘名〙: 数多く曲がりくねること。また、その所。ななまがり。つづらおり。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)縦酔陶心彼我を忘れ:欲しいままに酔い、うっとりしてすべてを忘れ。(伊藤脚注)

(注)えんりう【淹留】[名]:長く同じ場所にとどまること。滞留。滞在。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

 

 この書簡ならびに漢詩についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1346表①)」で紹介している。

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■書簡ならびに三九七三~三九七五歌■

三九七三(長歌)と三七九四、三七九五歌(短歌)の歌群の前には、次の「書簡」が収録されている。書簡ならびに三九七三歌、三九七五歌もみてみよう。

 

◆(書簡)昨日述短懐今朝汗耳目 更承賜書且奉不次 死罪ゝゝ 不遺下賎頻恵徳音 英霊星氣逸調過人 智水仁山既韞琳瑯之光彩 潘江陸海自坐詩書之廊廟 騁思非常託情有理 七歩成章數篇満紙 巧遣愁人之重患 能除戀者之積思 山柿歌泉比此如蔑 彫龍筆海粲然得看矣 方知僕之有幸也 敬和歌其詞云

 

≪書簡・書き下し≫昨日短懐(たんくわい)を述べ、今朝耳目(じもく)を汗(けが)す。さらに賜書(ししょ)を承(うけたまは)り、且、不次(ふし)を奉(たてまつ)る。死罪(しざい)死罪。下賎を遺(わす)れず、頻(しきり)に徳音を恵みたまふ。英霊星気あり、逸調(いつてう)人に過ぐ。智水仁山、すでに琳瑯(りんらう)の光彩を韞(つつ)み、潘江(はんかう)陸海(りくかい)は、おのづからに詩書の廊廟(ろうべう)に坐す。思を非常に騁(は)せ、情を有理(いうり)に託(よ)す。七歩(しちほ)にして章(あや)を成し、數篇紙に満つ。巧(よ)く愁人しうじん)の重患(ぢゆうくわん)を遣(や)り、能(よ)く恋者(れんしゃ)の積思(せきし)を除(のぞ)く。山柿(さんし)の歌泉は、これに比(くら)ぶれば蔑(な)きがごとく、彫龍(てうりゅう)の筆海は、粲然(さんぜん)として看(み)るを得たり。まさに知りぬ、僕(わ)が幸(さきはひ)あることを。敬(つつし)みて和(こた)ふる歌、その詞に云はく、

(注)短懐:三月二日の池主から家持への書簡をさす

(注)賜書:三月三日の家持から池主への書簡をさす

(注)ふじ【不次】文章が順序なく乱れていること。多く自分の手紙をへりくだっていう語(weblio国語辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)死罪死罪:無礼を謝する書簡用語

(注)英霊星気あり:御文筆の才は星の生気に充ち

(注)逸調(読み)いっちょう〘名〙:すぐれた調べ。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)智水仁山:水のごとき智、山のごとき仁

 (注) りんろう【琳瑯】( 名 ):美しい玉。また、美しい詩文などをたとえていう。(コトバンク 三省堂 大辞林 第三版)

(注)潘江陸海:六朝潘岳・陸機に並ぶ文才

(注)廊廟(読み)ろうびょう:《表御殿の意》政務を執る殿舎。廟堂。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)七歩八叉 しちほはっさ:詩文の才能にめぐまれていること。 ⇒魏の曹植は七歩歩く間に詩を作り、唐の温庭インは八回腕を組む間に八韻の賦を作った故事から。「叉」は腕を組むこと。(四字熟語事典オンライン)

(注)愁人(読み)しゅうじん〘名〙: 悲しい心を抱いている人。なやみのある人。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典) 次にでてくる「恋者」とともに池主のことをさす

(注)彫龍(読み)ちょうりゅう〘名〙: (「史記‐荀卿伝」に、斉の鄒奭(すうせき)が「龍を雕る奭」と呼ばれて文才をたたえられたとあるところから) 龍を彫刻するように、弁論、文章をたくみに飾ること。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)筆海(読み)ヒッカイ: 《文字の集まりの意から》文章。詩。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

 

◆憶保枳美能 弥許等可之古美 安之比奇能 夜麻野佐波良受 安麻射可流 比奈毛乎佐牟流 麻須良袁夜 奈迩可母能毛布 安乎尓余之 奈良治伎可欲布 多麻豆佐能 都可比多要米也 己母理古非 伊枳豆伎和多利 之多毛比尓 奈氣可布和賀勢 伊尓之敝由 伊比都藝久良之 餘乃奈加波 可受奈枳毛能曽 奈具佐牟流 己等母安良牟等 佐刀▼等能 安礼迩都具良久 夜麻備尓波 佐久良婆奈知利 可保等利能 麻奈久之婆奈久 春野尓 須美礼乎都牟等 之路多倍乃 蘇泥乎利可敝之 久礼奈為能 安可毛須蘇妣伎 乎登賣良婆 於毛比美太礼弖 伎美麻都等 宇良呉悲須奈理 己許呂具志 伊謝美尓由加奈 許等波多奈由比

  ▼は「田偏に比」⇒「佐刀▼等能」=「さとびとの」

          (大伴池主 巻十七 三九七三)

 

≪書き下し≫大君(おほきみ)の 命(みこと)畏(かしこ)み あしひきの 山野(やまの)さはらず 天離(あまざか)る 鄙(ひな)も治(をさ)むる ますらをや なにか物思(ものも)ふ あをによし 奈良道(ならぢ)来(き)通(かよ)ふ 玉梓(たまづさ)の 使(つかひ)絶えめや 隠(こも)り恋ひ 息づきわたり 下(した)思(もひ)に 嘆かふ我が背 いにしへゆ 言ひ継ぎくらし 世間(よのなか)は 数なきものぞ 慰(なぐさ)むる こともあらむと 里人(さとびと)の 我(あ)れに告ぐらく 山(やま)びには 桜花(さくらばな)散り かほ鳥(とり)の 間(ま)なくしば鳴く 春の野に すみれを摘むと 白栲(しろたへ)の 袖(そで)折り返し 紅(くれなゐ)の 赤裳(あかも)裾引(すそび)き 娘女(をとめ)らは 思ひ乱れて 君待つと うら恋(こひ)すなり 心ぐし いざ見に行かな ことはたなゆひ

 

(訳)大君の仰せを恐れ謹んで、重なる山も野も物とはせず、この遠い鄙の国すらも立派に治めておられる、大丈夫たるあなた、そのあなたが何を今さら物思いなどされることがありましょうか。あおによし奈良の都への遥かな道を往き来するお使い、玉梓の使いが絶えることなど、どうしてありましょう。ひたすら引き籠って恋い焦がれ溜息をつきどおしで、心の思いに嘆きつづけているあなた、今を去る遠い遠い時代から言い継がれてきたはずです、生きてこの世に在る人間というものは定まりなきものであると。気の紛れることもあろうかと、里の人が私に教えてくれるには、山辺には桜の花が咲き散り、貌鳥(かおどり)がひきもきらずに鳴き立てている、その春の野で菫を摘むとて、まっ白な袖を折り返し、色鮮やかな赤裳の裾を引きながら、娘子たちは思い乱れつつ、あなたのお出ましを心待ちに待ち焦がれているということです。気がかりでなりません、さあ一緒に見に行きましょう。事はしっかりとお約束・・・・。(同上)

(注)さはる【障る】自動詞①妨げられる。邪魔される。②都合が悪くなる。用事ができる。(学研) 

(注)たまづさの【玉梓の・玉章の】分類枕詞:手紙を運ぶ使者は梓(あずさ)の枝を持って、これに手紙を結び付けていたことから「使ひ」にかかる。また、「妹(いも)」にもかかるが、かかる理由未詳。(学研)

(注)したおもひ【下思ひ】名詞:心中に秘めた思い。秘めた恋心。「したもひ」とも。(学研)

(注)かほとり【貌鳥・容鳥】名詞:鳥の名。未詳。顔の美しい鳥とも、「かっこう」とも諸説ある。「かほどり」とも。(学研)

(注)おもひみだる【思ひ乱る】自動詞:あれこれと思い悩む。(学研)

(注)うら【心】名詞:心。内心。(学研)

(注)こころぐし【心ぐし】形容詞:心が晴れない。せつなく苦しい。(学研)

(注)たな- 接頭語:動詞に付いて、一面に・十分になどの意を表す。「たな知る」「たな曇(ぐも)る」など。(学研)

(注)ことなたなゆひ:「ゆびきりげんまん」のような当時の呪文か。

 

◆夜麻夫枳波 比尓ゝゝ佐伎奴 宇流波之等 安我毛布伎美波 思久ゝゝ於毛保由

      (大伴池主 巻十七 三九七四)

 

≪書き下し≫山吹は日(ひ)に日(ひ)に咲きぬうるはしと我(あ)が思(も)ふ君はしくしく思ほゆ

 

(訳)山吹は日ごとに咲き揃います。すばらしいと私が思うあなたは、やたらしきりと思われてなりません。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)うるはし【麗し・美し・愛し】形容詞:①壮大で美しい。壮麗だ。立派だ。②きちんとしている。整っていて美しい。端正だ。③きまじめで礼儀正しい。堅苦しい。④親密だ。誠実だ。しっくりしている。⑤色鮮やかだ。⑥まちがいない。正しい。本物である。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)

 

 

◆和賀勢故迩 古非須敝奈賀利 安之可伎能 保可尓奈氣加布 安礼之可奈思母

        (大伴池主 巻十七 三九七五)

 

≪書き下し≫我が背子(せこ)に恋ひすべながり葦垣(あしかき)の外(ほか)に嘆かふ我(あれ)し悲しも

 

(訳)あなたに恋い焦がれてどうにもしようがないので、葦の垣根の外側に立って嘆くばかりの私、何とも悲しくてなりません。(同上)

(注)-がる 接尾語:〔名詞や形容詞・形容動詞の語幹に付いて動詞をつくる〕①…のように思う。「あやしがる」。②…のように振る舞う。「さかしがる」(学研)

(注)恋ひすべながり:すべもなく恋しがって                        

 

「三月五日 大伴宿祢池主」<三月の五日、大伴宿禰池主>

 

 この書簡と三首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その702)」で紹介している。

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■三九九三~三九九四歌■

題詞は、「敬和遊覧布勢水海賦一首幷一絶」<敬(つつし)みて布勢の水海(みずうみ)に遊覧する賦(ふ)に和(こた)ふる一首 幷(あは)せて一絶>である。

 

◆布治奈美波 佐岐弖知理尓伎 宇能波奈波 伊麻曽佐可理等 安之比奇能 夜麻尓毛野尓毛 保登等藝須 奈伎之等与米婆 宇知奈妣久 許己呂毛之努尓 曽己乎之母 宇良胡非之美等 於毛布度知 宇麻宇知牟礼弖 多豆佐波理 伊泥多知美礼婆 伊美豆河泊 美奈刀能須登利 安佐奈藝尓 可多尓安佐里之 思保美弖婆 都麻欲妣可波須 等母之伎尓 美都追須疑由伎 之夫多尓能 安利蘇乃佐伎尓 於枳追奈美 余勢久流多麻母 可多与理尓 可都良尓都久理 伊毛我多米 氐尓麻吉母知弖 宇良具波之 布勢能美豆宇弥尓 阿麻夫祢尓 麻可治加伊奴吉 之路多倍能 蘇泥布理可邊之 阿登毛比弖 和賀己藝由氣婆 乎布能佐伎 波奈知利麻我比 奈伎佐尓波 阿之賀毛佐和伎 佐射礼奈美 多知弖毛為弖母 己藝米具利 美礼登母安可受 安伎佐良婆 毛美知能等伎尓 波流佐良婆 波奈能佐可利尓 可毛加久母 伎美我麻尓麻等 可久之許曽 美母安吉良米々 多由流比安良米也

       (大伴池主 巻十七 三九九三)

 

≪書き下し≫藤波は 咲きて散りにき 卯(う)の花は 今ぞ盛りと あしひきの 山にも野にも ほととぎす 鳴きし響(とよ)めば うち靡(あび)く 心もしのに そこをしも うら恋(ごひ)しみと 思ふどち 馬打ち群(む)れて 携(たづさ)はり 出で立ち見れば 射水川(いづみがは) 港(みなと)の洲鳥(すどり) 朝なぎに 潟(かた)にあさりし 潮満てば 妻呼び交(かは)す 羨(とも)しきに 見つつ過ぎ行き 渋谿(しぶたに)の 荒礒(ありそ)の崎(さき)に 沖つ波 寄せ来(く)る玉藻(たまも) 片縒(かたよ)りに 蘰(かづら)に作り 妹(いも)がため 手に巻き持ちて うらぐはし 布勢の水海(みづうみ)に 海人(あま)舟(ぶね)に ま楫(かぢ)掻い貫(ぬ)き 白栲(しろたへ)の 袖(そで)振り返し 率(あども)ひて 我が漕(こ)

ぎ行けば 乎布(をふ)の崎 花散りまがひ 渚(なぎさ)には 葦鴨(あしがも)騒(さわ)き さざれ波 立ちても居(ゐ)ても 漕ぎ廻(めぐ)り 見れども飽(あ)かず 秋さらば 黄葉(もみち)の時に 春さらば 花の盛りに かもかくも 君がまにまと かくしこそ 見も明(あき)らめめ 絶ゆる日あらめや

 

(訳)“藤の花房は咲いてもう散ってしまった、卯の花は今がまっ盛りだ“とばかりに、あたりの山にも野にも時鳥(ほととぎす)がしきりに鳴き立てているので、思い靡く心もしおれればかりに時鳥の声が恋しくなって、心打ち解けた者同士馬に鞭打(むちう)ち相連れ立って出かけて来て目にやると、射水川の河口の洲鳥(すどり)、洲に遊ぶその鳥は、朝凪(あさなぎ)に干潟(ひがた)で餌(え)をあさり、夕潮が満ちて来ると妻を求めて呼び交わしている。心引かれはするものの横目に見て通り過ぎ、渋谷の荒磯の崎に沖の波が寄せてくる玉藻を、一筋縒(よ)りに縒って縵(かずら)に仕立て、いとしい人に見せるつとにもと手に巻きつけて、霊験あらたかなる布勢の水海で、海人の小舟に楫(かじ)を揃えて貫(ぬ)き出し、白栲の袖を翻しながら声かけ合って一同漕ぎ進んで行くと、乎布の崎には花が散り乱れ、波打際には葦鴨が群れ騒ぎ、さざ波立つというではないが、立って見ても坐(すわ)って見ても、あちこち漕ぎ廻って見ても、見飽きることがない。ああ、秋になったら黄葉(もみじ)の映える時に、また春がめぐってきたら花の盛りの時に、どんな時にでもあなたのお伴(とも)をして、今見るように思う存分眺めて楽しみたいものです。われらがこの地を顧みることが絶える日など、どうしてありましょう。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うち靡く:ただ一方に靡く(伊藤脚注)

(注)そこをしも:「そこ」は「卯の花は・・・鳴きにし響めば」をさす。(伊藤脚注)

(注)ともし【羨し】形容詞:①慕わしい。心引かれる。②うらやましい。(学研)ここでは①の意

(注)かたより【片縒り】名詞:片方の糸にだけよりをかけること。(学研)

(注の注)かたより:玉藻を一筋縒りに縒って。(伊藤脚注)

(注)うらぐはし【うら細し・うら麗し】形容詞:心にしみて美しい。見ていて気持ちがよい。すばらしく美しい。 ※「うら」は心の意。(学研)

(注)掻い貫く:「掻い」は接頭語。「貫く」は櫂を舷に貫き通して取り付けること。(伊藤脚注)

(注)あどもふ【率ふ】他動詞:ひきつれる。 ※上代語。(学研)

(注)乎布の﨑:布勢の海の東南にあった岬。(伊藤脚注)

(注)さざれなみ【細れ波】名詞:さざ波。 ➡参考 さざ波がしきりに立つことから「間(ま)無くも」「しきて」「止(や)む時もなし」などを導く序詞(じよことば)を構成することもある。(学研)

(注の注)さざれなみ【細れ波】分類枕詞:さざ波が立つことから「立つ」にかかる。(学研)ここでは枕詞として使われている。

(注)かもかくも 副詞:ああもこうも。どのようにも。とにもかくにも。(学研)

(注)あきらむ【明らむ】他動詞:①明らかにする。はっきりさせる。②晴れ晴れとさせる。心を明るくさせる。 ⇒注意 現代語の「あきらめる」は「断念する」意味だが、古語の「明らむ」にはその意味はない。(学研)

 

 

◆之良奈美能 与世久流多麻毛 余能安比太母 都藝弖民仁許武 吉欲伎波麻備乎

       (大伴池主 巻十七 三九九四)

 

≪書き下し≫白波の寄せ来る玉藻(たまも)世(よ)の間(あひだ)も継ぎて見に来(こ)む清き浜(はま)びを

 

(訳)白波が寄せて運んでくる玉藻、この美しい藻を、命あるかぎりずっと続けて見に来よう。この清らかな浜辺を。(同上)

 

左注は、「右掾大伴宿祢池主作  四月廿六日追和」<右は、掾(じよう)大伴宿禰池主作る。 四月の二十六日の追ひて和(こた)ひ>である。

■伝承歌三九九八歌■

題詞は、「四月廿六日掾大伴宿祢池主之舘餞税帳使守大伴宿祢家持宴歌并古歌四首」<四月の二十六日に、掾大伴宿禰池主が館(たち)にして、税帳使(せいちやうし)、守(かみ)大伴宿禰家持を餞(せん)する宴(うたげ)の歌、幷(あは)せて古歌四首>である。

 

題詞は、「石川朝臣水通橘歌一首」<石川朝臣水通(いしかはのあそみみみち)が橘の歌一首>である。

 

◆和我夜度能 花橘乎 波奈其米尓 多麻尓曽安我奴久 麻多婆苦流之美

       (石川水通 巻十七 三九九八)

 

≪書き下し≫我がやどの花橘を花ごめに玉にぞ我(あ)が貫く待たば苦しみ

 

(訳)我が家の庭の花橘、その橘を、まだ花のあるうちに、糸に通して私は薬玉にします。ただ待つだけでは苦しくてやりきれないので。(同上)

 

左注は、「右一首傳誦主人大伴宿祢池主云尓」<右の一首は、伝誦(でんしよう)して主人(あるじ)大伴宿禰池主しか云ふ>である。

 

 

■四〇〇三~四〇〇五歌■

四〇〇三から四〇〇五の歌群の題詞は、「敬和立山賦一首幷二絶」<敬(つつ)しみて立山(たちやま)の賦(ふ)に和(こた)ふる一首幷(あは)せて二絶>である。

(注)絶〘名〙: 短歌のこと。長歌を中国風に「賦(ふ)」というのに対する。また、接尾語的に、短歌を数えるのに用いる。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

◆阿佐比左之 曽我比尓見由流 可無奈我良 弥奈尓於婆勢流 之良久母能 知邊乎於之和氣 安麻曽ゝ理 多可吉多知夜麻 布由奈都登 和久許等母奈久 之路多倍尓 遊吉波布里於吉弖 伊尓之邊遊 阿理吉仁家礼婆 許其志可毛 伊波能可牟佐備 多末伎波流 伊久代経尓家牟 多知氐為弖 見礼登毛安夜之 弥祢太可美 多尓乎布可美等 於知多藝都 吉欲伎可敷知尓 安佐左良受 綺利多知和多利 由布佐礼婆 久毛為多奈眦吉 久毛為奈須 己許呂毛之努尓 多都奇理能 於毛比須具佐受 由久美豆乃 於等母佐夜氣久 与呂豆余尓 伊比都藝由可牟 加波之多要受波

         (大伴池主 巻十七 四〇〇三)

 

≪書き下し≫朝日さし そがひに見ゆる 神(かむ)ながら み名に帯(お)ばせる 白雲(しらくも)の 千重(ちへ)を押し別(わ)け 天(あま)そそり 高き立山(たちやま) 冬夏と 別(わ)くこともなく 白栲に 雪は降り置きて いにしへゆ あり来(き)にければ こごしかも 岩(いは)の神さび たまきはる 幾代(いくよ)経(へ)にけむ 立ちて居(ゐ)て 見れども異(あや)し 峰(みね)高(だか)み 谷を深みと 落ちたぎつ 清き河内(かふち)に 朝さらず 霧立ちわたり 夕されば 雲居(くもゐ)たなびき 雲居(くもゐ)なす 心もしのに 立つ霧の 思ひ過(す)ぐさず 行く水の 音もさやけく 万代(よろづよ)に 言ひ継(つ)ぎ行かむ 川し絶えずは

 

(訳)朝日がさして背をくっきり見せて聳(そび)える、神のままに御名を持っておられる、白雲の千重の重なりを押し分けて天空高くそそり立つ立山よ、この立山には冬夏といわず年中いつも、まっ白に雪は降り置いて、そのままの姿で古く遠い御代からあり続けてきたものだから、何とまあ嶮(けわ)しいしいことか、岩が神さびている、この神さび岩はいったい幾代を経たことであろう。立って見るにつけ坐(すわ)って見るにつけその神々しさは計り知れない。峰は高く谷は深々としているので、ほとばしり落ちる清らかな谷あいの流れに、朝ごとに霧が立ちわたり、夕方になると雲が一面にたなびく、その覆いわたる雲のように心畏(おそ)れつつ、その立ちわたる霧のように思いこめつつ、行く水の瀬音のさやけさそのままに、万代ののちまでも語り継いでゆこう。この川の絶えない限りは。(同上)

(注)そがひ【背向】名詞:背後。後ろの方角。後方。(学研)

(注)かむながら【神ながら・随神・惟神】副詞:①神そのものとして。②神のお心のままに。(学研)

(注)こごし 形容詞:凝り固まってごつごつしている。(岩が)ごつごつと重なって険しい。 ※上代語。(学研)

(注)たまきはる【魂きはる】分類枕詞:語義・かかる理由未詳。「内(うち)」や「内」と同音の地名「宇智(うち)」、また、「命(いのち)」「幾世(いくよ)」などにかかる。(学研)

(注)朝さらず:朝毎に。(さるは来るの意であるから、夜明け前には?)

 

 

◆多知夜麻尓 布理於家流由伎能 等許奈都尓 氣受弖和多流波 可無奈我良等曽      

(大伴池主 巻十七 四〇〇四)

 

≪書き下し≫立山に降り置ける雪の常夏(とこなつ)に消(け)ずてわたるは神(かむ)ながらとぞ

 

(訳)立山に降り置いている雪が、夏の真っ盛りに消えないままにあり続けるのは、この山の神の御心(みこころ)のままということなのだ。(同上)

 

◆於知多藝都 可多加比我波能 多延奴期等 伊麻見流比等母 夜麻受可欲波牟

        (大伴池主 巻十七 四〇〇五)

 

≪書き下し≫落ちたぎつ片貝川(かたかひがわ)の絶えぬごと今見る人もやまず通はむ

 

(訳)高い峰からほとばしり落ちる片貝川の絶えることのないように、今この神山を見る人も、この先ずっと絶えることなくこの地に通って来るであろう。(同上)

 

左注は、「右掾大伴宿祢池主和之 四月廿八日」<右は、掾(じよう)大伴宿禰池主和(こた)ふ。 四月の二十八日>である。

 

 この歌群についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その842)」で紹介している。

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■四〇〇八~四〇一〇歌■

題詞は、「忽見入京述懐之作生別悲兮断腸万廻怨緒難禁聊奉所心一首幷二絶」<たちまちに京に入らむとして懐(おもひ)を述ぶる作を見るに、生別(せいべつ)は悲しぐ、断腸(だんちやう)万廻(よろづたび)にして、怨緒(えんしよ)禁(とど)めかたし。いささかに所心(しよしん)を奉る一首幷(あは)せて二絶>である。

(注)えんしよ【怨緒】〔名〕: かなしい思い。うらみの心。(weblio辞書 精選版 日本国語大辞典

 

◆安遠邇与之 奈良乎伎波奈礼 阿麻射可流 比奈尓波安礼登 和賀勢故乎 見都追志乎礼婆 於毛比夜流 許等母安利之乎 於保伎美乃 美許等可之古美 乎須久尓能 許等登理毛知弖 和可久佐能 安由比多豆久利 無良等理能 安佐太知伊奈婆 於久礼多流 阿礼也可奈之伎 多妣尓由久 伎美可母孤悲無 於毛布蘇良 夜須久安良祢婆 奈氣可久乎 等騰米毛可祢氐 見和多勢婆 宇能婆奈夜麻乃 保等登藝須 祢能未之奈可由 安佐疑理能 美太流々許己呂 許登尓伊泥弖 伊波婆由遊思美 刀奈美夜麻 多牟氣能可味尓 奴佐麻都里 安我許比能麻久 波之家夜之 吉美賀多太可乎 麻佐吉久毛 安里多母等保利 都奇多々婆 等伎毛可波佐受 奈泥之故我 波奈乃佐可里尓 阿比見之米等曽

      (大伴池主 巻十七 四〇〇八)

 

≪書き下し≫あをによし 奈良を来離(きはな)れ 天離(あまざか)る 鄙(ひな)にはあれど 我が背子(せこ)を 見つつし居(を)れば 思ひ遣(や)る こともありしを 大君(おほきみ)の 命(みこと)畏(かしこ)み 食(を)す国の 事取り持ちて 若草の 足結(あゆ)ひ手作(たづく)り 群鳥(むらとり)の 朝立(あさだ)ち去(い)なば 後(おく)れたる 我(あ)れや悲しき 旅に行く 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを 留(とど)めもかねて 見わたせば 卯(う)の花山の 霍公鳥 音(ね)のみし泣かゆ 朝霧(あさぎり)の 乱るる心 言(こと)に出でて 言はばゆゆしみ 礪波山(となみやま) 手向(たむ)けの神に 幣(ぬさ)奉(まつ)り 我(あ)が祈(こ)ひ禱(の)まく はしけやし 君が直香(ただか)を ま幸(さき)くも ありた廻(もとほ)り 月立たば 時もかはさず なでしこが 花の盛りに 相見(あひみ)しめとぞ

 

(訳)あをによし奈良の都をあとにして来て、遠く遥かなる鄙(ひな)の地にある身であるけれど、あなたの顔さえ見ていると、故郷恋しさの晴れることもあったのに。なのに、大君の仰せを謹んでお受けし、御国(みくに)の仕事を負い持って、足ごしらえをし手甲(てつこう)をつけて旅装(たびよそお)いに身を固め、群鳥(むらとり)の飛びたつようにあなたが朝早く出かけてしまったならば、あとに残された私はどんなにか悲しいことでしょう。旅路を行くあなたもどんなにか私を恋しがって下さることでしょう。思うだけでも不安でたまらいので、溜息(ためいき)が洩(も)れるのも抑えきれず、あたりを見わたすと、彼方卯の花におう山の方で鳴く時鳥、その時鳥のように声張りあげて泣けてくるばかりです。たゆとう朝霧のようにかき乱される心、この心を口に出して言うのは縁起がよくないので、国境の礪波(となみ)の山の峠の神に弊帛(ぬさ)を捧(ささ)げて、私はこうお祈りします。「いとしいあなたの紛れもないお姿、そのお姿に、何事もなく時がめぐりめぐって、月が変わったなら時も移さず、なでしこの花の盛りには逢わせて下さい。」と。

(注)おもひやる【思ひ遣る】他動詞:①気を晴らす。心を慰める。②はるかに思う。③想像する。推察する。④気にかける。気を配る。(学研)ここでは①の意

(注)わかくさの【若草の】分類枕詞:若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などにかかる。(学研)

(注の注)「若草の」は「足結ひ」の枕詞。懸り方未詳。(伊藤脚注)

(注)あゆひ【足結ひ】名詞:古代の男子の服飾の一つ。活動しやすいように、袴(はかま)をひざの下で結んだ紐(ひも)。鈴・玉などを付けて飾りとすることがある。「あよひ」とも。(学研)

(注)てづくり【手作り】名詞:①手製。自分の手で作ること。また、その物。②手織りの布。(学研)

(注の注)足結ひ手作り:足首を紐で結び、手の甲を覆って。旅装束をするさま。(伊藤脚注)

(注)嘆かくを:嘆く心を。「嘆かく」は「嘆く」のク語法。(伊藤脚注)

(注)「見わたせば 卯(う)の花山の 霍公鳥」は季節の景物を用いた序。「音のみ泣く」を起こす。(伊藤脚注)

(注)ね【音】のみ泣(な)く:(「ねを泣く」「ねに泣く」を強めた語) ひたすら泣く。泣きに泣く。また、(鳥などが)声をたてて鳴く。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)あさぎりの【朝霧の】分類枕詞:朝霧が深くたちこめることから「思ひまどふ」「乱る」「おほ(=おぼろなようす)」などにかかる。(学研)

(注)礪波山:富山・石川県の境の山。倶利伽羅峠のある地。この地まで家持を見送るつもりでの表現。(伊藤脚注)

(注)「君が直香(ただか)を ま幸(さき)くも ありた廻(もとほ)り 月たてば」:あなたの紛れもないお姿に、何の不幸もなく時がずっとめぐって、の意か。(伊藤脚注)

 

 

 

◆多麻保許乃 美知能可未多知 麻比波勢牟 安賀於毛布伎美乎 奈都可之美勢余

      (大伴池主 巻十七 四〇〇九)

 

≪書き下し≫玉桙(たまほこ)の道の神たち賄(まひ)はせむ我(あ)が思ふ君をなつかしみせよ

 

(訳)長い道のりの神さま方、お供えは充分に致します。私がこれほど案じている方なのですから、どうかこの方を影身(かげみ)離れず守って下さい。(同上)

(注)賄(まひ):お供え、謝礼(伊藤脚注)

(注)なつかしみ:(形容詞「なつかしい」の語幹に、「み」の付いたもの。→み)① …に心がひかれるので。…が好ましくて。…がゆかしさに。なつかしび。② 心ひかれるさまに。大切に。なつかしび。(weblio辞書 精選版 日本国語大辞典)ここでは②の意

 

 

◆宇良故非之 和賀勢能伎美波 奈泥之故我 波奈尓毛我母奈 安佐奈ゝゝ見牟

      (大伴池主 巻十七 四〇一〇)

 

≪書き下し≫うら恋(ごひ)し我が背(せ)の君はなでしこが花にもがもな朝(あさ)な朝(さ)な見む

 

(訳)ああお慕わしい、そのあなたはいっそなでしこででもあればよいのに。そしたら毎朝毎朝見られるだろうに。(同上)

(注)うらこひし【うら恋し】形容詞:何となく恋しい。心ひかれる。慕わしい。「うらごひし」とも。 ※「うら」は心の意。(学研)

(注)あさなあさな【朝な朝な】副詞:朝ごとに。毎朝毎朝。「あさなさな」とも。[反対語] 夜(よ)な夜な。(学研)

 

左注は、「右大伴宿祢池主報贈和歌 五月二日」<右は大伴宿禰池主が報(こた)へて贈りて和(こた)ふる歌 五月の二日>である。

 

 この歌群についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1351~1353)」で紹介している。

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■書簡ならびに四〇七三~四〇七五歌■

 四〇七三から四〇七五歌は書簡に添えられた歌である。

 

書簡をみてみよう。

 

「以今月十四日到来深見村 望拜彼北方常念芳徳 何日能休 兼以隣近忽増戀 加以先書云 暮春可惜 促膝未期 生別悲兮 夫復何言臨紙悽断奉状不備   三月一五日大伴宿祢池主」<今月の十四日をもちて、深見(ふかみ)の村に到来し、その北方を望拜す。常に芳徳を念ふこと、いづれの日にか能(よ)く休(や)すまむ。兼ねて隣近(りんきん)にあるをもちて、たちまちに恋緒を増す。しかのみにあらず、先の書に云はく、「暮春惜しむべし、膝(ひざ)を促(ちかづ)くることいまだ期(ご)せず。生別は悲しび、それまたいかにか言はむ」と。紙に臨(のぞ)みて悽断(せいだん)し、状を奉ること不備。   三月の十五日、大伴宿禰池主>である。

(注)深見の村:石川県河北郡津幡町付近。越中との国境の郡で、越中国府は間近。(伊藤脚注)

(注)その北方:深見の北方。越中国府の方向。(伊藤脚注)

(注)兼ねて:その上ここは。(伊藤脚注)

(注)ごす【期す】他動詞:①予期する。期待する。②心積もりをする。予定する。③覚悟する。心に決める。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注)【悽断】せいだん:きわめてかなしい。悽切。(コトバンク 平凡社「普及版 字通」)

 

四〇七三歌のサブタイトルは「一 古人云」<一 古人云はく>である。

 

◆都奇見礼婆 於奈自久尓奈里 夜麻許曽婆 伎美我安多里乎 敝太弖多里家礼

       (大伴池主 巻十八 四〇七三)

 

≪書き下し≫月見れば同じ国なり山こそば君があたりを隔てたりけれ

 

(訳)月を見ていると、同じ一つ月の照らす国です。なのに、山は、あなたの住んでいらっしゃるあたりを、遮っていたりして・・・。(同上)

 

 

◆櫻花 今曽盛等 雖人云 我佐不之毛 支美止之不在者

       (大伴池主 巻十八 四〇七四)

 

≪書き下し≫桜花(さくらばな)今ぞ盛りと人は言へど我れは寂(さぶ)しも君としあらねば

 

(訳)桜の花、それは今がまっ盛りだと人は言いますが、私の心はさびしくて仕方がありません。あなたとご一緒ではないので。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌のサブタイトルは「一 属物発思」<一 属物発思(しよくぶつはつし)>である。

(注)属物発思:見聞きする物に応じて触発された思いを述べる。(伊藤脚注)

 

 

◆安必意毛波受 安流良牟伎美乎 安夜思苦毛 奈氣伎和多流香 比登能等布麻泥

       (大伴池主 巻十八 四〇七五)

 

≪書き下し≫相(あひ)思(おも)はずあるらむ君をあやしくも嘆きわたるか人の問ふまで

 

(訳)私のことなど思っていて下さりそうにもないあなたなのに、何とまあ我ながら不思議と嘆きつづけています。人がいぶかり問うほどに。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あやし【怪し・奇し】形容詞:①不思議だ。神秘的だ。②おかしい。変だ。③みなれない。もの珍しい。④異常だ。程度が甚だしい。(思わず熱中して)異常なほど、狂おしい気持ちになるものだ。◇「あやしう」はウ音便。⑤きわめてけしからぬ。不都合だ。⑥不安だ。気がかりだ。 ◇「あやしう」はウ音便。(学研)ここでは①の意

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1370)」で紹介している。

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■四一二八~四一三一歌■

題詞は、「越前國掾大伴宿祢池主来贈戯歌四首」<越前(こしのみちのくち)の国の掾(じよう)大伴宿禰池主が来贈(きこ)する戯歌(ざか)四首>である。

 

◆書簡

「忽辱恩賜 驚欣已深 心中含咲獨座稍開 表裏不同相違何異 推量所由率尓作策歟 明知加言豈有他意乎 凡貿易本物其罪不軽 正贓倍贓宜急并満 今勒風雲發遣徴使 早速返報不須延廻」

 

≪書簡の書き下し≫たちまちに恩賜(おんし)を辱(かたじけな)みし、驚欣(きやうきん)すでに深し。心中笑(えみ)を含(ふふ)み、独り座してやくやくに開(ひら)けば、表裏同じきことあらず。相違何(なに)しかも異なる。所由(ゆゑよし)を推量(おしはか)るに、いささめに策をなせるか。明らかに知りて言を加ふること、あに他意(あたこころ)あらめや。凡(およ)そ本物(ほんもつ)を貿易(ぼうえき)するとは、その罪軽(かろ)きことあらず。正贓倍贓(せいさうはいさう)、急(すむや)けく幷満(へいまん)すべし。今し風雲を勒(ろく)して、徴使(ちようし)を発遣す。早速(さうそく)に返報せよ、延廻(えんくわい)すべくあらず>である。

(注)おんし【恩賜】名詞:天皇・主君から物をいただくこと。また、その物。(学研)

(注の注)ここの「恩賜」は、家持が池主に贈った小包。(伊藤脚注)

(注)やくやく【漸漸】[副]:《「ようやく」の古形》だんだん。しだいに。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)表裏同じきことあらず:表書きと中身が違う。(伊藤脚注)

(注)いささめに 副詞:かりそめに。いいかげんに。(学研)

(注)明らかに知りて言を加ふること:そうだとはっきり知ったうえで一言申しあげるのは。(伊藤脚注)

(注)貿易するとは:他の物と取り替えるのは。(伊藤脚注)

(注)しやうざわ【正贓】〘名〙 (「贓」は、不正な方法で物品を自分の所有とした物) 盗品そのもの。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)倍贓:盗品をさらに盗んだ者から取り立てる倍額の賠償。(伊藤脚注)

(注)幷満:合算して徴収すること。(伊藤脚注)

(注)ろくす【勒す】〔他サ変〕:①おさえる。制御する。②とりしまる。すべる。統御する。整理する。③彫る。刻む。ほりつける。また、書き留める。(広辞苑無料検索)

(注の注)風雲を勒して:便りを伝えてくれる風や雲を統御して。書を送っての意。(伊藤脚注)

(注)早速に返報せよ、延廻すべくあらず:裁判所の命令書の決まり文句。(伊藤脚注)

 

 

サブ題詞は、「勝寶元年十一月十二日 物所貿易下吏 謹訴貿易人断官司 廳下  別白可怜之意不能黙止 聊述四詠准擬睡覺」<勝宝(しようほう)元年の十一月の十二日物の貿易せらえたる下吏(げり)謹みて貿易人を断官司(だんくわんし)の庁下に訴(うれ)ふ。別に白(まを)さく、可怜(かれん)の意(こころ)、黙止(もだ)をること能(あた)はず。いささかに四詠を述べ、睡覚(すいかく)に准擬(しゆんぎ)せむと。

(注)勝宝元年:749年

(注)物の貿易せらえたる下吏:品物を取り替えられた下役人(伊藤脚注)

(注)断官司:国府の裁判所。(伊藤脚注)断罪行為を掌る官司。

(注)庁下:官吏に対する敬称。(伊藤脚注)

(注)可怜の意:おもしろいと思う心。(伊藤脚注)

(注)すいかく【睡覚】:眠りからさめる。(コトバンク 平凡社普及版 字通)

(注)じゅんぎ【準擬・准擬】〘名〙: あるものを基準にしてそれにならうこと。また、仮に他のものに見たてること。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 

◆久佐麻久良 多比<乃>於伎奈等 於母保之天 波里曽多麻敝流 奴波牟物能毛賀

       (大伴池主 巻十八 四一二八)

 

≪書き下し≫草枕(くさまくら)旅の翁(おきな)と思ほして針(はり)ぞ賜へる縫はむ物もが

 

(訳)事もあろうにこの私を旅の翁と思(おぼ)し召して、この針を賜ったのですね。せめて何か縫う物でもあればよいのですが。(同上)

(注)旅の翁(おきな)ならぬ池主の所に届いた物は、針袋。(伊藤脚注)

 

 

◆芳理夫久路 等利安宜麻敝尓於吉 可邊佐倍波 於能等母於能夜 宇良毛都藝多利

       (大伴池主 巻十八 四一二九)

 

≪書き下し≫針袋取り上げ前に置き返さへばおのともおのや裏(うら)も継(つ)ぎたり

 

(訳)頂いた針袋、それを、手に取り上げては眺め前に置いては眺め、さて裏返して見ると、おやまあ何ということか、裏地まで付いております。(同上)

(注)おのともおのや裏も継ぎたり:何とまあ裏地までついている。いかにも老人向きの袋と、大袈裟にほめた歌。「おの」は驚きを表す感動詞。(伊藤脚注)

 

 

◆波利夫久路 應婢都々氣奈我良 佐刀其等邇 天良佐比安流氣騰 比等毛登賀米授

       (大伴池主 巻十八 四一三〇)

 

≪書き下し≫針袋帯(お)び続(つつ)けながら里ごとに照らさひ歩けど人もとがめず

 

(訳)裏地まで付いた針袋、このいかつい袋を、腰につけたまま、里という里を見せびらかして歩き廻っても、誰一人として旅の翁とは見とがめてくれません。(同上)

(注)てらさふ【衒さふ】他動詞:「てらふ」に同じ。 ※動詞「て(照)らす」の未然形に、反復継続の助動詞「ふ」がついて、一語化したもの。(学研)

(注の注)てらふ【衒ふ】他動詞:誇示する。自慢する。ひけらかす。(学研)

(注)照らさひ歩けど人もとがめず:見せびらかして歩き廻っても、誰も旅の翁と見てはくれぬ。前歌の「針袋」を承け、里では似合ぬとからかった歌。(伊藤脚注)

 

 

◆等里我奈久 安豆麻乎佐之天 布佐倍之尓 由可牟等於毛倍騰 与之母佐祢奈之

       (大伴池主 巻十八 四一三一)

 

≪書き下し≫鶏(とり)が鳴く東(あづま)をさしてふさへしに行(ゆ)かむと思へどよしもさねなし

 

(訳)こんなことなら、遠い鄙の国東(あずま)の国でも目指して、この針袋に似合った旅をしに行こうと思うのですが、まったくそのきっかけもありません。(同上)

(注)ふさふ【相応ふ】自動詞:つりあう。相応する。調和する。(学研)

 

 

左注は、「右歌之返報歌者脱漏不得探求也」「右の歌の返し報(こた)ふる歌は、者脱漏(だつろう)不得探(たづ)ね求むること得ず>である。

 

 

 

■四一三二~四一三三歌■

題詞は、「更来贈歌二首」<さらに来贈(おこ)する歌二首>である。

(注)池主が家持に更によこした歌。(伊藤脚注)

 

◆書簡

依迎驛使事今月十五日到来部下加賀郡境 面蔭見射水之郷戀緒結深海之村 身異胡馬心悲北風 乗月徘徊曽無所為 稍開来封其辞 云々者 先所奉書返畏度疑歟 僕作嘱羅且悩使君 夫乞水得酒従来能口 論時合理何題強吏乎 尋誦針袋詠詞泉酌不渇 抱膝獨咲能蠲旅愁 陶然遣日何慮何思 短筆不宣

 

≪書簡書き下し≫駅使(はゆまづかひ)を迎ふる事によりて、今月の十五日に、部下の加賀(かが)の郡(こほり)の境に到来す。面蔭(おもかげ)に射水(いみづ)の郷(さと)を見、恋緒(れんしよ)深見(ふかみ)の村に結(むす)ぼほる。身は胡馬(こば)に異(こと)なれども、心は北風(ほくふう)に悲しぶ。月に乗じて徘徊(たもとほ)れども、かつて為すところなし。やくやくに来封(らいふう)を開くに、その辞云々(しかしか)とあれば、先に奉る書、返りて畏(おそ)るらくは疑ひに度(わた)れるかと。僕(わ)れ羅(ら)を嘱(しよく)することをなし、かつがつ使君(しくん)を悩ます。それ水を乞(こ)ひて酒を得るはもとより能(よ)き口なり。時を論じて理(ことはり)に合はば、何(なに)せむに強吏(がうり)と題(しる)さむや。尋(つ)ぎて針袋の詠を誦(よ)むに、詞泉(しせん)酌(く)めども渇(つ)きず。膝(ひざ)を抱(むだ)き独り笑(ゑ)み、よく旅の愁(うれへ)を蠲(のぞ)く。陶然に日を遣(おく)り、何をか慮(はか)らむ、何をか思はむ。短筆不宣(たんぴつふせん)

 勝宝元年の十二月の十五日物を徴(はた)りし下司(げし) 謹上 不伏使君(ふふくのしくん)記室]

(注)むすぼほる【結ぼほる】自動詞:①(解けなくなるほど、しっかりと)結ばれる。からみつく。②(露・霜・氷などが)できる。③気がふさぐ。くさくさする。④関係がある。縁故で結ばれる。(学研)ここでは③の意

(注)胡馬:「胡」は中国北方の国。越前の北の越中をなぞらえる。(伊藤脚注)

(注)ら【羅】[音]ラ[訓]うすぎぬ:うすぎぬ。「羅衣/綺羅きら・軽羅・綾羅りょうら・一張羅」(コトバンク デジタル大辞泉

(注)羅(ら)を嘱(しよく)することをなし:羅(うすもの)を欲しいとお願いして。

伊藤脚注)

(注)使君:中国の地方官。ここでは越中守家持。(伊藤脚注)

(注)時を論じて理(ことはり)に合はば、何(なに)せむに強吏(がうり)と題(しる)さむや:処置が私利のためでなく時宜に適っているなら、法に反していても何で暴史などと呼ぼう。(伊藤脚注)

(注)尋(つ)ぎて:繰り返し(伊藤脚注)

(注)何をか慮(はか)らむ:何の思い悩むこともない。(伊藤脚注)

(注)たんぴつ【短筆】〘名〙 文章や文字のへたなこと。また、つたない文章や筆跡。拙筆。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)ふせん【不宣】〘名〙 (述べ尽くさないの意) 手紙の本文の末尾に用いる語。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)物を徴(はた)りし下司(げし):物を無心した下役人より。(伊藤脚注)

(注)不伏使君(ふふくのしくん):人に伏せぬ国守殿、御許に。「記室」は書記。侍史・机下の類。(伊藤脚注)

 

 

サブ題詞は、「別奉云々 歌二首」<別に奉る云々(しかしか) 歌二首>である。

 

◆多々佐尓毛 可尓母与己佐母 夜都故等曽 安礼波安利家流 奴之能等乃度尓

       (大伴池主 巻十八 四一三二)

 

≪書き下し≫縦(たた)さにもかにも横さも奴(やつこ)とぞ我(あ)れはありける主(ぬし)の殿戸(とのど)に

 

(訳)縦の関係からしても、横の関係からしても、とにかくどこから見ても奴も奴という者なので、私はありました。ご主人様のお館(やかた)の外に控えて。(同上)

(注)縦:家持との関係が縦であった時。越中掾時代。(伊藤脚注)

(注)横:家持との関係が横である今。(伊藤脚注)

(注)主(ぬし)の殿戸(とのど)に:ご主人様のお館の外に控えて。戯れに服従を誓う歌。(伊藤脚注)

 

 

◆波里夫久路 己礼波多婆利奴 須理夫久路 伊麻波衣天之可 於吉奈佐備勢牟

       (大伴池主 巻十八 四一三三)

 

≪書き下し≫針袋(はりぶくろ)これは賜(たば)りぬすり袋(ぶっくろ)今は得てしか翁(おきな)さびせむ

(注)すり袋:未詳。老人の日常生活に必須の手周り品か。(伊藤脚注)

(注)翁(おきな)さびせむ:翁らしく振る舞うことにしよう。奴である証拠に、先便の「針袋」の件を受け入れ、「翁」であることも認めて、鉾を収めた歌。(伊藤脚注)

 

 

■四二九五歌■

題詞は、「天平勝寶五年八月十二日二三大夫等各提壷酒 登高圓野聊述所心作歌三首」<天平勝宝五年の八月の十二日に、二三(ふたりみたり)の大夫等(まへつきみたち)、おのもおのも壺酒(こしゅ)を提(と)りて高円(たかまと)の野(の)に登り、いささかに所心(おもひ)を述べて作る歌三首>である。

 

◆多可麻刀能 乎婆奈布伎故酒 秋風尓 比毛等伎安氣奈 多太奈良受等母

       (大伴池主 巻二十 四二九五)

 

≪書き下し≫高円の尾花(をばな)吹き越す秋風に紐(ひも)解き開けな直ならずとも

 

(訳)高円の野のすすきの穂を靡かせて吹きわたる秋風、その秋風に、さあ着物の紐を解き放ってくつろごうではありませんか。いい人にじかに逢(あ)うのではなくても。(同上)

(注)直ならずとも:直接恋人にあうのではなくても。(伊藤脚注)

 

左注は、「右一首左京少進大伴宿祢池主」<右の一首は左京少進(さきやうのせうしん)大伴宿禰池主

(注)左京少進:左京職の三等官。正七位上相当。七月頃、越前から帰任していたらしい。この宴は池主歓迎を兼ねているのか。(伊藤脚注)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1443)」で紹介している。

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■四三〇〇歌■

題詞は、「六年正月四日氏族人等賀集于少納言大伴宿祢家持之宅宴飲歌三首」<六年の正月の四日に、氏族(うぢうがら)の人等(ひとたち)、少納言大伴宿禰家持が宅(いへ)に賀(ほ)き集(つど)ひて宴飲する歌三首>である。

(注)天平勝宝六年:754年

 

◆可須美多都 春初乎 家布能其等 見牟登於毛倍波 多努之等曽毛布

       (大伴池主 巻二十 四三〇〇)

 

≪書き下し≫霞立(かすみた)つ春の初めを今日(けふ)のごと見むと思へば楽しとぞ思(も)ふ

 

(訳)霞の立ちこめる春の初めのこの佳(よ)き日、行く先々も毎年、今日のようにお会いできるかと思うと、楽しうございます。(同上)

 

左注は、「右一首左京少進大伴宿祢池主」<右の一首は左京少進(さきやうのせうしん)大伴宿禰池主>である。

 

 

■四四五九歌■

題詞は、「天平勝寶八歳丙申二月朔乙酉廿四日戌申 太上天皇大后幸行於河内離宮      経信以壬子傳幸於難波宮也 三月七日於河内國伎人郷馬國人之家宴歌三首」<天平勝宝(てんびやうしようほう)八歳丙申(ひのえさる)二月の朔(つきたち)乙酉(きのととり)の二十四日戌申(つちのえさる)に、太上天皇、大后、於河内(かふち)の離宮(とつみや)に幸行(いでま)し、経信以壬子(ふたよあまりみづのえね)をもちて難波(なには)の宮に伝幸(いでま)す。三月の七日に、於河内の国伎人(くれ)の郷(さと)の馬国人(うまのくにひと)の家にして宴(うたげ)する歌三首>である。

 

◆蘆苅尓 保里江許具奈流 可治能於等波 於保美也比等能 未奈伎久麻泥尓

       (大伴池主 巻二十 四四五九)

 

≪書き下し≫葦刈(あしか)りに堀江(ほりえ)漕(こ)ぐなる楫(かぢ)の音(おと)は大宮人(おほみやひと)の皆(みな)聞くまでに

 

(訳)葦を刈り取るために堀江を漕ぐ櫂(かい)の音、その音は、この大宮の内にいる誰もが聴き耳を立てるほど間近に聞こえてくる。(同上)

 

左注は、「右一首式部少丞大伴宿祢池主讀之 即兵部大丞大原真人今城 先日他所讀歌者也」<右の一首は、式部少丞(しきぶのせうじよう)大伴宿禰池主読む。すなはち云はく、「兵部大丞(ひやうぶのせうじよう)大原真人今城 、先(さき)つ日(ひ)に他(あた)し所にして読む歌ぞ」といふ>である。

(注)三月一日に太上天皇の堀江行幸があった。その折の読誦歌か。(伊藤脚注)

 

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1771)」で紹介している。

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 この馬国人の宴が、家持と池主が同席した最後の宴のようである。家持と池主は、橘奈良麻呂の変への対応で袂を分かったのである。

 天平勝宝八年(756年)十一月二十三日に、式部少丞(しきぶのせうじよう)大伴宿禰池主が宅(いへ)に集(つど)ひ飲宴(うたげ)をしているのであるが、この集いに誰が参加したのかは不明である。家持が「族(やから)を喩す歌」(四四六五歌)を詠んだのが同年六月一七日であるから、藤原氏一族との対峙の緊張感はピークに達している頃である。この時期、宴にあって反仲麻呂の話題が出ないはずはない。しかし、家持の歌どころか池主の歌も収録されていないのである。

 しかも家持の幼馴染で、これまでみてきたような歌のやり取りを頻繁に行い万葉集にも数多く収録されている大伴池主の名前はこれ以降万葉集から消える。

さらに池主は奈良麻呂の変に連座し歴史からも名を消したのである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 平凡社『普及版 字通』」

★{コトバンク デジタル大辞泉

★「コトバンク 三省堂 大辞林 第三版」

★「goo辞書」

★「広辞苑無料検索」

★「三滝自然公園 万葉の道」 (せいよ城川観光協会