万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1370)―福井県越前市 万葉の里味真野苑(12)―万葉集 巻十八 四〇七四

●歌は、「桜花今ぞ盛りと人は言へど我れは寂しもきみとしあらねば」である。

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福井県越前市 万葉の里味真野苑(12)万葉歌碑<プレート>(大伴池主)

●歌碑(プレート)は、福井県越前市 万葉の里味真野苑(12)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

 四〇七三から四〇七五歌の題詞は、「越前國掾大伴宿祢池主来贈歌三首」<越前(こしのみちのくち)の国の掾(じよう)大伴宿禰池主が来贈(おこ)する歌三首>である。

 

◆櫻花 今曽盛等 雖人云 我佐不之毛 支美止之不在者

       (大伴池主 巻十八 四〇七四)

 

≪書き下し≫桜花(さくらばな)今ぞ盛りと人は言へど我れは寂(さぶ)しも君としあらねば

 

(訳)桜の花、それは今がまっ盛りだと人は言いますが、私の心はさびしくて仕方がありません。あなたとご一緒ではないので。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌のサブタイトルは「一 属物発思」<一 属物発思(しよくぶつはつし)>である。

(注)属物発思:見聞きする物に応じて触発された思いを述べる。(伊藤脚注)

 

 四〇七三から四〇七五歌は書簡に添えられた歌である。

書簡をみてみよう。

「以今月十四日到来深見村 望拜彼北方常念芳徳 何日能休 兼以隣近忽増戀 加以先書云 暮春可惜 促膝未期 生別悲兮 夫復何言臨紙悽断奉状不備   三月一五日大伴宿祢池主」<今月の十四日をもちて、深見(ふかみ)の村に到来し、その北方を望拜す。常に芳徳を念ふこと、いづれの日にか能(よ)く休(や)すまむ。兼ねて隣近(りんきん)にあるをもちて、たちまちに恋緒を増す。しかのみにあらず、先の書に云はく、「暮春惜しむべし、膝(ひざ)を促(ちかづ)くることいまだ期(ご)せず。生別は悲しび、それまたいかにか言はむ」と。紙に臨(のぞ)みて悽断(せいだん)し、状を奉ること不備。   三月の十五日、大伴宿禰池主>である。

(注)深見の村:石川県河北郡津幡町付近。越中との国境の郡で、越中国府は間近。(伊藤脚注)

(注)その北方:深見の北方。越中国府の方向。(伊藤脚注)

(注)兼ねて:その上ここは。(伊藤脚注)

(注)ごす【期す】他動詞:①予期する。期待する。②心積もりをする。予定する。③覚悟する。心に決める。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注)【悽断】せいだん:きわめてかなしい。悽切。(コトバンク 平凡社「普及版 字通」)

 

 他の二首もみてみよう。

 

四〇七三歌のサブタイトルは「一 古人云」<一 古人云はく>である。

 

◆都奇見礼婆 於奈自久尓奈里 夜麻許曽婆 伎美我安多里乎 敝太弖多里家礼

       (大伴池主 巻十八 四〇七四)

 

≪書き下し≫月見れば同じ国なり山こそば君があたりを隔てたりけれ

 

(訳)月を見ていると、同じ一つ月の照らす国です。なのに、山は、あなたの住んでいらっしゃるあたりを、遮っていたりして・・・。(同上)

 

 巻十一 二四二〇歌に似ている。二四二〇歌もみておこう。

 

◆月見 國同 山隔 愛妹 隔有鴨

      (作者未詳 巻十一 二四二〇)

 

≪書き下し≫月見れば国は同(おな)じぞ山(やま)へなり愛(うつく)し妹(いも)はへなりてあるかも

 

(訳)月を見れば、一つ月の照らす同じ国だ。なのに、山が遮って、私のいとしいあの子はその向こうに隔てられてしまっている。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)へなる【隔る】自動詞:隔たっている。離れている。(学研)

 

 この歌を踏まえて、池主は「古人云はく」としたのであろう。

 

 

◆安必意毛波受 安流良牟伎美乎 安夜思苦毛 奈氣伎和多流香 比登能等布麻泥

       (大伴池主 巻十八 四〇七五)

 

≪書き下し≫相(あひ)思(おも)はずあるらむ君をあやしくも嘆きわたるか人の問ふまで

 

(訳)私のことなど思っていて下さりそうにもないあなたなのに、何とまあ我ながら不思議と嘆きつづけています。人がいぶかり問うほどに。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あやし【怪し・奇し】形容詞:①不思議だ。神秘的だ。②おかしい。変だ。③みなれない。もの珍しい。④異常だ。程度が甚だしい。(思わず熱中して)異常なほど、狂おしい気持ちになるものだ。◇「あやしう」はウ音便。⑤きわめてけしからぬ。不都合だ。⑥不安だ。気がかりだ。 ◇「あやしう」はウ音便。(学研)ここでは①の意

 

 この池主の三月十五日の書簡ならびに歌に対して家持は三月十六日に、サブタイトルごとの歌を作り池主に贈っている。

 

 題詞は、「越中(こしのみちのなか)の国の守(かみ)大伴家持、報(こた)へ贈る歌四首」である。

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その936)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 四〇七三から四〇七五歌の題詞にあるように、池主はこの時は「越前国の掾」に転任していたのである。そして、管内の加賀郡深見村を訪れる機会があり、越中国府のある北方を望み、家持に歌を贈ったのである。

 

 四〇七四歌「桜花(さくらばな)今ぞ盛りと人は言へど我れは寂(さぶ)しも君としあらねば(池主)」に対して、家持は、池主が越中国の掾であった時に住んでいた「兼ねて遷任したる旧宅(きうたく)の西北(いぬゐ)の隅の桜樹(あうじゆ)」を詠んだ四〇七七歌「吾が背子(せこ)が古き垣内(かきつ)の桜花いまだふふめり一目(ひとめ)見に来(こ)ね(家持)」を贈っているのである。

 

 家持と池主との関係について、藤井一二氏は、その著「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」(中公新書)の中で。「家持と池主の関係は、池主の越中・越前在任期を通して変わることはなかった。家持の生活にとって、池主と越中時代を共にしたことは、歌作の研鑽にも大きな意味をもったはずである。」と書かれている。

 

 池主と家持の親交ぶりについては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1021)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 平凡社「普及版 字通」