万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2403)―

■さねかずら■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「さね葛後も逢はむと夢のみにうけひわたりて年は経につつ」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(柿本人麻呂歌集) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆核葛 後相 夢耳 受日度 年經乍

      (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四七九)

 

≪書き下し≫さね葛(かづら)後(のち)も逢はむと夢(いめ)のみにうけひわたりて年は経(へ)につつ

 

(訳)さね葛(かずら)が延びて行ってあとで絡まり合うように、のちにでも逢おうと、夢の中ばかりで祈りつづけているうちに、年はやたら過ぎてゆく。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)さねかづら【真葛】分類枕詞:さねかずらはつるが分かれてはい回り、末にはまた会うということから、「後(のち)も逢(あ)ふ」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)うけふ【誓ふ・祈ふ】自動詞:①神意をうかがう。②神に祈る。③のろう。(学研)ここでは②の意

(注)わたる【渡る】補助動詞:〔動詞の連用形に付いて〕①一面に…する。広く…する。②ずっと…しつづける。絶えず…する。(学研)

 

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感想(1件)

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1308)」で紹介している。

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 「さなかずら」については、「万葉神事語辞典(國學院大學デジタルミュージアム)」に、「モクレン科の常緑蔓性灌木ビナンカヅラ(南五味子)を指す。サネカヅラとも。『新撰字鏡』には『希望己 佐奈葛』とある。美男桂野名の由来は、当該の植物からとった粘液が整髪料として用いられたことから『美男葛』の別名がついたという。万葉集では、その植物の性質を比喩として用いている枕詞や序詞の例が多い。蔓状に伸びた茎が縄のようにからまる様子を『さね葛後も逢はむと』(2-207、11-2479他)といい、長く伸びる様から『遠長く』(13-3288)や『ありさりて』(12-3070)といった語にかかる。なお、南五味子は赤い、小さな果実の味が『酸』『塩』『甘』『苦』『辛』の五味を供えているところからついた名であり、鎮咳・強壮薬として用いられる。富士信仰では、開祖が修行中に神の使いである猿から与えられた木の実としてこれを神聖視する。」と書かれている。

 「万葉神事語辞典」に上げられている歌についてみてみよう。

 

■二〇七歌■

◆天飛也 軽路者 吾妹兒之 里尓思有者 懃 欲見騰 不己行者 人目乎多見 真根久往者 人應知見 狭根葛 後毛将相等 大船之 思憑而 玉蜻 磐垣渕之 隠耳 戀管在尓 度日乃 晩去之如 照月乃 雲隠如 奥津藻之 名延之妹者 黄葉乃 過伊去等 玉梓之 使乃言者 梓弓 聲尓聞而<一云、聲耳聞而> 将言為便 世武為便不知尓 聲耳乎 聞而有不得者 吾戀 千重之一隔毛 遣悶流 情毛有八等 吾妹子之 不止出見之 軽市尓 吾立聞者 玉手次 畝火乃山尓 喧鳥之 音母不所聞 玉桙 道行人毛 獨谷 似之不去者 為便乎無見 妹之名喚而 袖曽振鶴<或本、有謂之名耳聞而有不得者句>

        (柿本人麻呂 巻二 二〇七)

 

≪書き下し≫天飛ぶや 軽(かる)の道(みち)は 我妹子(わぎもこ)が 里にしあれば ねもころに 見まく欲(ほ)しけど やまず行(ゆ)かば 人目(ひとめ)を多み 數多(まね)く行かば 人知りぬべみ さね葛(かずら) 後(のち)も逢はむと 大船(おほぶね)の 思ひ頼みて 玉ざかる 岩垣淵(いはかきふち)の 隠(こも)りのみ 恋ひつつあるに 渡る日の 暮れ行くがごと 照る月の 雲隠(がく)るごと 沖つ藻の 靡(なび)きし妹(いも)は 黄葉(もみぢば)の 過ぎてい行くと 玉梓(たまづさ)の 使(つかひ)の言へば 梓弓(あずさゆみ) 音(おと)に聞きて<一には「音のみ聞きて」といふ> 言はむすべ 為(せ)むすべ知らに 音(おと)のみを 聞きてありえねば 我(あ)が恋ふる 千重(ちへ)の一重(ひとへ)も 慰(なぐさ)もる 心もありやと 我妹子(わぎもこ)が やまず出で見し 軽(かる)の市(いち)に 我(わ)が立ち聞けば 玉たすき 畝傍(うねび)の山に 鳴く鳥の 声も聞こえず 玉鉾(たまぼこ)の 道行く人も ひとりだに 似てし行かねば すべをなみ 妹(いも)が名呼びて 袖ぞ振りつる<或本には「名のみ聞きてありえねば」といふ句あり>

 

(訳)軽(かる)の巷(ちまた)は我がいとしい子のいる里だ、だから通いに通ってよくよく見たいと思うが、休みなく行ったら人目につくし、しげしげ行ったら人に知られてしまうので、今は控えてのちのちにと先を頼みにして、岩で囲まれた淵のようにひっそりと思いを秘めて恋い慕ってばかりいたところ、あたかも、空を渡る日が暮れてゆくように、夜空を照り渡る月が雲に隠れるように、沖の藻さながら私に寄り添い寝たあの子は散る黄葉(もみぢ)のはかない身になってしまったと、事もあろうにあの子の便りを運ぶ使いの者が言うので、あまりな報せに<あまりな報せだけに>どう言ってよいかどうしてよいかわからず、報せだけを聞いてすます気にはとてもなれないので、この恋しさの千に一つも紛れることもあろうかと、あの子がかつてしょっちゅう出で立って見た軽の巷に出かけて行ってじっと耳を澄ましても、あの子の声はおろか畝傍の山でいつも鳴く鳥の声さえも聞こえず、道行く人も一人としてあの子に似た者はいないので、もうどうしてよいかわからず、あの子の名を呼び求め、ただひたすらに袖を振り続けた。<噂だけを聞いてすます気にはとてもなれないので>(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)ねもころなり【懇なり】形容動詞:手厚い。丁重だ。丁寧だ。入念だ。「ねもごろなり」とも。 ※「ねんごろなり」の古い形。(学研)

(注)さねかづら【真葛】分類枕詞:さねかずらはつるが分かれてはい回り、末にはまた会うということから、「後(のち)も逢(あ)ふ」にかかる。(学研)

(注)たまかぎる【玉かぎる】分類枕詞:玉が淡い光を放つところから、「ほのか」「夕」「日」「はろか」などにかかる。また、「磐垣淵(いはかきふち)」にかかるが、かかり方未詳。(学研)

(注)おきつもの 【沖つ藻の】分類枕詞:沖の藻の状態から「なびく」「なばる(=隠れる)」にかかる。(学研)

(注)たまづさの 【玉梓の・玉章の】分類枕詞:手紙を運ぶ使者は梓(あずさ)の枝を持って、これに手紙を結び付けていたことから「使ひ」にかかる。また、「妹(いも)」にもかかるが、かかる理由未詳。(学研)

(注)あづさゆみ 【梓弓】分類枕詞:①弓を引き、矢を射るときの動作・状態から「ひく」「はる」「い」「いる」にかかる。②射ると音が出るところから「音」にかかる。③弓の部分の名から「すゑ」「つる」にかかる。(学研)

 

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 この歌については、短歌二首と共に、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その140改)」で紹介している。

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■三二八八歌■

題詞は、「或本歌曰」<或本の歌に曰(い)はく>である。

 

◆大船之 思憑而 木妨己 弥遠長 我念有 君尓依而者 言之故毛 無有欲得 木綿手次 肩荷取懸 忌戸乎 齋穿居 玄黄之 神祇二衣吾祈 甚毛為便無見

       (作者未詳 巻十三 三二八八)

 

≪書き下し≫大船(おほぶね)の 思ひ頼みて さな葛(かづら) いや遠長(とほなが)く 我(あ)が思へる 君によりては 言(こと)の故(ゆゑ)も なくありこそと 木綿(ゆふ)たすき 肩(かた)に取り懸(か)け 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据(す)ゑ 天地の 神にぞ我(わ)が禱(の)む いたもすべなみ

 

(訳)大船に乗ったように頼りに思いながら、長く延びるさな葛の蔓のように、仲がいよいよ遠く長く続いてほしいと私が思っているあの方のことでは、言葉のさし障りも起こらないようにと、木綿だすきを肩に懸け、斎瓮をうやうやしく掘り据え、天地の神という神に私はひたすらお祈りをする。ただ恋しくてどうにも手だてがないので。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)さな葛:「いや遠長く」の枕詞。(伊藤脚注)

(注)いや遠長く:二人の仲が長く長く続くようにと。(伊藤脚注)

(注の注)いや【弥】副詞:①いよいよ。ますます。②きわめて。最も。 ⇒参考:修飾する語と一体化して接頭語的に用いられる場合が多い。従って、接頭語とする説もある。(学研)

(注)言の故も:「故」は故障、事故。下手なことを口にして二人の仲にひびが入ること。(伊藤脚注)

(注の注)こと【言】の故(ゆえ):ことばのわざわい。ことばのつつしみ。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)ゆふだすき【木綿襷】名詞:「木綿(ゆふ)」で作った、たすき。白くて清浄なものとされ、神事に奉仕するとき、肩から掛けて袖(そで)をたくし上げるのに用いた。歌では、「かく」を導く序詞(じよことば)とすることもある。(学研)

 

 

 

■三〇七〇歌■

◆木綿疊 田上山之 狭名葛 在去之毛 今不有十万

         (作者未詳 巻十二 三〇七〇)

 

≪書き下し≫木綿畳(ゆふたたみ)田上山(たなかみやま)のさな葛(かづら)ありさりてしも今にあらずとも

 

(訳)田上山のさね葛、その葛が延び続けるように、このままずっと生き長らえていつかはきっと逢いたい、いまでなくても。(同上)

(注)ゆふたたみ【木綿畳】分類枕詞:「木綿畳」を神に手向けることから「たむけ」「たな」に、また、「た」の音を含む地名「田上(たなかみ)」にかかる。(学研)

(注)田上山:大津市南部、大戸川上流の山(伊藤脚注)

(注)ありさりて:このまま在り続けて逢いたい。「ありさりて」はアリシアリテ。(伊藤脚注)

(注の注)ありさる【在り去る・有り去る】自動詞:ずっとそのままの状態で過ごす。このまま時が過ぎる。 ※「あり」は継続して存在する意。「さる」は時間が経過する意。(学研)

 

 

 「さなかずら」「さねかずら」を詠んだ歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その731)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「万葉神事語辞典」 (國學院大學デジタルミュージアム

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典