万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2413)―

■ちょうじざくら■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「あぢさはふ妹が目離れて敷栲の枕もまかず桜皮巻き作れる船に真楫貫き・・・」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(山部赤人) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆味澤相 妹目不數見而 敷細乃 枕毛不巻 櫻皮纒 作流舟二 真梶貫 吾榜来者 淡路乃 野嶋毛過 伊奈美嬬 辛荷乃嶋之 嶋際従 吾宅乎見者 青山乃 曽許十方不見 白雲毛 千重尓成来沼 許伎多武流 浦乃盡 徃隠 嶋乃埼ゝ 隈毛不置 憶曽吾来 客乃氣長弥

        (山部赤人 巻六 九四二)

 

≪書き下し≫あぢさはふ 妹(いも)が目離(か)れて 敷栲(しきたへ)の 枕もまかず 桜皮(かには)巻(ま)き 作れる船に 真楫(まかぢ)貫(ぬ)き 我(わ)が漕(こ)ぎ来(く)れば 淡路(あはぢ)の 野島(のしま)も過ぎ 印南都麻(いなみつま) 唐荷(からに)の島の 島の際(ま)ゆ 我家(わぎへ)を見れば 青山(あをやま)の そことも見えず 白雲(しらくも)も 千重(ちへ)になり来(き)ぬ 漕ぎたむる 浦のことごと 行き隠る 島の崎々(さきざき) 隈(くま)も置かず 思ひぞ我(わ)が来(く)る 旅の日(け)長み

 

(訳)いとしいあの子と別れて、その手枕も交わしえず、桜皮(かにわ)を巻いて作った船の舷(ふなばた)に櫂(かい)を通してわれらが漕いで来ると、いつしか淡路の野島も通り過ぎ、印南都麻(いなみつま)をも経て唐荷の島へとやっと辿(たど)り着いたが、その唐荷の島の、島の間から、わが家の方を見やると、そちらに見える青々と重なる山のどのあたりがわが故郷なのかさえ定かでなく、その上、白雲までたなびいて幾重にも間を隔ててしまった。船の漕ぎめぐる浦々、行き隠れる島の崎々、そのどこを漕いでいる時もずっと、私は家のことばかりを思いながら船旅を続けている。旅の日数(ひかず)が重なるままに。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)あぢさはふ 分類枕詞:①「目」にかかる。語義・かかる理由未詳。②「夜昼知らず」にかかる。語義・かかる理由未詳。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) ※ここでは①

(注)しきたへの【敷き妙の・敷き栲の】分類枕詞:「しきたへ」が寝具であることから「床(とこ)」「枕(まくら)」「手枕(たまくら)」に、また、「衣(ころも)」「袖(そで)」「袂(たもと)」「黒髪」などにかかる。(学研)

(注)かには(桜皮):船で使う場合は、木材の接合部分に用い、防水の役目もしていた。(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著)

(注)まかぢ【真楫】名詞:楫の美称。船の両舷(りようげん)に備わった楫の意とする説もある。「まかい」とも。(学研)

(注)印南都麻:加古川河口の島か。播磨風土記に記載がある。

(注)こぎたむ【漕ぎ回む・漕ぎ廻む】自動詞:(舟で)漕ぎめぐる。(学研)

 この歌については、反歌三首と共に拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1105)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 「かには」については、春日大社の歌碑にそって「ウワミズザクラ」を紹介していたが、袖ヶ浦公園万葉植物園は、「チョウジザクラ」説をとっている。

 「チョウジザクラ」については、林野庁関東森林管理局HPに「チョウジザクラそのものは鑑賞価値が低く、植えられることは少ない。樹皮は工芸に用いる。」と書かれている。


 桜の樹皮や白樺細工などを調べていくと、「シラカバ」の標準和名は「シラカンバ」である。白いカンバの意味である。また「かには」が「かんば」となったようである。

 安城市HPには、「県指定文化財(考古資料)桜皮巻き小形壺形土器」に次のように書かれている。

 「亀塚遺跡(東町)から出土しました。高さ12cmほどの壺形土器を、幅4~6mmのサクラ属の樹皮で編みくるんでいます。これほど植物質が残るものは希少で、自然科学分析でサクラ属と判定されたものは本例のみです。(※ソメイヨシノの樹皮ではありません。ヤマザクラなどである可能性が高いとみられます。)」

「県指定文化財(考古資料)桜皮巻き小形壺形土器」 安城市HPより引用させていただきました

 

 歌に「桜皮(かには)巻(ま)き 作れる船」とあるように、万葉の時代に、桜の樹皮の性質、特に防水性等に目を付け造船に使っていたのには驚かされる。また弥生時代には土器などに巻き付けた例があるなど技術的応用の拡大がまた興味を引くもである。

 万葉集の歌碑を追っかけている過程でこのようなことも知りうることは非常に勉強になる。

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學 萬葉の花の会 著)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「林野庁関東森林管理局HP」

★「安城市HP」