万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2529)―

●歌は、「山の際に雪は降りつつしかずがにこの川楊は萌えにけるかも」である。

茨城県土浦市小野 朝日峠展望公園万葉の森万葉歌碑(作者未詳) 20230927撮影

●歌碑は、茨城県土浦市小野 朝日峠展望公園万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆山際尓 雪者零管 然為我二 此河楊波 毛延尓家留可聞

       (作者未詳 巻十 一八四八)

 

≪書き下し≫山の際(ま)に雪は降りつつしかすがにこの川楊(かはやぎ)は萌えにけるかも

 

(訳)山あいに雪は降り続いている。それなのに、この川の楊(やなぎ)は、もう青々と芽を吹き出した。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)   

(注)しかすがに【然すがに】副詞:そうはいうものの。そうではあるが、しかしながら。※上代語。 ⇒参考:副詞「しか」、動詞「す」の終止形、接続助詞「がに」が連なって一語化したもの。中古以降はもっぱら歌語となり、三河の国(愛知県東部)の歌枕(うたまくら)「志賀須賀(しかすが)の渡り」と掛けて用いることも多い。一般には「しか」が「さ」に代わった「さすがに」が多く用いられるようになる。(学研)

 

「柳」は、枝を上に張るカワヤナギ(楊)と、下に垂れるシダレヤナギ(柳)に分かれる。

 

 「川楊、河楊」の場合は、カワヤナギとみて差し支えないであろう。

 集中で「川楊、河楊」と書き記してる歌は、上記の一八四八歌と一二九三、一七二三歌である。

 

■一二九三歌■

◆丸雪降 遠江 吾跡川楊 雖苅 亦生云 余跡川楊

       (柿本人麻呂歌集 巻七 一二九三)

 

≪書き下し≫霰(あられ)降(ふ)り遠江(とほつあふみ)の吾跡川楊(あとかわやなぎ) 刈れどもまたも生(お)ふといふ吾跡川楊

 

(訳)遠江の吾跡川の楊(やなぎ)よ。刈っても刈っても、また生い茂るという吾跡川の楊よ。(同上)

(注)あられふり【霰降り】[枕]:あられの降る音がかしましい意、また、その音を「きしきし」「とほとほ」と聞くところから、地名の「鹿島(かしま)」「杵島(きしみ)」「遠江(とほつあふみ)」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)やうりう【楊柳】名詞:やなぎ。 ※「楊」はかわやなぎ、「柳」はしだれやなぎの意。(学研)

(注)恋心を川楊に譬える。(伊藤脚注)

(注)吾跡川:静岡県浜松市北区細江町の跡川か。(伊藤脚注)

 

この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1592)」で吾跡川の歌碑とともに紹介している。

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■一七二三歌■

◆河蝦鳴 六田乃河之 川楊乃 根毛居侶雖見 不飽河鴨

       (絹 巻九 一七二三)

 

≪書き下し≫かはづ鳴く六田(むつた)の川の川楊(かはやなぎ)のねもころ見れど飽(あ)かぬ川かも

 

(訳)河鹿の鳴く六田の川の川楊の根ではないが、ねんごろにいくら眺めても、見飽きることのない川です。この川は。(同上)

(注)川楊:川辺に自生する。挿し木をしてもすぐに根付くほどの旺盛な生命力を持っている。ネコヤナギとも言われる。(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会) 

(注)ねもころ【懇】副詞:心をこめて。熱心に。「ねもごろ」とも。(学研)

 

 この歌の題詞は、「絹歌一首」<絹が歌一首>である。

(注)絹:伝未詳。土地の遊行女婦か。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その767)」で吉野郡大淀町下渕 鈴ヶ森行者堂前の歌碑(一一〇三歌)とともに紹介している。

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 この三首以外は「柳」と見て差し支えがないように思えるが、少し細かくみてみよう。

 

 巻十の一八四六から一八四九歌の題詞は「柳を詠む」である。

 一八四七歌をみてみよう。

 

◆淺緑 染懸有跡 見左右二 春楊者 目生来鴨

        (作者未詳 巻十 一八四七)

 

≪書き下し≫浅緑(あさみどり)染(そ)め懸けたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも 

 

(訳)薄緑色に糸を染めて木に懸けたと見紛うほどに、春の柳は、青々と芽を吹き出した。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 原歌では「楊」であるが、「春楊」を「春の柳」と書き下している。

 この場合は、「楊」と表記されているが、歌の意味からは「シダレヤナギ」である。

 

 

 また、表記に、垂柳(四垂柳)の例がある。

 

◆百礒城 大宮人之 蘰有 垂柳者 雖見不飽鴨

        (作者未詳 巻十 一八五二)

 

≪書き下し≫ももしきの大宮人(おほみやひと)のかづらけるしだり柳は見れど飽(あ)かぬかも 

 

(訳)ももしきの大宮人たちが縵(かずら)にしているしだれ柳は、見ても見ても見飽きることがない。(同上)

 

 「垂柳」は、一八五二、一八九六、一九〇四(四垂柳)の三首である。これは文字通り「シダレヤナギ」で間違いはないだろう。

 

 

 「安乎楊木(あをやぎ)」と表記した例が、三五四六歌、「安乎楊疑(あをやぎ」が三六〇三歌にある。

 

安乎楊木能 波良路可波刀尓 奈乎麻都等 西美度波久末受 多知度奈良須母

        (作者未詳 巻十四 三五四六)

 

≪書き下し≫青柳(あをやぎ)の萌(は)ろろ川門(かはと)に汝(な)を待つと清水(せみど)は汲(く)まず立処(たちど)平(なら)すも

 

(訳)(訳)青柳が芽を吹く川の渡し場で、お前さんを心待ちにしながら、清水は汲まずに、往ったり来たりして足許を踏み平(な)らしている。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)萌らろ:「萌れる」の東国形 

(注の注)はる【張る】自動詞:①(氷が)はる。一面に広がる。②(芽が)ふくらむ。出る。芽ぐむ。(学研)

(注)かはと【川門】名詞:両岸が迫って川幅が狭くなっている所。川の渡り場。(学研)

(注)清水(せみど):シミズの訛り

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その958)」で紹介している。

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安乎楊疑能 延太伎里於呂之 湯種蒔 忌忌伎美尓 故非和多流香母

        (作者未詳 巻十五 三六〇三)

 

≪書き下し≫青柳(あをやぎ)の枝(えだ)伐(き)り下(お)ろしゆ種(だね)蒔(ま)きゆゆしき君に恋ひわたるかも

 

(訳)青柳の枝を伐り取り挿し木にして、斎(い)み浄めたゆ種を蒔くそのゆゆしさのように、馴れ馴れしくできない君、そんなあなたさまに、焦がれつづけています。(同上)

(注)青柳の枝伐り下ろし:青柳の枝を伐って苗代にさして。苗の発育を祈る神事。

(注)ゆ種:斎み浄めた籾種。

(注)上三句は序。「ゆゆしき」を起こす。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その620)」で紹介している。

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 三五四六、三六〇三歌はどちらも「青柳」と書き下されているが、三五四六歌では歌の解釈からシダレヤナギがぴったりであるが、三六〇三歌では小生では今のところ判断がつかない。「やな」に「楊」を書いたのは書き手の遊び心なのであろう。

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉