万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう(2594の2)―書籍掲載歌を中軸に―

●歌は、「梅楊過ぐらし惜しみ佐保の内に遊びしことを宮もとどろに(作者未詳 6-949)」である。

 

 「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫)を読み進もう。

 「(巻六、九四九)(歌は省略)」神亀四年(七二七)の初春、宮廷の若き貴公子たちが宮中をぬけ出して春日野で打毬(うちまり)に興じたことがあった。ところが時しも驟雨(しゅうう)が雷鳴をともなって降り出し、宮中で弦を鳴らし護衛する役をおこたる結果になってしまった、彼らは授刀舎人寮(じゅとうしゃじんのつかさ)に禁足され、それを嘆いた一首である。」(同著)

古代史で楽しむ万葉集 (角川ソフィア文庫) [ 中西 進 ]

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感想(3件)

 歌をみてみよう。

 

■■巻六 九四八、九四九歌■■

題詞は、「四年丁卯春正月勅諸王諸臣子等散禁於授刀寮時作歌一首 幷短歌」<四年丁卯(ひのとう)の春の正月に、諸王(おほきみたち)・諸臣子等(おみのこたち)に勅(みことのり)して、授刀寮(じゆたうれう)に散禁(さんきん)せしむる時に作る歌一首 幷せて短歌>である。

(注)授刀寮:授刀舎人寮。帯刀して天皇の身辺を守る舎人を掌る。(伊藤脚注)

(注)散禁:出入りを禁じ一所に閉じこめること。(伊藤脚注)

(注)歌一首幷せて短歌:長歌は第三者の立場、反歌は当事者の立場。(伊藤脚注)

 

■巻六 九四八歌■

◆真葛延 春日之山者 打靡 春去徃跡 山上丹 霞田名引 高圓尓 鴬鳴沼 物部乃 八十友能壮者 折木四哭之 来継比日 如此續 常丹有脊者 友名目而 遊物尾 馬名目而 徃益里乎 待難丹 吾為春乎 决巻毛 綾尓恐 言巻毛 湯々敷有跡 豫 兼而知者 千鳥鳴 其佐保川丹 石二生 菅根取而 之努布草 解除而益乎 徃水丹 潔而益乎 天皇之 御命恐 百礒城之 大宮人之 玉桙之 道毛不出 戀比日

       (作者未詳 巻六 九四八)

 

≪書き下し≫ま葛(くず)延(は)ふ 春日(かすが)の山は うち靡(なび)く 春さりゆくと 山峡(やまかひ)に 霞(かすみ)たなびく 高円(たかまと)に うぐひす鳴きぬ もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)は 雁(かり)がねの 来継(きつ)ぐこのころ かく継ぎて 常にありせば 友並(な)めて 遊ばむものを 馬並(な)めて 行かまし里を 待ちかてに 我(わ)がせし春を かけまくも あやに畏(かしこ)く 言はまくも ゆゆしくあらむと あらかじめ かねて知りせば 千鳥(ちどり)鳴く その佐保川(さほがわ)に 岩に生(お)ふる 菅(すが)の根採りて しのふくさ 祓(はら)へてましを 行く水に みそきてましを 大君(おほきみ)の 命(みこと)畏(かしこ)み ももしきの 大宮人(おほみやひと)の 玉桙(たまほこ)の 道にも出(い)でず 恋ふるこのころ

 

(訳)葛が這(は)い広がる春日の山、この山は、春が到来したとて、山峡には霞がたなびいて、高円では鶯(うぐいす)が鳴いている。大勢の宮仕え人たちは、北に帰る雁が次々に飛び行く今日このごろ、その雁の飛び継ぐようにずっと平生(へいぜい)で何事もなかったならば、友と連れ立って遊びに出かけるはずだったのに、馬を並べて行くはずの里であったのに、それほどおのおのが待ちかねていた春だったのに、心にかけて思うさえ恐れ多く、口にかけて申し開きするのも憚(はばかり)多いこんなことになろうとあらかじめ知っていたなら、千鳥の鳴くあの佐保川で、岩に生えている菅の根を抜き採り、憂いをもたらす種を祓(はら)っておけばよかったのに、流れる水でみそぎをしておけばよかったのに、今は、大君の仰せを恐れ畏んで、ももしきの大宮人たちが、道に出で立つこともできずに、ひたする春の野山に恋い焦がれている今日このごろだ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)葛延ふ:「春日の山」の枕詞的修飾句。(伊藤脚注)

(注)うちなびく【打ち靡く】分類枕詞:なびくようすから、「草」「黒髪」にかかる。また、春になると草木の葉がもえ出て盛んに茂り、なびくことから、「春」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)春さりゆくと:春になってくると。(伊藤脚注)

(注)雁がねの 来継ぐこのころ:北へ帰る雁が次々と通う今日この頃。(伊藤脚注)

(注)かく継ぎて 常にありせば:このように春のきざしがうち続いて何事もない日頃のままの身だったら、の意か。(伊藤脚注)

(注)待ちかてに 我がせし春を:それほどにおのおのがその心に待ちかねていた春だったのに。(伊藤脚注)

(注)かけまくも 分類連語:心にかけて思うことも。言葉に出して言うことも。 ⇒なりたち:動詞「か(懸)く」の未然形+推量の助動詞「む」の古い未然形「ま」+接尾語「く」+係助詞「も」(学研)

(注)ゆゆしくあらむと:憚り多いことになろうと。(伊藤脚注)

(注の注)ゆゆし 形容詞:①おそれ多い。はばかられる。神聖だ。②不吉だ。忌まわしい。縁起が悪い。③甚だしい。ひととおりでない。ひどい。とんでもない。④すばらしい。りっぱだ。(学研)ここでは①の意

(注)しのふくさ祓へてましを:春日野を思う思いの種を除き払っておくのだったのに。(伊藤脚注)

(注)大君の命畏み:大君の仰せを恐れ畏んで。(伊藤脚注)

 

 

 

■巻六 九四九歌■

◆梅柳 過良久惜 佐保乃内尓 遊事乎 宮動々尓

       (作者未詳 巻六 九四九)

 

≪書き下し≫梅柳(うめやなぎ)過ぐらく惜しみ佐保(さほ)の内に遊びしことを宮もとどろに

 

(訳)梅や柳の見頃の過ぎるのが惜しくて、佐保の内でちょっと遊んだこと、そんな類(たぐい)のことについて、宮廷中が響きわたるほどに騒ぎ立てている。(同上)

 

(注)佐保の内:佐保一帯。奈良市北西郊。ここは佐保の内とも言えるような春日の地に、の意か。(伊藤脚注)

 

左注は、「右神龜四年正月 數王子及諸臣子等 集於春日野而作打毬之樂 其日忽天陰 雨雷電 此時宮中無侍従及侍衛 勅行刑罰皆散禁於授刀寮而妄不得出道路 于時悒憤即作斯歌  作者未詳」<右は、神亀(じんき)四年の正月に、 数王子(みこたち)と諸臣子等(おみのこたち)と、春日野に集(つど)ひて打毬(だきう)の楽(あそび)をなす。その日たちまちに天陰(そらくも)り、 雨ひり雷電(いなびかり)す。この時に、宮の中(うち)に侍従(じじゆ)と侍衛(じゑい)と無し。 勅(みことのり)して刑罰に行(おこな)ひ、みな授刀寮(じゆたうれう)に散禁(さんきん)せしめ、而妄(みだ)りに道路(みち)に出づること得ざらしむ。 その時に悒憤(いぶせ)みし、すなはちこの歌を作る。  作者未詳>である。

(注)春日野:春日大社を中心とする一帯。(伊藤脚注)

(注)杖で毬を打ち、相手方の毬門に入れて争う遊技。一説には蹴鞠のことという。(伊藤脚注)

(注)侍従:天皇の側近。従五位下相当。(伊藤脚注)

(注)侍衛:授刀の舎人たち。(伊藤脚注)

(注)悒憤みし:心がむしゃくしゃして。(伊藤脚注)

(注の注)いぶせし 形容詞:①気が晴れない。うっとうしい。②気がかりである。③不快だ。気づまりだ。 ⇒参考:「いぶせし」と「いぶかし」の違い 「いぶせし」は、どうしようもなくて気が晴れない。「いぶかし」はようすがわからないので明らかにしたいという気持ちが強い。(学研)ここでは①の意

(注)作者は散禁された人の中にいよう。不幸をみやびと化しているところがある。(伊藤脚注)

 

 

 

 九四八歌には、「千鳥鳴く その佐保川」と歌われているが、「千鳥鳴く佐保の川門の」と詠っている家持の歌をみてみよう。

 

◆千鳥鳴 佐保乃河門之 清瀬乎 馬打和多思 何時将通

       (大伴家持 巻四 七一五)

 

≪書き下し≫千鳥鳴く佐保の川門(かはと)の清き瀬を馬うち渡しいつか通はむ

 

(訳)千鳥が鳴く佐保川の渡し場の清らかなせせらぎを、馬に鞭(むち)打ち渡って、あなたの所へ早く通いたいものだ。その日が来るのはいつのことか。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)かはと【川門】名詞:両岸が迫って川幅が狭くなっている所。川の渡り場。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その11改)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

佐保川堤万葉歌碑(大伴家持) 20190307撮影

 

 

 

九四八歌の歌い出しは、「ま葛延ふ 春日の山は・・・」であるが、集中、「葛」が詠われている歌を大まかに分けると、①枕詞(10首)、②真葛原(3首)、③葛引く(2首)、④葛葉(4首)、⑤秋の七種(1首)となる。

 

 この「葛」の代表的な歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1138)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

このうち①の「枕詞」として使われている「葛」10首は、「夏葛の」(六四九歌)、「ま葛延(は)ふ」(九四八、一九八五、二八三五歌)、「延(は)ふ葛の」(四二三、一九〇一、三〇七二、三三六四歌の「或本の歌」、四五〇八、四五〇九歌)、「葛の根の」(四二三歌)である。

九四八歌の歌い出しの枕詞として使われていることについては、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2544)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」