万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その221改)―京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 №26―万葉集 巻十 二三一五

●歌は、「あしひきの山道も知らず白橿の枝もとををに雪の降れれば」である。

 

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京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑(柿本朝臣人麻呂歌集)

●歌碑は、京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆足引 山道不知 白牫牱 枝母等乎ゝ尓 雪落者 或云 枝毛多和ゝゝ

          (柿本人麻呂歌集 巻十 二三一五)

 

 ≪書き下し≫あしひきの山道(やまぢ)も知らず白橿の枝もとををに雪のふれれば 或いは「枝もたわたわ」といふ>

 

(訳)あしひきの山道のありかさえもわからない。白橿の枝も撓(たわ)むほどに雪が降り積もっているので。<枝もたわわに>(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)とををなり【撓なり】形容動詞:たわみしなっている。

(注)たわわなり【撓なり】形容動詞:たわみしなうほどだ。

 

 左注は、「右柿本朝臣人麻呂之歌集出也 但件一首 或本云三方沙弥作」<右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。 ただし、件(くだり)の一首は、或本には「三方沙弥(みかたのさみ)が作」といふ>である。

 

 巻十の四季を冠した部立ての冒頭化歌は「柿本朝臣人麻呂之歌集」の歌となっている。「冬雑歌」(二三一二歌~二三三二歌)の冒頭(二三一二歌~三二一五歌)は左注にあるように、「右柿本朝臣人麻呂之歌集出也(後略)」となっており、歌碑の歌もこの歌群の一首である。

 続く、二三一六歌~二三二四歌は、題詞が「詠雪」<雪を詠む」である。いずれも「作者未詳歌」である。

 

 万葉人が雪をどのようにとらえているかみていこう。訳は、いずれも、伊藤博氏著の「万葉集 二」(角川ソフィア文庫)によった。

 

◆(二三一六歌)奈良山乃 峯尚霧合 宇倍志社 前垣之下乃 雪者不消二家礼

 

≪書き下し≫奈良山(ならやま)の嶺(みね)なほ霧(き)らふうべしこそ籬(まがき)が下(した)の雪は消(け)ずけれ 

 

(訳)奈良山の峰々はまだ雪気でけぶっている。なるほどそれで、籬(まがき)の下の雪はきえないのだな。

(注)うべし【宜し】副詞:いかにももっとも。なるほど。

(注)まがき【籬】名詞:竹や柴(しば)などで、目を粗く編んで作った垣。「ませ」「籬垣(ませがき)」とも。

 

 

◆(二三一七歌)殊落者 袖副沾而 可通 将落雪之 空尓消二管

 

≪書き下し≫こと降らば袖さへ濡れて通るべく降りなむ雪の空に消(け)につつ 

 

(訳)同じ降るなら、袖までも濡(ぬ)れて通るほど降ってほしい雪なのに、その雪が空にあるうちに消えてしまって・・・。

(注)こと【如】副詞:〔下に仮定の表現を伴って〕同じく(…するならば)。どうせ(…するならば)。

 

 

◆(二三一八歌)夜乎寒三 朝戸乎開 出見者 庭毛薄太良尓 三雪落有  <一云 庭裳保杼呂尓 雪曽零而有>

 

≪書き下し≫夜(よ)を寒(さむ)み朝門(あさと)を開き出(い)で見れば庭もはだらに み雪降りたり <一には「庭もほどろに雪ぞ降りたる」といふ>

 

(訳)夜を通して寒かったので、朝、戸を開けて外に出て見ると、何と庭中うっすらと雪が降り積もっている。<何と庭中まだらに雪が降り積もっている>

(注)はだらなり【斑なり】形容動詞:(雪が降るさまが)まばらだ。まだらだ。(雪や霜などのおりたさまが)薄い。「はだれなり」とも。

(注)ほどろなり【斑なり】形容動詞:(雪などが)まだらだ。

 

 

◆(二三一九歌)暮去者 衣袖寒之 高松之 山木毎 雪曽零有

 

≪書き下し≫夕(ゆふ)されば衣手(ころもで)寒し高松(たかまつ)の山の木ごとに雪ぞ降りたる 

 

(訳)夕方になるにつれて、袖口のあたりがそぞろに寒い。見ると、高松の山の木という木に雪が降り積もっている。

 

 

◆(二三二〇歌)吾袖尓 零鶴雪毛 流去而 妹之手本 伊行觸粳

 

≪書き下し≫我(わ)が袖(そで)に降りつる雪も流れ行きて妹(いも)が手本(たもと)にい行き触(ふ)れぬか 

 

(訳)私の着物の袖に今降りかかった雪でも、ずっと空を流れて行って、あの子の手首に触れてくれないものか。

 

 

◆(二三二一歌)沫雪者 今日者莫零 白妙之 袖纒将干 人毛不有君

 

≪書き下し≫淡雪(あわゆき)は今日(けふ)はな降りそ白栲(しろたえ)の袖まき干(ほ)さむ人もあらなくに 

 

(訳)泡雪よ、今日は降らないでおくれ。白栲(しろたえ)のこの袖を枕にして乾かしてくれる人もいないのだから。

 

 

◆(二三二二歌)甚多毛 不零雪故 言多毛 天三空者 陰相管

 

≪書き下し≫はなはだも降らぬ雪ゆゑこちたくも天(あま)つみ空は曇(くも)らひにつつ 

 

(訳)そう大して振りもしない雪なのに、ことごとしく、大空は一面に曇ってしまって・・・。」

(注)こちたし〔「言(こと)痛し」の転〕① 人の口がうるさい。うわさが煩わしい。

② ことごとしい。おおげさだ。ものものしい。

③ 分量のうんざりするほど多いさま。豊かだ。」

④ 程度のはなはだしいさま。度を過ぎているさま。

 

 

◆(二三二三歌)吾背子乎 且今ゝゝ 出見者 沫雪零有 庭毛保杼呂尓

 

≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)を今か今かと出(い)で見れば沫雪(あわゆき)降れり庭もほどろに 

 

(訳)あの方のお越しを今か今かと待ちかねて戸口に出て見ると、泡雪が降り積もっている。庭中うっすらと。

(注)ほどろなり【斑なり】形容動詞:(雪などが)まだらだ。

 

◆(二三二四歌)足引 山尓白者 我屋戸尓 昨日暮 零之雪疑意

 

≪書き下し≫あしひきの山に白きは我(わ)がやどに昨日(きのふ)の夕(ゆふえ)降りし雪かも 

 

(訳)あの山に白く見えるのは、我が家の庭に昨日の夕方降った、あの雪であろうかなあ。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

 

 

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