万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その560,561)―神戸市垂水区平磯 平磯緑地(5、6)―万葉集 巻三 二五五、巻三 二五四

●歌は、「天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ」である。

 

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神戸市垂水区平磯 平磯緑地(5)万葉歌碑(柿本人麻呂

●歌碑は、神戸市垂水区平磯 平磯緑地(5)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見  一本云家門當見由

               (柿本人麻呂 巻三 二五五)

 

 

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歌の解説碑

≪書き下し≫天離(あまざか)る鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ恋ひ来れば明石(あかし)の門(と)より大和島(やまとしま)見ゆ  一本には「家のあたり見ゆ」といふ。

 

(訳)天離る鄙の長い道のりを、ひたすら都恋しさに上って来ると、明石の海峡から大和の山々が見える。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)明石の門(読み)あかしのと:明石海峡のこと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 

 

―その561―

●歌は、「燈火の明石大門に入らむ日や漕ぎ別れなむ家のあたり見ず」である。

 

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神戸市垂水区平磯 平磯緑地(6)万葉歌碑(柿本人麻呂

●歌碑は、神戸市垂水区平磯 平磯緑地(6)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆留火之 明大門尓 入日哉 榜将別 家當不見

               (柿本人麻呂 巻三 二五四)

 

 

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歌の解説碑

≪書き下し≫燈火(ともしび)の明石大門(あかしおほと)に入らむ日や漕ぎ別れなむ家(いへ)のあたり見ず

 

(訳)燈火明(あか)き明石、その明石の海峡にさしかかる日には、故郷からまったく漕ぎ別れてしまうことになるのであろうか。もはや家族の住む大和の山々を見ることもなく。(同上)

(注)ともしびの【灯し火の】分類枕詞:灯火が明るいことから、地名「明石(あかし)」にかかる。(学研)

 

 明石海峡付近は、いまでこそ船旅も快適ではあるが、万葉の時代は、手こぎ船であるので、「潮の流れ」、「風」「波」による影響は計り知れない

ものがあったのである。それらの困難を乗り越えて、船は明石海峡に進んで行く。

 犬養 孝氏は、「万葉の人びと」(新潮文庫)のなかで、「『漕ぎ別れなむ、家のあたり見ず』というのは、『家のあたり見ず、漕ぎ別れなむ』というのが逆に言われているんですね。歌と言うのは、音楽ですから、バネがなくてはならない。これも人麻呂が、目の前の、人間を呑み込みそうにしている明石海峡、それを目の前にしての深い感動、『ああ、これでおれは家を離れてしまうのか』という、この自分の強い主観を訴えたのがこの歌ですね。そういうところが、また人麻呂の他の人の持たない力、ダイナミックな迫力というものを生み出しているのです。」と書かれている。

 

 

二五四、二五五歌の題詞は、「柿本朝臣人麿羈旅歌八首」<柿本朝臣人麻呂が羈旅(きりょ)の歌八首>である。

 他の六首もみてみよう。

 

 

◆三津埼 浪牟恐 隠江乃 舟公宣奴嶋尓

               (柿本人麻呂 巻三 二四九)

 

≪書き下し≫御津(みつ)の崎波を畏(かしこ)み隠江(こもりえ)の船なる君は野島(ぬしま)にと宣(の)る

 

(訳)御津の崎、この崎にうち寄せる波を恐れて、奥まった入江の船で風待(かぜま)ちをしていた主(あるじ)の君は、「今こそ野島に」と宣言され給うた。(同上)

(注)御津 分類地名:今の大阪市にあった港。難波(なにわ)の御津、大伴(おおとも)の御津ともいわれた。(学研)

(注)こもりえ【隠り江】名詞:島や岬などの陰になっていたり、あしなどの水草に覆われていたりして、隠れて見えない入り江。(学研)

(注)野島:淡路島北端の西海岸。

 

 

◆珠藻苅 敏馬乎過 夏草之 野嶋之埼尓 舟近著奴

     一本云 處女乎過而 夏草乃 野嶋我埼尓 伊保里為吾等者

               (柿本人麻呂 巻三 二五〇)

 

≪書き下し≫玉藻(たまも)刈る敏馬(みぬめ)を過ぎて夏草の野島(のしま)の崎に船近づきぬ

 一本には「処女(をとめ)を過ぎて夏草の野島が崎に廬(いほり)す我(わ)れは」といふ

 

(訳)海女(あま)たちが玉藻を刈る敏馬(みぬめ)、故郷の妻が見えないという名の敏馬を素通りして、はや船は夏草茂るわびしい野島の崎に近づきつつある。(同上)

(注)たまもかる【玉藻刈る】分類枕詞:玉藻を刈り採っている所の意で、海岸の地名「敏馬(みぬめ)」「辛荷(からに)」「乎等女(をとめ)」などに、また、海や水に関係のある「沖」「井堤(ゐで)」などにかかる。 

(注)敏馬(みぬめ):神戸港の東、岩屋町付近。「見ぬ女」の意を匂わす。

 

 

◆粟路之 野嶋之前乃 濱風尓 妹之結 紐吹返

               (柿本人麻呂 巻三 二五一)

 

≪書き下し≫淡路(あはぢ)の野島(のしま)の崎の浜風に妹(いも)が結びし紐(ひも)吹き返す

 

(訳)淡路(あわじ)の野島の崎の浜風に、いとしい子が結んでくれた着物の紐をいたずらに吹き返らせている。(同上)

 

 

◆荒栲 藤江之浦尓 鈴寸釣 泉郎跡香将見 旅去吾乎

    一本云 白栲乃 藤江能浦尓 伊射利為流 

               (柿本人麻呂 巻三 二五二)

 

≪書き下し≫荒栲(あらたへ)の葛江(ふぢえ)の浦に鱸(すずき)釣る海人(あま)とか見らむ旅行く我(わ)れを

    一本には「白栲(しろたえ)の藤江の浦に漁(いざ)りする」といふ。

 

(訳)荒栲(あらたえ)の藤、その藤江(ふじえ)の浦で鱸を釣る漁師と人は見るであろうか。公の命によって船旅をしているこの私であるのに。(同上)

(注)あらたへの【荒妙の・荒栲の】( 枕詞 ):「藤原」「藤井」「藤江」など「藤」のつく地名にかかる。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)藤江明石市西部

 

 

◆稲日野毛 去過勝尓 思有者 心戀敷 可古能嶋所見  一云湖見

               (柿本人麻呂 巻三 二五三)

 

≪書き下し≫稲日野(いなびの)も行き過ぎかてに思へれば心恋(こころこひ)しき加古(かこ)の島そ見ゆ  一には「水門(みと)見ゆ」といふ

 

(訳)印南野(えなみの)も素通りしがてに思っていたところ、行く手に心ひかれる加古の島が見える。(同上)

(注)稲日野 分類地名:「印南野(いなみの)」に同じ。(学研)明石から加古川にかけての平野

(注)かてに 分類連語:…できなくて。…しかねて。 ➡なりたち可能等の意の補助動詞「かつ」の未然形+打消の助動詞「ず」の上代の連用形(学研)

(注)加古の島:加古川河口の島

 

 

◆飼飯海乃 庭好有之 苅薦乃 乱出所見 海人釣船

     一本云 武庫乃海能 尓波好有之 伊射里為流 海部乃釣船 浪上従所見

               (柿本人麻呂 巻三 二五六)

 

≪書き下し≫笥飯(けひ)の海(うみ)の庭(には)よくあらし刈薦(かりこも)の乱れて出(い)づ見ゆ海人(あま)の釣船(つりぶね)

     一本には「武庫(むこ)の海船庭(ふなには)ならし漁(いざ)りする

海人の釣船波の上(うへ)ゆ見ゆ」といふ

 

(訳)笥飯(けい)の海の漁場は風もなく潮の具合もよいらしい。刈薦のように入り乱れて漕ぎ出ているのが見える。たくさんの漁師の釣船が。(同上)

(一本の訳)武庫の海、この海は漁場であるらしい。漁をする海人の釣船が波の上に群れているのが見える。

(注)笥飯(けひ)の海:淡路島西岸一帯の海

(注)海の庭:海の仕事場

(注)かりこもの【刈り菰の・刈り薦の】分類枕詞:刈り取った真菰(まこも)が乱れやすいことから「乱る」にかかる。(学研)

 

二四九から二五二歌までが往路、二五三から二五六歌四首が帰路の旅情を詠っているのである。

 

 

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萬葉歌碑の道説明案内板

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萬葉歌碑の道

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」