万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その756,757,758)―海南市黒江 名手酒造駐車場―万葉集 巻七 一三九六、巻十一 二七八〇、巻十一 二七三〇

―その756―

●歌は、「紫の名高の浦のなのりその磯に靡かむ時待つ我れを」である。

 

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名手酒造駐車場万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、海南市黒江 名手酒造駐車場にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆紫之 名高浦乃 名告藻之 於礒将靡 時待吾乎

               (作者未詳 巻七 一三九六)

 

≪書き下し≫紫(むらさき)の名高(なたか)の浦(うら)のなのりその礒に靡(なび)かむ時待つ我(わ)れを

 

(訳)名高の浦に生えるなのりその磯に靡く時、その時をひたすら待っている私なのだよ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)むらさきの【紫の】( 枕詞 ):①植物のムラサキで染めた色のにおう(=美シクカガヤク)ことから、「にほふ」にかかる。②ムラサキは染料として名高いことから、地名「名高(なたか)」にかかる。 ③ムラサキは濃く染まることから、「こ」にかかる。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)なのりそ 名詞:海藻のほんだわらの古名。正月の飾りや、食用・肥料とする。 ※和歌では「な告(の)りそ(=告げるな)」の意をかけて用い、また、「名(な)」を導く序詞(じよことば)の一部を構成する。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

「なのりそ」という名は、日本書記の衣通郎姫(そとほしのいらつめ)の歌「とこしえに 君も会えやも いさな取り 海の浜藻の 寄る時々を」(訳:いつでもあなたにお逢いできないというわけではありません。海の浜藻が波打ち際に寄せる様にときおりしかお逢いできませんよ。)を聞いた天皇は、「この歌は他の者に告げてはならない。皇后の耳に入れば恨まれるだろうから」と言ったという。そこで、当時の人々は天皇の気持ちを忖度して、浜藻を「なのりそ藻」と呼ぶようになった、といわれている。

(注)ときどき【時時】副詞:その時その時。時に応じて。ときおり。(学研)

 

 

―その757―

●歌は、「紫の名高の浦の靡き藻の心は妹に寄りにしものを」である。

 

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名手酒造駐車場万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、海南市黒江 名手酒造駐車場にある。

 

●歌をみていこう。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その749)」で紹介している。

 ➡ こちら749

 

◆紫之 名高乃浦之 靡藻之 情者妹尓 因西鬼乎

               (作者未詳 巻十一 二七八〇)

 

≪書き下し≫紫(むらさき)の名高(なたか)の浦の靡(なび)き藻の心は妹(いも)に寄りにしものを                 

 

(訳)紫の名高の浦の、波のまにまに揺れ靡く藻のように、心はすっかり靡いてあの子に寄りついてしまっているのに。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「寄りにし」を起こす。

 

「藻」に関しては、「万葉集の食物文化考 植物性の食について (古向橋まち子氏・池添博彦氏 (帯広大谷短期大学紀要第27号)に詳しく書かれているので参考にさせていただいた。

 

 藻類に関する語として、藻、沖藻、菅藻、厳藻(1931)、辺藻(1206)、川藻、芳藻、玉藻、珠藻、玉藻苅、玉藻成、軍布苅、海藻苅、稚海藻(3871)、和海藻(3871)、海松、深海松、海松採、俣海松(3301)、縄法(3080, 3302)、名告藻(362)、莫告藻、勿謂藻、葦付(4021)、朝菜採(957)があげられている。

(注)厳藻(いつも):美しい藻の意か。

(注)辺藻(へつも):海辺の藻の意か。

(注)軍布(め)苅(かり):海藻を採る

(注)稚海藻(わかめ):ワカメ

(注)和海藻(にきめ):やわらかい海藻

(注)海松(みる):ミル

(注)俣海松(またみる):海松が股に分かれる枝を持つことによる称

(注)縄法(なはのり):縄海苔。細長い縄状の海藻か。ベニモズク科のウミゾウメン

(注)葦付(あしつき):富山、滋賀両県の川に産するジュズモ科のアシツキノリで、夏期繁殖する緑褐色寒天質の淡水藻である。

 

「藻」については、万葉集では、上記のような言い回しで86首で詠われている。

 

 

 

―その758―

●歌は、「紀伊の海の名高の浦に寄する波音高きかも逢はぬ子ゆゑに」である。

 

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名手酒造駐車場万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、海南市黒江 名手酒造駐車場にある。

 

●歌をみていこう。

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その750)で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

◆木海之 名高之浦尓 依浪 音高鳧 不相子故尓

               (作者未詳 巻十一 二七三〇)

 

≪書き下し≫紀伊の海(きのうみ)の名高(なたか)の浦に寄する波音高(おとだか)きかも逢はぬ子ゆゑに

 

(訳)紀伊の海の名高の浦に寄せる波、その音が高いように、何と噂が高いことか。逢ってもいないあの子なのに。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「音高き」を起こす。

(注)かも 終助詞:《接続》体言や活用語の連体形などに付く。①〔感動・詠嘆〕…ことよ。…だなあ。②〔詠嘆を含んだ疑問〕…かなあ。③〔詠嘆を含んだ反語〕…だろうか、いや…ではない。▽形式名詞「もの」に付いた「ものかも」、助動詞「む」の已然形「め」に付いた「めかも」の形で。 ※参考 上代に用いられ、中古以降は「かな」。

(注)ゆゑ【故】名詞:〔体言や活用語の連体形に付いて〕①…によって。…のために。▽順接的に原因・理由を表す。②…なのに。▽逆接的に原因・理由を表す。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) ここでは②の意

 

 当の本人たちは、逢ってもいないのに人びとが根も葉もないのに噂をたてる。するとお互いが気になってきて、それがきっかけで結ばれることがある。人びとの噂(呪力があると考えられいた)によって自分に引き寄せられる妻(恋人)を言縁妻(ことよせづま)という。

 この歌の御両人は如何なったのであろうか。「波音高きかも」の表現は、自分の気持ちも相当関心が高まっているから発せられているのだろうから、噂の呪力によって結ばれたものと信じたい。。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「古代の恋愛生活 万葉集の恋歌を読む」 古橋信孝 著 (NHKブックス

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「万葉集の食物文化考 植物性の食について (古向橋まち子氏・池添博彦氏 (帯広大谷短期大学紀要第27号)

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」