万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その802,803,804)―倉敷市玉島 玉島公民館、笠岡市神島 天神社、笠岡市神島外浦 日光寺―万葉集 巻十五 三五九八、巻十五 三五九九、巻十三 三三三九

―その802―

●歌は、「ぬばたまの夜は明けぬらし玉の浦にあさりする鶴鳴き渡るなり」である。

 

f:id:tom101010:20201119204233j:plain

倉敷市玉島 玉島公民館万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、倉敷市玉島 玉島公民館にある。

 

●歌をみていこう。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その799)で紹介している。

 

◆奴波多麻能 欲波安氣奴良 多麻能宇良尓 安佐里須流多豆 奈伎和多流奈里

               (作者未詳 巻十五 三五九八)

 

≪書き下し≫ぬばたまの夜(よ)は明けぬらし玉(たま)の浦にあさりする鶴(たづ)鳴き渡るなり

 

(訳)ぬばたまの夜は今ようやく明けていくらしい。玉の浦で餌(えさ)をあさる鶴が鳴きながら飛んで行く。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)玉の浦:岡山県玉島あたりか。

                           

 歌碑は、玉島公民館入口入ってすぐ、右手駐車場側に建屋に向かって建てられている。

 

f:id:tom101010:20201119204356j:plain

「万葉歌碑由来記」の碑

 

 

―その803―

●歌は、「月読の光を清み神島の磯みの浦ゆ舟出す我れは」である。

 

f:id:tom101010:20201119204640j:plain

笠岡市神島 天神社万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、笠岡市神島 天神社にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆月余美能 比可里乎伎欲美 神嶋乃 伊素末乃宇良由 船出須和礼波

                (作者未詳 巻十五 三五九九)

 

≪書き下し≫月読(つくよみ)の光を清み神島(かみしま)の礒(いそ)みの浦ゆ船出(ふなで)す我(わ)れは

 

(訳)お月さまの光が清らかなので、それを頼りに、神島の岩の多い入江から船出をするのだ、われらは。(同上)

(注)つくよみ【月夜見・月読み】名詞:月。「つきよみ」とも。(学研)

(注)神島:備後(きびのみちのしり)広島県東部 ※巻十三 三三三九歌の題詞に「備後の国の神島の浜にして」とある。

                                         

 この歌ならびに前稿の三五九八歌は、「遣新羅使人等」の歌であり、三五九四から三六〇一歌の歌群の二首である。左注は、「右八首乗船入海路上作歌」<右の八首は、船に乗りて海に入り、路の上(うへ)にして作る歌>とある。難波津から広島県鞆の浦までの航海上に詠った歌である。この歌群の歌はブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その623)」で紹介している。 

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 歌碑は、神島天神社境内、海辺側の鳥居の社殿に向かって左手に建てられている。

 

f:id:tom101010:20201119204840j:plain

天神社境内

 

f:id:tom101010:20201119205115j:plain

天神社名碑

f:id:tom101010:20201119205243j:plain

天神社社殿

 

 

―その804―

●歌は、「玉桙の 道に出で立ち あしひきの 野(の)行き山行き にはたづみ ・・・」(長歌)と「浦波の来寄する浜につれなくも臥したる君が家道知らずも」である。

f:id:tom101010:20201119210149j:plain

笠岡市神島外浦 日光寺万葉歌碑(調使首)


 

●歌碑は、笠岡市神島外浦 日光寺にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆玉桙之 道尓出立 葦引乃 野行山行 潦 川徃渉 鯨名取 海路丹出而 吹風裳 母穂丹者不吹 立浪裳 箟跡丹者不起 恐耶 神之渡乃 敷浪乃 寄濱部丹 高山矣 部立丹置而 汭潭矣 枕丹巻而 占裳無 偃為君者 母父之 愛子丹裳在将 稚草之 妻裳有将等 家問跡 家道裳不云 名矣問跡 名谷裳不告 誰之言矣 勞鴨 腫浪能 恐海矣 直渉異将

               (調使首 巻十三 三三三九)

 

≪書き下し≫玉桙の 道に出(い)で立ち あしひきの 野(の)行(ゆ)き山行き にはたづみ 川行き渡り 鯨魚(いさな)取(と)り 海道(うみぢ)に出でて 吹く風も おほには吹かず 立つ波も のどには立たぬ 畏(かしこ)きや 神の渡りの しき波の 寄する浜辺に 高山を 隔(へだ)てに置きて 浦ぶちを 枕にまきて うらもなく 臥(ふ)したる君は 母父(おもちち)が 愛子(まなご)にもあらむ 若草(わかくさ)の 妻もあらむと 家問(と)へど 家道(いへぢ)も言はず 名を問へど 名だにも告(の)らず 誰(た)が言(こと)を いたはしとかも とゐ波の 畏(かしこ)き海を 直(ただ)渡りけむ

 

(訳)旅道に出で立って、野を行き山を行き、川を渡り海道に乗り出して、吹く風も並には吹かず、立つ波ものどかには立たない、恐ろしい神の支配する難所の、立ちしきる波のうち寄せる浜辺に、高い山を壁代わりにし、入江の岸を枕にして、何も気にかけずに臥せっている君、この君は、母や父のいとしい子なのであろう。かわいい妻もいるであろう。なのに、家を尋ねても家道も言わないし、名を問うても名さえも明かさない。いったい、どなたとの約束を気にして、うねり波の恐ろしい海なのに、そんな所をまっすぐに渡って来たのであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)おほなり【凡なり】形容動詞:①いい加減だ。おろそかだ。②ひととおりだ。平凡だ。※「おぼなり」とも。上代語。

(注)のどなり 形容動詞:穏やかだ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)しきなみ【頻波・重波】名詞:次から次へと、しきりに寄せて来る波。(学研)

(注)浦ぶちを 枕にまきて:岸辺からすぐ深みになっている入江の際に臥せっている様。

(注)うらもなし【心も無し】分類連語:①何気ない。無心である。くったくがない。②隔てがない。隠し立てがない。なんの遠慮もない。 ※「うら」は心の意。 ※※ なりたち名詞「うら」+係助詞「も」+形容詞「なし」(学研)

(注)いたはし【労し】形容詞:①苦労だ。②病気で苦しい。③大切にしたい。いたわってやりたい。④気の毒だ。痛々しい。(学研) ここでは③の意

(注)とゐなみ【とゐ波】名詞:うねり立つ波。(学研)

 

 

 短歌(三三四三歌)もみてみよう。

 

◆汭浪 来依濱丹 津煎裳無 偃為公賀 家道不知裳

              (調使首 巻十三 三三四三)

 

<書き下し>浦波(うらなみ)の来(き)寄(よ)する浜につれもなくこやせる君が家道(いへぢ)知らずも

 

(訳)浦波のしきりに押し寄せて来る浜辺に、何の思いもなく臥せっている君、その君の家道もわからない。(同上)

(注)つれもなし 形容詞:①なんの関係もない。ゆかりがない。②冷淡だ。つれない。※「つれ」は関係・つながりの意。(学研) ここでは、「無表情に」といったニュアンス

 

 

他の反歌三首もみてみよう。

 

◆母父裳 妻裳子等裳 高々ゝ丹 来将跡待 人乃悲

              (調使首 巻十三 三三四〇)

 

≪書き下し≫母父(おもちち)も妻も子どもも高々(たかたか)に来(こ)むと待つらむ人の悲しさ

 

(訳)母も父も、妻も子どもも、今頃もう来るかもう来るかと待ち望んでいるお人であろうに、この人のこんな姿が悲しくてならぬ。(同上)

(注)たかだかなり【高高なり】形容動詞:(待ち望んで)高く背のびをして見ている。(学研)

(注)らむ:死人を見る歌では、過去推量の「けむ」より現在推量の「らむ」が自然

 

 

◆家人乃 将待物矣 津煎裳無 荒礒矣巻而 偃有公鴨

               (調使首 巻十三 三三四一)

 

≪書き下し≫家人(いへびと)の待つらむものをつれもなき荒礒(ありそ)をまきて臥(ふ)せる君かも

 

(訳)家の人が今頃しきりに待っているであろうに、縁もゆかりもないこんな荒磯を枕に臥せっておられる君は、まあ。(同上)

(注)家人:故郷の人。妻を中心に据えた言い方

 

 

◆汭潭 偃為公矣 今日ゝゝ跡 将来跡将待 妻之可奈思母

              (調使首 巻十三 三三四二)

 

≪書き下し≫浦ぶちに臥したる君を今日今日(けふけふ)と来(こ)むと待つらむ妻し悲しも

 

(訳)入江の岸を枕にしてこうして臥せっている君、そんな君なのに、それとも知らず、今日来るか今日来るかと待ち焦がれているこの人の妻を思うと、やたら悲しくなる。(同上)

 

この歌の題詞は、「或本歌 備後國神嶋濱調使首見屍作歌一首幷短歌」<或本の歌 備後國(きびのみちのしりのくに)の神島(かみしま)の浜にして、調使首(つきのおみのおびと)、屍(しかばね)を見て作る歌一首幷せて短歌>である。

 

 歌碑は、寺の山門を出た瀬戸内海を望む広場に海を背に歌碑は建てられている。

 

f:id:tom101010:20201119210409j:plain

日光寺境内

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」