万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1207)―加古川市稲美町 中央公園万葉の森(5)―万葉集 巻七 一三五一

●歌は、「月草に衣は摺らむ朝露に濡れての後はうつろひぬとも」である。

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加古川市稲美町 中央公園万葉の森(5)万葉陶板歌碑(作者未詳)



●万葉陶板歌碑は、加古川市稲美町 中央公園万葉の森(5)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆月草尓 衣者将揩 朝露尓 所沾而後者 徙去友

       (作者未詳 巻七 一三五一)

 

≪書き下し≫月草(つきくさ)に衣(ころも)は摺(す)らむ朝露(あさつゆ)に濡(ぬ)れての後(のち)はうつろひぬとも

 

(訳)露草でこの衣は摺染(すりぞ)めにしよう。朝露に濡れたそののちは、たたえ色が褪(あ)せてしまうことがあるとしても。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は、結婚を諸諾する意。

(注)濡れての後は:結婚してのちは。

 

 

月草を詠んだ歌をみてみよう。

 

◆月草之 徙安久 念可母 我念人之 事毛告不来

        (坂上大嬢 巻四 五八三)

 

≪書き下し≫月草(つきくさ)のうつろひやすく思へかも我(あ)が思ふ人の言(こと)も告げ来(こ)ぬ

 

(訳)こんなにもお慕いしている私を、月草のように移り気な女とお思いなのか。私の思う方がお便りすらも下さらない。(同上)

(注)つきくさの【月草の】分類枕詞:月草(=つゆくさ)の花汁で染めた色がさめやすいところから「移ろふ」「移し心」「消(け)」などにかかる。(学研)

 

五八一から五八四歌の歌群の題詞は、「大伴坂上家(さかのうえのいへ)の大嬢(おほいらつめ)、大伴宿禰家持に報(こた)へ贈る歌四首」である。家持の歌は収録されてはいないが歌を大嬢に贈っていると思われる。ただこの歌が作られたのは、天平四年(732年)頃であるから、大嬢は、九、十歳と思われ、とても歌を作れる歳ではない。おそらく、母大伴坂上郎女の代作だろうと考えられている。

 

この歌群の歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1059)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

◆月草尓 衣曽染流 君之為 綵色衣 将摺跡念而

         (作者未詳 巻七 一二五五)

 

≪書き下し≫月草(つきくさ)に衣(ころも)ぞ染(そ)むる君がため斑(まだら)の衣(ころも)摺(す)らむと思ひて

 

(訳)露草で着物を摺染(すりぞ)めにしている。あの方のために、斑(まだら)に染めた美しい着物に仕立てようと思って。(同上)

 

 

◆鴨頭草丹 服色取 揩目伴 移變色登 称之苦沙

          (作者未詳 巻七 一三三九)

 

≪書き下し≫月草(つきくさ)に衣(ころも)色どり摺(す)らめどもうつろふ色と言ふが苦しさ

 

(訳)露草の花で着物を色取って染めたいと思うけれど、褪(あ)せやすい色だと人が言うのを聞くのがつらい。(同上)

(注)摺らめども:求婚に応じようと思うが。

 

 

◆朝露尓 咲酢左乾垂 鴨頭草之 日斜共 可消所念

        (作者未詳 巻十 二二八一)

 

≪書き下し≫朝露(あさつゆ)に咲きすさびたる月草(つきくさ)の日くたつなへに消(け)ぬべく思ほゆ

 

(訳)朝露をあびて咲きほこる露草が、日が傾くとともにしぼむように、日が暮れてゆくにつれて、私の心もしおれて消え入るばかりだ。

(注)すさぶ【荒ぶ・遊ぶ】自動詞:①慰み楽しむ。気の向くままに…する。慰みに…する。②盛んに…する。ほしいままに…する。さかる。③衰えてやむ。 ⇒語の歴史 平安時代までは、四段・上二段の例が見えるが、平安時代末期以後、四段活用が中心となり、一般的には使われなくなる。意味も、古くは、「気の向くままに行動する」意であったが、その意味の一部分である「荒れる」が特に強く意識されるようになり、現代語では、「風吹きすさぶ」のようにその意だけで使われている。なお、バ行音・マ行音は音が近いことから、「すさぶ」「すさむ」の両形が古くから併用された。(学研)ここでは②の意

(注)上三句は序。「日くたつなへに消ぬ」を起こす。

(注)くたつ【降つ】自動詞:①(時とともに)衰えてゆく。傾く。②夕方に近づく。夜がふける。  ※「くだつ」とも。上代語。(学研)

(注)なへに 分類連語:「なへ」に同じ。 ※上代語。 ⇒なりたち 接続助詞「なへ」+格助詞「に」(学研)

(注の注)なへ 接続助詞:《接続》活用語の連体形に付く。〔事柄の並行した存在・進行〕…するとともに。…するにつれて。…するちょうどそのとき。 ※上代語。中古にも和歌に用例があるが、上代語の名残である。(学研)

 

 

◆朝開 夕者消流 鴨頭草乃 可消戀毛 吾者為鴨

         (作者未詳 巻十 二二九一)

 

≪書き下し≫朝(あした)咲き夕(ゆうへ)は消(け)ぬる月草(つきくさ)の消(け)ぬべき恋も我(あ)れはするかも

 

(訳)朝咲いても夕方にはしぼんでしまう露草のように、身も消え果ててしまいそうな恋、そんなせつない恋を私はしている。(同上)

(注)上三句は序。「消ぬ」を起こす。

 

 

◆月草之 借有命 在人乎 何知而鹿 後毛将相云

        (作者未詳 巻十一 二七五六)

 

≪書き下し≫月草の借(か)れる命(いのち)にある人をいかに知りてか後(のち)も逢はむと言ふ

 

(訳)露草の花のようにはかない仮の命しか持ち合わせていない人の身であるのに、それをどういう身と知って、のちにでも逢おうなどと言うのですか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)つきくさの【月草の】分類枕詞:月草(=つゆくさ)の花汁で染めた色がさめやすいところから「移ろふ」「移し心」「消(け)」などにかかる。(学研)

(注)借れる命にある人を:仮の命しか持たぬ人の身なのに。「人」は自他を含めていう。

 

 

◆内日刺 宮庭有跡 鴨頭草之 移情 吾思名國

         (作者未詳 巻十二 三〇五八)

 

≪書き下し≫うちひさす宮にはあれど月草(つきくさ)のうつろふ心我(わ)が思はなくに

 

(訳)はなやかな宮廷に仕えている身ではあるけれど、色のさめやすい露草のように移り気な心、そんな心で私は思っているわけではないのに。(同上)

(注)うちひさす【打ち日さす】分類枕詞:日の光が輝く意から「宮」「都」にかかる。(学研)

 

◆百尓千尓 人者雖言 月草之 移情 吾将持八方

         (作者未詳 巻十二 三〇五九)

 

≪書き下し≫百(もも)に千(ち)に人は言ふとも月草のうつろふ心我(わ)れ持ためやも

 

(訳)あれやこれやと人は噂を言いふらしても、露草のような移り気な心、そんな心をこの私としたことが持つものですか(同上)

 

 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學 萬葉の花の会 著)によると、ツユクサは「別名、『青花』『藍花』とも呼ばれ、花の色が染料に使われ、衣に染め付きやすかったことから『つきくさ』と呼ばれていた。しかし、ツユクサから染料にする色は、変わりやすく褪せやすいところから、人の心の移ろいに喩える歌が見受けられ、ひいては男女の心の表現にも使われている。」と書かれている。

 

 二二九一歌にあるように「朝(あした)咲き夕(ゆうへ)は消(け)ぬる月草(つきくさ)」と一日でしぼむ露草、そして染めれば色褪せやすい、これらの性質を織り込んでたくみに詠っている万葉びとの観察力や経験値を歌に活かす知恵にはただただ驚かされる。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」