前稿まで、全国に広がる万葉故地を追って、これまでに巡った都道府県ごとに奈良県(大和)から東京都までみてきた。
しかし、特に静岡県以東はほとんど巡れていないのが実態である。
今後の大きな課題である。
視点を代えてみてみると、これまで巡ったところでもさらに追及すべき地域や見落としていた歌碑など課題が浮かび上がってくる。
今後も静岡以東も含めさらなる地域の深堀をやっていきたい。
本稿以降は、万葉故地を追っている間に、新たに巡った歌碑や、掲載漏れの歌碑等にもふれていきたい。
歌は、「味酒三輪味酒三輪山あをによし奈良の山の山際にい隠るまで道の隈い積もるまでにつばらにも見つつ行かむをしばしばも見放けむ山を情なく雲の隠さふべしや(額田王 巻一 一七)」と「三輪山をしかもかくすか雲だにも心あらなむかくさふべきしや(同 一八)」である。
●歌をみていこう。
◆味酒 三輪乃山 青丹吉 奈良能山乃 山際 伊隠萬代 道隈 伊積萬代尓 委曲毛 見管行武雄 數ゝ毛 見放武八萬雄 情無 雲乃 隠障倍之也
(額田王 巻一 一七)
≪書き下し≫味酒(うまさけ) 三輪(みわ)の山(やま) あをによし 奈良の山の 山の際(ま)に い隠るまで 道の隈(くま) い積(つ)もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放(みさ)けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや
(訳)神々しき三輪の山よ、この山を、青丹(あおに)よし奈良の山の、山の間に隠れるまでも、道の隈々(くまぐま)が幾曲りに重なるまでも、充分に見ながら行きたいのに、いくたびも見はるかしたい山なのに、つれなくも、雲が隠したりしてよいものか。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)奈良山:奈良市街地北部一帯の丘陵。平城宮跡の北方を佐紀丘陵、その東を佐保丘陵とよび、奈良坂が通じる。(コトバンク デジタル大辞泉)
(注)くま【隈】名詞:①曲がり角。曲がり目。②(ひっこんで)目立たない所。物陰。③辺地。片田舎。④くもり。かげり。⑤欠点。短所。⑥隠しだて。秘密。⑦くまどり。歌舞伎(かぶき)で、荒事(あらごと)を演じる役者が顔に施す、いろいろな彩色の線や模様。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意
(注)つばらなり【委曲なり】形容動詞:詳しい。十分だ。存分だ。つばらに(学研)
(注)しばしば【廔廔】副詞:たびたび。何度も。(学研)
(注)みさく【見放く】他動詞:①遠くを望み見る。②会って思いを晴らす。 ※「放く」は遠くへやる意。上代語。(学研)
● 一八歌もみてみよう。
◆三輪山乎 然毛隠賀 雲谷裳 情有南敏 可苦佐布倍思哉
(額田王 巻一 一八)
≪書き下し≫三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠そふべしや
(訳)ああ、三輪の山、この山を何でそんなにも隠すのか。せめて雲だけでも思いやりがあってほしい。隠したりしてよいものか。よいはずがない。(同上)
(注)しかも【然も】分類連語:①そのようにも。②〔下に「…か」を伴って〕そんなにも(…かなあ)。 ※「も」は係助詞。(学研)ここでは②の意
(注)なも 終助詞:《接続》活用語の未然形に付く。〔他に対する願望〕…てほしい。…てもらいたい。 ※上代語。(学研)
題詞は、「額田王下近江國時作歌井戸王即和歌」<額田王、近江(あふみ)の国に下(くだ)る時に作る歌、井戸王(ゐのへのおほきみ)が即(すなは)ち和(こた)ふるる歌>である。
左注は、「右二首歌山上憶良大夫類聚歌林日 遷都近江國時 御覧三輪山御歌焉 日本書紀日 六年丙寅春三月辛酉朔己卯遷都干近江」<右の二首の歌は、山上憶良大夫(やまのうへのおくらのまへつきみ)が類聚歌林(るいじうかりん)には「都を近江(あふみ)の国に遷(うつ)す時に三輪山の御覧(みそこなは)す御歌なり」といふ。日本書紀には「六年丙寅(ひのえとら)の春の三月辛酉(かのととり)の朔(つきたち)の己卯(つちのとう)に、都を近江に遷すといふ>である。
(注)御歌:天智天皇の御歌。額田王が代わって詠んだのでこの伝えがある。
新版 万葉集 一 現代語訳付き (角川ソフィア文庫) [ 伊藤 博 ] 価格:1,056円 |
歌碑の場所は次のとおりである。
この額田王の歌碑は、2度目の挑戦である。2年ほど前に挑戦したことがあったが、道が狭く途中で分からなくなりあきらめたことがあった。
よく行くことがある大神神社なので、入念にグーグルマップのストリートビューでチェックをいれた。
結果的には「神武天皇聖蹟碑」までスムーズに行け、その先も歌碑のすぐ近くまで行くことが出来たのである。
額田王の巻一 一七・一八歌の歌碑は奈良県桜井市穴師 景行天皇陵近くの山の辺の道にもある。
この歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その45改)」で紹介している。
➡
歌碑を巡った後、大美和の杜の展望台にも立ち寄った。「くすり道」に行く途中に初めて見る「銀竜草」を目にした。おとぎの世界のような可憐なたたずまいである。
正月にお詣りすることが多いので、人の波をかいくぐり、手を洗うことに集中していたのか手水舎の酒樽に巻き付く蛇の口から水が出ているのに、恥ずかしながら今頃気が付いたのである。三輪の大物主大神の化身の白蛇に因んでいるのであろう。
もちろんお詣りの時には、毎回蛇の好物の卵をお供えしている。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「大神神社HP」
★「桜井市HP」