万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2150)―滋賀県(2)東近江市・蒲生郡・彦根市(その1)

滋賀県東近江市糠塚町 万葉の森船岡山山頂付近万葉歌碑(巻一 二〇、二一)■

滋賀県東近江市糠塚町 万葉の森船岡山山頂付近万葉歌碑(額田王大海人皇子
 20191023撮影



 

 

同歌の歌碑は、滋賀県東近江市糠塚町 万葉の森船岡山 蒲生野狩猟レリーフ横にもある。

滋賀県東近江市糠塚町 万葉の森船岡山 蒲生野狩猟レリーフ横万葉歌碑
額田王大海人皇子) 20191023撮影

額田王の歌をみていこう。

 

題詞は、「天皇遊獦蒲生野時額田王作歌」<天皇(すめらみこと)、蒲生野(かまふの)の遊狩(みかり)したまふ時に、額田王が作る歌>である。

(注)天皇天智天皇

(注)蒲生野:琵琶湖東南、蒲生郡安土町付近の野。(伊藤脚注)

(注)みかり【遊獦】:天皇が狩りをされた、すなわち、薬猟り(くすりがり)をされたこと。薬猟りとは、不老長寿の薬にするために、男は鹿の袋角(出始めの角)を、女は薬草をとる、という行事をいう。

 

◆茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流

      (額田王 巻一 二〇)

 

≪書き下し≫あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る

 

(訳)茜(あかね)色のさし出る紫、その紫草の生い茂る野、かかわりなき人の立ち入りを禁じて標(しめ)を張った野を行き来して、あれそんなことをなさって、野の番人が見るではございませんか。あなたはそんなに袖(そで)をお振りになったりして。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

(注)あかねさす【茜さす】分類枕詞:赤い色がさして、美しく照り輝くことから「日」「昼」「紫」「君」などにかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)むらさき 【紫】①草の名。むらさき草。根から赤紫色の染料をとる。②染め色の一つ。①の根で染めた色。赤紫色。古代紫。古くから尊ばれた色で、律令制では三位以上の衣服の色とされた。(学研)

(注)むらさきの 【紫野】:「むらさき」を栽培している園。(伊藤脚注)

(注)しめ【標】:神や人の領有区域であることを示して、立ち入りを禁ずる標識。また、道しるべの標識。縄を張ったり、木を立てたり、草を結んだりする。(学研)

(注)野守:天智天皇を寓したもの。額田王が天智妻であることを匂わせる。(伊藤脚注)

(注の注)のもり【野守】名詞:立ち入りが禁止されている野の番人。(学研)

 

 

●続いて、大海人皇子の歌をみてみよう。

 

◆紫草能 尓保敝類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾戀目八方

       (大海人皇子 巻一 二一)

 

≪書き下し≫紫草(むらさき)のにほへる妹(いも)を憎(にく)くあらば人妻(ひとづま)故(ゆゑ)に我(あ)れ恋(こ)ひめやも

 

(訳)紫草のように色美しくあでやかな妹(いも)よ、そなたが気に入らないのであったら、人妻と知りながら、私としてからがどうしてそなたに恋いこがれたりしようか。(伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。(学研)ここでは④の意

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ⇒なりたち:推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

  左注は、「紀日 天皇七年丁卯夏五月五日縦獦於蒲生野于時大皇弟諸王内臣及群臣皆悉従焉」<紀には「天皇の七年丁卯(ひのとう)の夏の五月の五日に、蒲生野(かまふの)に縦猟(みかり)す。時に大皇弟(ひつぎのみこ)・諸王(おほきみたち)、内臣(うちのまへつきみ)また群臣(まへつきみたち)、皆悉(ことごと)に従(おほみとも)なり」といふ>である。

(注)七年:天智七年(668年)

(注)大皇弟(ひつぎのみこ):皇太弟で、大海人皇子。(伊藤脚注)

(注)内臣(うちのまへつきみ):ここは藤原鎌足。(伊藤脚注)

 

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その258,259)」で紹介している。

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東近江市八日市本町 市神神社「額田王立像銘」碑(巻一 二〇、二一)■

東近江市八日市本町 市神神社「額田王立像銘」碑(額田王大海人皇子) 
20200203撮影

 

 

 「額田王立象銘」碑の歌は、上述の巻一 二〇、巻一 二一である。

 

 市神神社にはもう1基の万葉歌碑がたてられている。こちらをみてみよう。

 

■市神神社万葉歌碑(巻四 四八八)■

市神神社万葉歌碑(額田王) 20200203撮影

●歌をみていこう。

 

題詞は、「額田王思近江天皇作歌一首」<額田王(ぬかたのおほきみ)近江天皇(あふみのすめらみこと)を思(しの)ひて作る歌一首>である。

 

◆君待登 吾戀居者 我屋戸之 簾動之 秋風吹

       (額田王 巻四 四八八)

 

≪書き下し≫君待つと我(あ)が恋ひ居(を)れば我(わ)がやどの簾(すだれ)動かし秋の風吹く

 

(訳)あの方のおいでを待って恋い焦がれていると、折しも家の戸口のすだれをさやさやと動かして秋の風が吹く。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その415)」で紹介している。

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東近江市下麻生 山部神社万葉歌碑(巻三 三一八)■

東近江市下麻生 山部神社万葉歌碑(山部赤人

●歌をみていこう。

 

◆田兒之浦従 打出而見者 真白衣 不盡能高嶺尓 雪波零家留

      (山辺赤人 巻三 三一八)

 

≪書き下し≫田子(たご)の浦ゆうち出(い)でて見れば真白(ましろ)にぞ富士の高嶺に雪は降りける

 

(訳)田子の浦をうち出て見ると、おお、なんと、真っ白に富士の高嶺に雪が降り積もっている。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)うちいづ 【打ち出づ】自動詞:①出る。現れる。②出陣する。出発する。③でしゃばる。 ※「うち」は接頭語。(学研)

 

 三一七および三一八歌の題詞は、「山部宿祢赤人望不盡山歌一首并短歌」<山部宿禰赤人、富士(ふじ)の山を望(み)る歌一首并(あは)せて短歌>である。

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その416)」で紹介している。

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東近江市下麻生 山部神社万葉歌碑(巻八 一四二四)■

東近江市下麻生 山部神社万葉歌碑(山部赤人

●歌をみていこう。

 

◆春野尓 須美礼採尓等 來師吾曽 野乎奈都可之美 一夜宿二来

        (山部赤人 巻八 一四二四)

 

≪書き下し≫春の野にすみれ摘(つ)みにと来(こ)しわれぞ 野をなつかしみ一夜寝(ね)にける

 

(訳)春の野に、すみれを摘もうとやってきた私は、その野の美しさに心引かれて、つい一夜を明かしてしまった。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)なつかし【懐かし】形容詞:①心が引かれる。親しみが持てる。好ましい。なじみやすい。②思い出に心引かれる。昔が思い出されて慕わしい。(学研)

 

 

 部立は、春雑歌であり、題詞は、「山部宿祢赤人歌四首」<山部宿禰赤人が歌四首>である。

 

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 この歌および他の三首ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その417)」で紹介している。

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 この歌碑は、下記「山部赤人伝説」によれば、明治十二年建立とある。


 古い年代物の歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2115)」で紹介している。

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東近江市八日市清水町 薬師寺御住職邸庭万葉歌碑(巻一 一六)■

東近江市八日市清水町 薬師寺御住職邸庭万葉歌碑(額田王

●歌をみていこう。

 

◆冬木成 春去来者 不喧有之 鳥毛来鳴奴 不開有之 花毛佐家礼抒 山乎茂 入而毛不取 草深 執手母不見 秋山乃 木葉乎見而者 黄葉乎婆 取而曽思努布 青乎者 置而曽歎久 曽許之恨之 秋山吾者

        (額田王 巻一 十六)

 

≪書き下し≫冬こもり 春さり来(く)れば 鳴かずありし 鳥も来(き)鳴きぬ 咲かざずありし 花も咲けれど 山を茂(し)み 入りにも取らず 草深(くさふか)み 取りても見ず 秋山の 木(こ)の葉を見ては 黄葉(もみち)をば 取りにそ偲(しの)ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨(うら)めし 秋山我(わ)れは

 

(訳)冬木も茂る春がやって来ると、それまでそんなに鳴かなかずにいた鳥も来て鳴く。咲かずにいた花も咲く、だが、山が茂っているのでわけ入ってとることもできない。草が深いので折り取って見ることもできない。秋山の木の葉を見るについては、色づいた葉を手に折り取って賞美することができる。ただし、青い葉、それをそのままに捨て置いて嘆息する。その点が残念です。しかし、何といっても秋山です。私どもは。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)ふゆごもり【冬籠り】名詞:寒い冬の間、動植物が活動をひかえること。また、人が家にこもってしまうこと。[季語] 冬。 ※古くは「ふゆこもり」。(学研)

(注)ふゆごもり【冬籠り】分類枕詞:「春」「張る」にかかる。かかる理由は未詳。(学研)

 

 標題は、「近江大津宮御宇天皇代 天命開別天皇謚曰天智天皇」<近江(おふみ)の大津 (おほつ)の宮(みや)に天の下知らしめす天皇(すめらみこと)の代 天命(あめのみこと)開別(ひらかすわけの)天皇(すめらみこと)、謚(おくりな)して天智天皇といふ>

 

 題詞は、「天皇内大臣藤原朝臣競憐春山萬花之艶秋山千葉之彩時 額田王以歌判之歌」< 天皇内大臣(うちのおほまへつきみ)藤原朝臣(ふぢはらのあそみ)に詔(みことのり)して、春山の万花(ばんくわ)の艶(にほひ)と秋山の千葉の彩(いろ)とを競(きほ)ひ憐(あは)れびしめたまふ時に、額田王が歌をもちて判(ことわ)る歌>である。

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その418)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」